Lv.99⑥

「お前ら、いつまでおしゃべりしているつもりだ!? まだワールドボスを討伐したわけじゃないんだぞ!」

 楓に怒られてしまった。

 俺は気を引き締め直して、黒い霧の様子を観察した。

「……?」

 待てども待てども、黒い霧は一向に消え去る気配がなかった。いや、寧ろどんどんとその体積を増しているではないか。

「おいおい、もしかしてあいつ、この部屋を瘴気で覆い尽くすつもりか!?」

「はあ!? 冗談じゃないぞ!」

「それは困りましたね。止めようにも、居場所が掴めませんので」

「居場所……、穂波、スウィフトがどこに居るか見えるか?」

「うん、ずっと見えてるよ!」

「ほう、それは心強いですね。それでは、貴殿はワールドボス目掛けて矢を放ってください。そして、その矢の軌道に沿って、凉城が瘴気を切り開いてください」

「瘴気を切り開くっていっても、具体的にどうすれば?」

 まさか先に突っ込んで、全部吸い込めと言い出すのではあるまいか。

「その短剣は、風を纏っているように見受けられるのですが」

「……そうか!」

 普段まったく使わないのですっかり忘れていたが、この短剣にはウェポンスキル『風刃』なるものがあった。

「スウィフトの姿が見えたら、今度こそ確実に仕留めます」

「もし仕損じたとしても、あたいが尻拭いしてやるから気楽に構えていいぞ」

「ふん。私を誰だと思っているのですか」

「大した自信だな」

 とりあえず話はまとまったようなので、作戦実行だ。

 矢を引き絞った穂波の前で、俺は体勢を低くして集中した。

「それじゃあ、行くよ!」

「おう!」

 穂波が矢を放ち、俺はその軌道に合わせて風刃を放った。

 一番の懸念点は魔力も帯びていないただの風で黒い霧を払えるかどうかだったが、風は黒い霧を押し退けて穴を穿った。

「お見事です」

 有希は尾羽のように白銀の剣を低く構えたまま、隼の如く風に乗って加速していき、最期の瞬間まで憎悪に満ちた目をしていたスウィフトの首を撥ね飛ばした。


 スウィフトが黒いポリゴンの粒子となって消滅してから数分後、栞の瞼がゆっくりと開いた。

「栞、無事か?」

「平気。動けなかったけど、意識はあった」

「もう、本当に心配したんだから!」

 穂波は目を腫らして栞に抱きついた。

「よかったです~」

 その桃色の癖毛に葉っぱやら小枝やらが巻き込まれていたが、天音は特に大きな怪我もなそうで、目尻に涙を浮かべていた。

 スウィフトを討伐したことにより、鏡の呪縛、十六の魂の制限が解除されているようだった。

 それにしても、ほとんどのプレイヤーが戦闘不能状態に追い込まれながらも、命を落とした者が一人というのは奇跡に近かった。

 現実世界であれば奇跡という言葉で片付けられるのだが、ここは仮想世界だ。プレイヤーが死ぬかどうかの判断はシステムに委ねられていた。

「とにかく礼をいうぞ、孤高の戦姫。あんたが居なかったら、流石にやばかった」

 楓は討伐班を代表して謝辞を伝えた。

「礼には及びません。池で溺れている子供が居れば、手を差し伸べるのは当たり前のことですから」

「ああん、あたいが子供に見るってえのか!? いいぜ、あたいと勝負してみな!」

「楓さん押さえて押さえて、命の恩人ですよ」

 今にも暴れ出しそうだった楓は、他のメンバーによって押さえ付けられた。

 そんな楓のことなど意にも介さず、有希は真っ直ぐ穂波の方へと歩み寄った。

「麦野を素晴らしい目の持ち主と見込んでのお願いがあるのですが、この部屋のどこかに隠し扉はありませんか?」

「隠し扉ですか?」

 穂波はスローアイを発動させた。

 すると、先程までは確かに何の変哲もない壁の一部が、隠し扉と表示されていた。

「あっ、ありました!」

 有希は穂波の視線から大凡の位置を把握し、白銀の剣でコツコツと壁を突いていき、音の響きが違う場所を見付けた。

 スウィフト戦でも見せたその高速の剣技で隠し扉をぶつ切りにして破壊すると、出現した通路の奥へと進んでいった。

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