第7話

第7話


老女(マリ様…申し訳ございません…)


セイランに刀で深く斬り裂かれ、倒れ伏した老女にマリは慌てて駆け寄り、抱き上げ、とっさに天上の力を使い治癒しようとするも体の傷は深く、とめどなく流れる血を止める事はできず、老女はマリの腕の中で息絶える。


老女の血がマリの着物や手を赤く染めていく…


マリ「なんて事を!!」


セイランを涙ながらに睨みつけるマリ。


セイラン「僕を裏切ったからだ」


怒りと憎しみに染まった恐ろしい顔をして老女の遺体とマリを見下ろすセイラン


マリ「彼女は私に言いました、私は天上人だと…この国の王妃だと…!」


マリ「かつて天の御使いであった天女が初代国王の妻となり、天上の力を彼に与え国を興したように…同じ天上人である私が選んだ人間がこの国の王になる事がきるのだと…」


マリ「貴方は天上の力に目覚め現王を退け自ら王位に就くために、現王の妻であり天女である私の記憶を奪い誘拐したのだと!」


マリ「記憶のない今の私には彼女の言った事が嘘が本当かはわかりません…」


マリは老女の遺体を優しく床に寝かせ、瞼を閉じさせると力強く立ち上がりセイランをまっすぐ見つめ、言い放つ


マリ「でも、今の私にでもわかる事はあります!貴方は王にふさわしくない!」


マリ「もし本当に私の選んだ人間がこの国の真の王になるというのなら、私は決して貴方を選ばない!!」


マリの瞳の煌めきが炎をやどしたかのように揺れ動く…


セイランの過ちを容赦なく堂々と断罪するマリの態度に、激しい怒りから顔を赤くさせ体を震わせながら反論するセイラン


セイラン「奴は簒奪者なのだぞ!それを妻であるお前が僕を否定するというのか!!」


セイラン「お前は奴に騙されていたにも関わらず…哀れなお前が苦しまないよう慈悲を持って僕が救ってやったにも関わらず…それでもなおあの男を選ぶのか!?この売女がっ!!」


セイランから離れ逃げようとするマリの腕を強引に掴むと、力任せに床に投げ倒し、押し乗り、マリの細い首を怒りのまま力任せに両手で絞めつけるセイラン

マリは必死にもがき抵抗するが、マリの細い腕ではかなわず、息ができずに意識が朦朧としはじめた時、マリの瞳がセイランの双眸を捉え、重なり合う…


彼の瞳の奥にある真っ黒く赤い情景が、マリの思考に流れ入り込んでいく…







緑豊かな自然の中に手入れされた美しい中華風の館…領内には小さい村がいくつかあり、村の人達は一生懸命田畑を耕している…穏やかな日常…


マリ(これはセイラン様の記憶?)


映像を見るかのように、セイランの記憶の断片を少し離れた場所から眺め続けるマリ。


館の玄関前で、幼いセイランが馬車から降りると、この領地の領主である老夫婦に迎え入れられる


老夫婦「セイラン様、ここが新しい貴方の住まいとなります、王宮よりは質素かと思いますが、ここにはあちらにはない自然豊かな穏やかさがございます」


老夫婦「王都ではお辛い事が沢山あられたでしょう…私達を父と母と思い、頼ってくださって構わないのですよ」


幼いセイラン「はい、宜しくお願いいたします」


まだ幼いにも関わらず子供らしい感情を何1つ表に出さず挨拶をするセイランを見て悲しそうな顔をする二人…



セイラン(僕に王位継承権が無くなっただけでなく、母が罪を犯し、今まで尽くしてくれた誰もが僕を見捨て離れていった…この老夫婦はそんな僕を受け入れてくれたのだ)


セイラン(この老夫婦はとても優しく親切で、彼等との新しい生活は僕にとってかけがえのない思い出となった…だがその生活は長くはなかった…)




時が経ち、老夫婦は病でそれぞれ亡くなり、セイランがその跡を継ぐ…尽くしてくれた老夫婦の想いに報いるため、真面目に領主としての務めを果たすセイランだったが…



召使1「わが主にも困ったものだ…王の事が気に入らないからと、王に関わる行事全てに何かと理由をつけてご欠席なさるとは…」


召使2「仕方あるまい、本来なら王位につかれていたはずのお方だ…思う所があるのだろう。中央がそれを咎めないでいるのは、領主としての務めは果たされ、領民に支持されているからだ。それ以上望むのは酷というもの…」


セイラン(ここでの生活は僕の心を穏やかにしてくれた…だがどうしても、母が恨み殺そうとしたあの男が王である事を僕は受け入れる事ができなかった…)


