第4話 ウズメ、初めての部活動!! その② そして筑紫の息吹


「さぁ、実験に入るわよ!」

無言の培地作成が終了し、スズカ先輩は窓が割れるぐらいの元気な声でそう言ってオホウエ先輩からシャーレを受け取る。

 シャーレには色々としるしが付いていて、一つは壱、もう一つは弐。 そしてその一枚一枚には細かく円が掛かれている。

 

 スズカ先輩はシャーレを確認し、大丈夫と分かるとこちらを向いた。

「とりあえず、次にする検鏡について簡単に説明するね。今回行う検鏡に使うシャーレは先週私とオホウエの唾液を培地につけて、それをこの放線菌の培養液を塗りたくって。 培養したもの。 今回はこれを使います


あのスポーツマンそうなスズカ先輩がこう理系みたいなことを話されると大変違和感を感じてしまうが要するに今回する検鏡の目的は、農場から取った放線菌はうがい薬として活用を目指して、自分たちの口内にいる細菌をどれだけ死滅させたのかのテストと、そして生き残ったのはどのような菌の観察が目的だそう。


スズカ先輩は説明を終えると手に取った二枚のシャーレを机に置いて私たちに近くに来て、と、指示を出した。 

私とチヒロさん、そしてワラはスズカ先輩の近くに行き、シャーレを見た。

シャーレの中はよく観察するとつやつやしたピンからキリまでの大きさがあり、そして形はグネグネした円の粒粒、色はオレンジ、白色、黄色といろいろ存在している。


「えっとこのシャーレを見たらわかるけど菌はほんの少しだけ確認された程度。 けどこれらのコロニーの特徴は表面がつやつやしている。 だから、今日はこのつやつやしたコロニーの観察をします。 で、その手順だけど……オホウエお願い」

「本当に相変わらず……」

スズカ先輩はそのあとの説明を全てオホウエ先輩に丸投げした。


「その手順か? えっとそれはまずプレパラートを作成する班と検鏡してスケッチの班に分かれる。 班は………どうしようか。 なにかここ行きたいとかある?」

 オホウエ先輩はそういって私たちを見る。


「えっとそうですね……」

チヒロさんはやりたいところがあるのか真剣に悩んでるみたいだった。 ワラは無論どうでもよさそうな顔をしている。 なら私は何をしよ? 私はオープンキャンパスの時から全てを機械に任せ、伝統を捨てる学校が殆どなのに伝統を徹底的に保護しようとするこの農業高校は何がしたいのかを自分なりに見つけるために入学した。


 だから……。

 

 積極的に参加しよう。

 

 そう心に決めた私はプレパラートを作成する方にしようと決め、

 「あの、私―――「では私はプレパラート作成を希望します」―――え?」

 それと同時にチヒロさんが同じところを希望した。 チヒロさんは予想外だったからかこちらの方を驚いた感じで見ていた。


 うん……まぁ、良いか。

 「あ、良いよ」

 「え、良いの?」

 「あぁー二人出ちゃったか―」

 スズカ先輩は少しにニヤニヤしながらそう言った。


 「えっとなら交代でする? オホウエ今日の検鏡この壱と弐の二枚だけだったよね?」

 「そうだな。 コロニーの数自体は十二個だが同じ特徴を省くから七個だな」

 オホウエ先輩は淡々と答えた。

 それを聞いたスズカ先輩は少し考えたが一足先にチヒロさんが、

 「なら私が三枚で変わります」

 その時のチヒロさんの表情は実によく、むしろ女神さま間違えても不思議じゃないように思えた。


 チヒロさんのその言葉を聞いたスズカ先輩はなるほどーと言い、私の方を向いて、

 「そう? ウズメちゃんはそれでいい?」

 なんだろう。 この二人の善人のまなざしが痛い。 むしろこの行為をないがしろにする方がダメなように見えた。

 

 このあと私は二人の好意をありがたく受け取り、後半四枚を担当することになった。

  それと同時に私、ワラ、オホウエ先輩とチヒロさん、スズカ先輩とでわかれて実験が始まった。


 ――――。

 ―――。

 ――。


 実験が始まってから数分が立った時、チヒロさんがプレパラートを三枚持ってきた。

 「はいどうぞー」

 いや、もう終わりなんだけど。

 ともかく私はさっさと検鏡に入った。


 菌の量は六限目の時のチヒロさんが間違えて入れすぎたときよりもはるかに少なかった。 あれは本当にミスだったんだと実感した。

 で、その菌の形は桿菌と言われる細菌で細長い菌だ。 この菌自体初めて見るけどその説明は始まる前にオホウエ先輩がわざわざ教科書を取り出して説明してくれた。


「そうだウズメさん。 キクさん知ってる?」

そんな時オホウエ先輩が珍しく私に話題を持ちかけてきた。

「えっとキクさんですか」

 「あぁ、三年生のキクさんだ」

 えーと知らないけど誰だろ?

