第35話 史上最強の魔王。襲われる。

 その後、俺リュミエルが居ると落ち着かないので風呂場から出て行ってもらった。

 浴槽に浸かって、全身を伸ばす。


「ふぅ。……まさか、色仕掛けか?」


 リュミエルは一国の王女。

 もしあれが色仕掛けだったのなら、リュミエルは余程切羽詰まっているのかもしれない。


 前世の頃は、何度色仕掛けを仕掛けられたかわからない。

 最強の魔王と親戚関係になりたくて娘や姉妹を送りこむ者のなんと多かったことか。


 だから俺は色仕掛けには慣れている。かわすのもお手のものだった。


「だというのに、これほど心乱されるとは……。身体に精神が引っ張られているのだろうな」


 十代の身体になったことで、脳も若返った。

 ドギマギしたのは、そのせいかもしれない。


 そんなことを考えながらゆっくりと湯船につかってお風呂を楽しむ。

 すると、一つの可能性に思い至った。


「……風呂場以外では周囲に目と耳があると言うことか?」


 だから、リュミエルはわざわざ風呂に来てお願いしたのかもしれない。

 使用人たちは全員敵側。

 この屋敷ではどこで誰が聞いているかわからないと言うことだろうか。


 そんなことを考えながら、風呂からを上がった。



 風呂場から出て、服を着て外に出ると使用人が待機していた。

 そして、客室へと案内してくれる。


「ハイラム様。我が屋敷のお風呂はどうでしたでしょうか」

「とても良かったよ」

「それは何よりです」


 使用人は柔らかい笑みを浮かべている。

 先ほどまでの敵意に満ちていたというのに、打って変わって友好的な態度だった。

 人族を侮蔑する気持ちも、巧妙に隠している。


 しばらく歩いて客室へと到着すると、使用人は丁寧に頭を下げる。


「ハイラム様のお部屋は、こちらになります」

「ありがとう」


 客室は全体が石で造られていた。頑丈で豪勢な作りをしている。


「……まるで要塞だな」

 独り言をつぶやいた俺に、案内した使用人が言う。


「お風呂に入られて、喉が渇いたのではありませんか?」

「そうだな」

「お飲み物をご用意いたしております。どうぞ」


 そういって、使用人は水差しからコップに注いでくれる。


「おお、気が利くな」


 一息にその水を飲んだ。

 よく冷えた水に柑橘系の果汁を垂らして匂いをつけていた。


「うまい」

「ありがとうございます。特別に取り寄せた水でございますれば。他にもお酒などもご用意しておりますので、ご自由にお飲みください」

「助かる」

「明日は国王陛下に拝謁されるとお聞きしております。早朝、準備のためにお邪魔させていただきます」

「うむ」

「何か御用があれば、そこにあるベルでお呼びください。すぐに我々が参りますゆえ」

「そうか」

「それでは、ごゆっくりとお休みなさいませ」

 そう言って使用人は去っていく。



 一人になったので改めて客室の中をゆっくりと見て回る。

 部屋自体がとても広い。安宿の一人部屋、その十倍ぐらいはあった。天井も高い。

 ベッドも大きい。詰めれば十人ぐらい並べそうである。


 加えて部屋の中にはトイレや浴室まであった。

 だが、窓は非常に小さかった。そのうえ鉄格子がはまっている。


「これははまるで……」


 大貴族や王族などを軟禁するための部屋のように感じられた。

 外から食事を与えられれば、部屋の外に出ずに生きていける。

 そして扉をふさがれれば、外に出ることは難しい。


「元々そういう用途の屋敷なのやも知ないな」


 この屋敷に住まわされているシレーヌがまさに軟禁に近い状態だ。


「……ふうむ」


 考え事をしながら、大きなベッドに横になる。

 すると、これまでにないほど強烈な睡魔に襲われた。


「……やはり先ほどの水に薬を盛られていたか。睡眠薬か」


 使用人がやけに友好的で怪しいと思っていたのだ。

 だから敢えて罠にかかることにしたのだ。

 罠にかかった上で踏み潰すのが俺の好みだからだ。


「とりあえず、解毒……」


 解毒魔法を発動しようとしたが、発動できなかった。


「部屋に……魔法の発動を妨げる魔法陣か。……それにしても眠い……な……」


 睡魔に逆らわずに寝ることにした。



 ◇◇◇

 ハイラムが眠りに落ちてから二時間後。

 ハイラムの部屋に何者かがゆっくりと近づいて来る。


 その何者かは部屋の前に音もなく黙って立った。

 それからノックもせずに静かに扉を開けると、部屋の中へと入って来る。


 そしてハイラム目掛けて一気に短刀を振り下ろした。

 ◇◇◇


「……人が気持ちよく寝ていたと言うのに」


 俺は目をつぶったまま短刀の刃を素手で鷲掴みにした。

 そしてゆっくりと目を開く。


 全身を真っ黒な衣装で身に包んだ大柄な暗殺者が二人立っていた。

 二人とも目の部分以外全てが真っ黒な布で覆っている。


 暗殺者は短刀からあっさり手を離して後ろに飛んだ。

 短刀に固執し、俺に至近距離からの激しい攻撃を仕掛けられることを恐れたのだろう。


 俺はベッドから立ち上がる。


「魔獣か? いや、そういう術か」


 二人からは、人の、いや生き物の気配が全くしなかった。

 魔法と呪いで、人間を操り人形とする術法がある。


 その人形とされた人間は、魔法で限界まで強化されていることが多い。

 数日から数時間で死に至るほど、無理のある強化をかけて使い捨てにするのだ。


「しかも、お前は既に死者か」


 死ぬまで酷使するだけでは飽き足らず、死んだ後も酷使し続けているのだ。

 死体に防腐の魔法をかけてゾンビとして操っているようだ。


「……やはり、これもエルフ族らしからぬ術だな」


 邪悪すぎてエルフ族らしくないと言う意味ではない。

 エルフ族も充分邪悪なことをする。


 だが、この魔法も文化的に魔族が得意とする魔法体系だ。

 そして魔法の難度が非常に高い。

 エルフ族が独学で学び習得したのなら、その魔導師は天才だろう。


「こいつ自身より、こいつを暗殺者に仕立て上げた魔導師をどうにかするべきか」


 そう言って俺はゾンビの一体に一気に接近する。

 だがゾンビは動かなかった。俺の拳がゾンビの身体に突き刺さる。

 そして同時にゾンビの心臓が爆発した。轟音と強烈な爆風に襲われた。


「ちぃっ!」


 咄嗟に爆風から身を守るために魔法で障壁を張ろうとした。

 だが、障壁を展開することができなかった。


 部屋自体に展開されている強力な結界により、魔法が発動できないようになっていたからだ。

 爆風をまともに食らい傷を負った。

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