執務室で退屈そうに政務に務めるセイランに、召使の一人が部屋を訪れ、話しかける


召使3「セイラン様、マリ様が領内で行われる豊穣祭のために館に来ておられます。ご挨拶を…」


セイラン「追い返せ…奴の女に頭など下げられるか!」


召使3「マリ様は天の御使い…この世で最も尊きお方…決して無視して良い存在ではありません。ご挨拶されないと言うのは天への無礼に当たります…」




場面が切り替わり、館にある中庭で、その主であるセイランを待つマリ




マリが歌うと、中庭に花が咲き、マリが触れた枯れた葉は瑞々しい深い緑に蘇り、マリが歩んだ道には薄っすらと落ちていた小さな草の種から芽が生え、茂り始めた。


召使4「なんと美しいのでしょう…天上(神)の力…特にマリ様のお力は生命に伊吹をお与えになるものだと噂には聞いておりましたが…真だったとは…」


召使5「マリ様が王妃となられて以来、この国はより豊かになり、飢える者が少なくなったと聞きましたが…」


館にいる全ての者達が、彼女の持つ天上の力と美しい姿を見て、あれが天女なのかと感嘆の声をあげた。


セイラン(あの女が天上人、天女だというのか?この地上世界で最も尊き存在…神の御使いだと?)


髪は漆黒で絹のように艶やかに輝き、長い睫毛、大きく愛らしい瞳は黄金に煌めき、魅惑的な唇、しなやかな手足、透き通るような白い肌…


心臓の鼓動が聞こえるかというほど、胸の高まりを感じるセイラン


セイラン(あ…ぁ…なんだ??この気持ちは…苦しい!!胸がしめつけられるようなこの想いは??)


全身が震え…激しい動悸に胸を押さえつけるセイラン、あまりの衝動によろめき、壁に手をついてよりかかってしまう


セイラン(あの女が欲しい!今すぐ!!あの瞳、唇、肌、髪、全てを僕の物にしたい…!!あの女の体だけでなく心も…全てを僕で満たしてしまいたい!!!)


セイラン(…だが、あの女はあの男の妻だという…)


どす黒く赤い憎しみと欲望の感情がセイランの心を染めていく…


今まで仕方ないのだと諦めていた、恨まずにいた、考えないようにしてきた全てに蓋をしてきた感情の液が心という入れ物の隙間から噴出していくような感覚がセイランを襲う


セイラン(あの女は…天上人…天女…つまり玉座に座るはずだった、僕の妻になるはずの女だったのだ!!!)


セイラン(母や祖父、祖母だけでなく…僕の妻まで…奴に奪われていたというのか!!)


セイラン(許せない!!許せない!!許せない!!あの男は僕のもの全てを奪っていく!!!!)


セイラン(奴の得た地位も名声も全て僕のモノになるはずだったのに!!僕は全てを奪われたんだあの男に!!!あの男の持つもの全ては僕のモノだ!!!!)


セイランに気づき微笑むと、ゆっくりと彼に近づきフワリとお辞儀をし、挨拶をするマリ


マリ「初めましてセイラン様、マリと申します」


差し伸べられたマリの手を握り、渦巻く心の内を悟られまいと、微笑み挨拶し返すセイラン


セイランは決意する…


セイラン(マリ…必ず君を奴からこの手に取り返す!愛しいマリ、君は僕の物だ…僕がこの歪んだ国を正統な王によって治められる…本来そうあるべき姿に戻そう)


セイラン(真の王である僕の妻になるという運命を歪められ、偽の王の妻と成り下がった可哀想な僕のマリ…僕が君を取り戻すまで君は毎日のようにあの偽物に弄ばれ苦しみ続けるのだろう…)


セイラン(だが安心してほしい、君を僕が奪い返した際には、僕が天上(神)の力を使い、その苦しみ全てを無かった事にしてあげよう。マリ、僕たちの関係を1からやり直すのだ)






セイランのマリへの深い想いの深淵を覗き込み、この男の異常さを知り心の底から恐怖するマリ…


セイランは、天上の力を使ってマリの記憶を奪い、記憶が戻る事など無い事を理解していながらマリに優しい言葉をかけ慰め続けたのだ…


万が一記憶が戻ったとしてもまたマリからまた記憶を奪いやり直せばいいのだから。


マリ(…助けて…お願い…誰か私をここから救い出して…)


マリの瞳から大粒の涙が流れ落ち頬を伝う…力尽きたマリはゆっくりと目を閉じ、意識を失うのだった…

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