 

 もしかしたら私が覚えてないだけで新歓の時話してた人なのかな?

 「あの、その人がどうかしたんですか?」

 「ん、まぁ実はウズメさんとチヒロさんが新歓に来た時、オープンキャンパスの時来てくれた藍色の人狼の子が来てくれたっていつも以上にはしゃいでたからてっきり知り合いかと」

 んー。 誰だろ?

 「あの、その人新歓の時話してたりとかしてましたか?」

 「いや、ビラ配ってた」

 えー本当に誰だか分からない。 

 

 私の記憶上、新歓は先生が前に出て後は数人の先輩が紙を配ったり色々説明していたんだけど……もしかしたらオープンキャンパスとかで私と話してたりして顔を合わしてたのかな? けど私はあの時のことをしっかりと覚えてないのとその人の顔を短期間で覚えられないからその時忘れてたのかな?


 「そうか、なら仕方ないのかな? ―――よし、終了。 ワラとか無言だが終わってるか?」

 ワラはとっくに観察が終わってたのかオホウエ先輩の方に向き頭を縦に振る。

 「よし、ウズメさんは―――」

 「はい、こっちはもう完了してます」


  私はそういってオホウエ先輩にスケッチとそのコロニー特徴を記した紙を渡した。

  先輩は紙を受け取ったあと、一応確認と言って私の方に来て間違いが無いかを確認すると言って顕微鏡を除く。

 聞けばこの観察結果は高校生研究発表会で紹介するため嘘は許されないからだ。 そして大丈夫だったのかよし、次はワラだと言って今度はワラの方に向かう。 そしてワラも大丈夫だと分かり、オホウエ先輩はスズカ先輩にこっちは良いぞと呼びかけた。

 それを聞いたスズカ先輩は分かったと言って私はチヒロさんと交代した。


 この時私はチヒロさんに小さな声で「難しかった?」と聞くと、

 「大丈夫、先輩の説明分かりやすいからすぐ覚えられる」と答えた。

 この言葉を聞いた私は安心して先輩が待ってるクリーンベンチに向かった。


 クリーンベンチの中には見たことが無い器具とシャーレ、そして先輩が座って待っていた。

 「すみません今着ました」

 「うん、じゃ教えるからこのエタノールで手を消毒して。 したら白衣とか机に触れたらだめよ?」

 「分かりました」

 私は先輩に言われた通りに手をエタノールで消毒し、そしてクリーンベンチの中に手を入れて、隣に座った。 

「それじゃ説明するね」


 先輩はそういうと何本かの棒を持った。

 「えっとまずこれの説明なんだけどこれは白金耳、白金線、白金鉤って言って、今回はこの白金耳。 白金耳の使用用途は最近の摂取なんかに使う」

 先輩はそう言いながら白金線と白金鉤を置く。


 「見分け方は先を見ることで、先が輪っかになってたら白金耳、そのまま線だったら白金線、そして先が直角に曲がってたら白金鉤だから覚えてね」

 「なるほど……」

 チヒロさんが行ってた通り説明が分かりやすい。


 「それとじゃ、作業の説明するね」

 スズカ先輩はそういうと今日の六限目でも使われていたカバーガラスとスライドガラスを持ってきた。

 「そういえばチヒロちゃんが言ってたけど今日酵母の観察したって言ってたんだけど……わかるかな?」

 「はい、一応先生が説明しながら実践しているのを直接見ていたので」

 「そうか、なら良かった。 今回はそれと少し違うんだけどね、ちょっとこれ見て」

 先輩はそういって私の目の前にシャーレを持ってきた。

 「今回見るのはこの壱って書かれたシャーレで、ここから数字が書かれてるでしょ。 その順番で取っていく感じ」

 「あーなるほど。 なら私は四番から取っていくと言うことですね」

 「そうそう! 本当に物分かり良いわね!!」


 スズカ先輩は嬉しそうにほめてくれた。

 「それじゃあ説明は早いね。 やることはまず白金耳をこのガスバーナーで火炎殺菌、やるところは先はしっかりと赤くなるまでして、そして持ちてギリギリまでしっかり殺菌してね。 殺菌した後は一回塩素水に入れて冷まし、シャーレを開けて取る番号のコロニーから少し採取して恐れを―――と、こんな感じでプレパラートを作っていきます。 良い?」

 「はい! ありがとうございます!」


 こうして私はプレパラートを作っていった。

5番目、6番目、7番目と。


 そして出来た者から検鏡班に渡していく。 全部終わったら検鏡班が終了するまで休憩。

 さて、私はどうしようかと思っているとスズカ先輩がこちらに話を投げかけてきた。

 「そうだウズメちゃん。 いきなりだけどワラ君と付き合ってるの?」

 「いえ、付き合ってません」

 「あれ、そうなの? なんとなくワラ君がそばにいるときの方がウズメちゃんとても落ち着いて気を許してる感じにみえるからてっきりそうだと思ったけど」

 「それは誤解です……。 でも、私自身もなぜかワラが近くにいる方が何かと安心するんですよ、理由は分かりませんが。 何でしょう、言葉にするのが難しいんですがなんかお父さんみたいな感じです」

