5.カボチャ : ばかだなあ
妖しげな笑い声に。
驚いて、納得した。
舞子は魔女だったのだと。
平日の舞子の情報。
会社向けの日本限定旅行会社に勤めている。
こういう旅行がしたいとの依頼を受けて(大体、依頼会社は同様の旅行会社数社にその旨のメールを送る)、まず企画書を作成、発案し、自社で採用してもらえてから、次に依頼先である会社へ赴き、他社との合同のプレゼンテーションを行い、その中から選んでもらえたならばツアーコンダクターも務める。
平日、土日に起こった事は両者ともに把握している。
(ただし、人格が入れ替わっている時は片方が眠っている状態なので、平日に起こった事は土曜日に、土日に起こった事は月曜日に把握する)
「仕事に没頭し、ほぼ眠らない日々を過ごしている、か」
階段を上りきった先の四つある扉の右手前。扉が開いたままの部屋に入る直前で歩みを止めたひびなは、本や紙が乱雑している部屋の中を腕を組み、目を細めて見つめていた。
『店の冷蔵庫に入ってる食材を使ってご飯は作って』
笑い声が止んだかと思えば部屋から勢いよく飛び出て来て、その勢いを殺さず階段を下りて来たが急停止し、階段半分上ったところで留まったままのひびなに平日舞子が告げた一文。
その場に留まったまま、ひびなは手渡された二つの鍵を握り、再び勢いをつけて階段を下り店を突っ切る舞子を目で追った。
平日舞子が帰ってきたのは三日後の一九時頃。
今は、翌日の朝。
「おい。めし」
「ん」
「…食えよ」
「ん」
「……」
何故俺がめしを世話しなければいけないのか。
否、衣食住、世話になっているのだから当然…なのか。
釈然としないまま、一旦資料から目を離し、片手で食事を置く場所を作る平日舞子を見つめたひびな。
おまえばかだなぁと、口からぽろっと零れた。
平日舞子は魔女ではなく人間で。
寝食を全うせねば身体は弱まり、死に至る。
だというに。
深夜眠りに就く時間から朝日が部屋の中まで届く時間に続けられたのは。
部屋の扉から漏れる光。
何かを打つ音や紙をめくる、紙に記す音。
時折、怪しげな笑い声。
椅子から動くのはトイレに行くか、本を取りに行くか。
寝息はなし。
「ばかだなぁ」
今度は意志を持ってはっきりと告げると、平日舞子は片手にまんまるのりつきおにぎりを、片手に資料を持ったまま、頷くと同時にうんと返した。
笑い声の印象は。
グロリオーサ。
波打つように上に反転する細長い花弁が特徴の花。
上下二色に染まる花弁は、黄・オレンジ、赤・ピンクなれど、赤と黒紫の組み合わせが似合う。
のだと思っていたが。
直に目にした印象は。
ユキヤナギ。
しだれる枝に雪が積もっているように群集する真っ白な小花。
印象はそのまま、今では固定されている。
(平日舞子は呼びにくい)
平日舞子が朝食を食べ終えるまで、二人の舞子の呼び名を考え続けるひびなであった。
カボチャ:花言葉 包容
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