 「あー確かにそんなふうに言われたら見えなくもないねー」


 スズカ先輩は納得したのかふむふむと口に出す。

 「ふーんお父さんかー」

 「な、何ですか急に」

 「いや、いや。 何でもないよー。 決してウズメちゃんが父好きの可愛い女の子だなーて頭撫でたくなったなんてないよ」

 「ふ、不安です」


 スズカ先輩は悪そうな顔でこちらを見る。

 なんだろう、何かどっきりでもされるのかな? もしそうなら嬉しい奴がいい。 食べ物にからいものを入れたりとかは本当にもう二度と食べたくなくなるから。


 それかおしゃれな食器だけど高い奴か安い奴の方でも構わないですよ?


 その時スズカ先輩があ、そうだ声を出した。

 「それと気になってたんだけど、人狼族は言霊とか扱えるの?」

 「言霊術ですか?」

 「そうそう、それそれ!!」

 スズカ先輩は一体何がしたのか分からないけど、言霊術について聞きたいそうだ。


 ちなみに言霊術とは八百万の神々から頂いた言霊を勾玉に込め、呪文を唱えて発動する術。 その効果は攻撃・防御・加護の三段階に分かれている。 けど加護は特定の家系でしか扱えないもので、攻撃・防御は社で修業しないと身に着けることは出来ない。

 そしてこれを扱うには霊力が必要で、さらに勾玉が無いと何もできない。


 「まぁ、一応みんな使えます。 例えば私は動物の声が聞こえますけど心の声なんかはさっぱりです」

 「それって霊力とかが関わってる感じ?」

 「あいえ、私は詳しくは知りませんが多分血筋で決まってるんだと思います。 私の場合お母さんが人狼でお母さんの親戚は皆動物の声が聞こえてそれ以外は無理なんです」

 「そうなんだー。 不思議ねー」


 まぁ、本当のこと言ったらそれはいわゆる呪文がいらない加護なのだけどね。 そう言った加護自体とても数少ないのだけど。

 スズカ先輩は満足したのかクリーンベンチから手を取り出してしまった。

 「あ、しまった……いや、もういいかな? オホウエ! そっちは大丈夫?」

 「ん? あぁ、大丈夫だ」

 「そう、なら良かった。 じゃ、ウズメちゃんもう使い終わったプレパラート洗いに行こ!」

 「あ、あの、クリーンベンチは……」

 「あ、それ私がしとくからいい……使い終わった時の直し方の説明もしちゃおっと。 えっとまずはガスバーナーを消して、そして終わったら電気を消してハイ終了。 良い?」

 「中の道具は……」 


 その時、ドアが音を立てて開いた。

 「中は先生がしとくから皆帰る用意しよか」

 「あ、先生」

 「あ、ミコトのところも丁度終わった感じ?」


 体験入部がちょうど終わったのかカマタ君とツキヤ先生が実験室に戻ってきた。

 ツキヤ先生はそうでもなさそうだけどカマタ君は楽しかったのかご機嫌そうだった。

 「はい、分かりました」

 「それとウズメさん、ササ先生が部活終わったらすぐ農業実習で使ってる農場のベンチに来てくれって言ってたから忘れないように」

 「はい、わかりました」


 え、私何かしたっけ?


 「あー私たちが先に帰る感じですね」

 チヒロさんは残念そうにそういった。

 「うん、そうだね。 ごめんね」

 「全然大丈夫ですよ。 もしよろしければまた明日一緒に帰りましょう」

 「うん!」

 私はそういってワラとチヒロさん、そしてカマタ君と先輩、先生に失礼しますと言って、ササ先生が待っている農場に向かった。



                   *


 農場に行くとそこにはササ先生がぽつんとベンチに座っていた。

 ここから見て、ササ先生は黄昏の哀愁にとてもあっている感じだった。

 私はササ先生に近づく、そこでササ先生は今までボーとしていたのか目と鼻の先まで来ると目を覚まして私に気が付いた。


 「あら、部活終わったのですか?」

 「はい、部活は少し先に抜けさせてもらいました。 さすがに長時間先生を待たせるのは悪いと思ったので」

 「あら、ご気遣いありがと。 ほら、ウズメちゃんも座って」

 ササ先生はそう言ってベンチをポンポンと叩く。 私は失礼しますと答え、隣に座った。


 「あの、ウズメさん。 少し聞きたいのですが言霊使いはご存知ですか?」

 言霊使い?


 私は自分の記憶の中を見た。

 まぁ、確かに言霊術は知っている。 むしろ当たり前のことを聞かれている感じだ。 私たち人狼族は地球上でもっとも言霊を扱うから特に。


 「はい、一応祖母や母から人狼族は言霊を最も操れる人種と言われてきたので」


 この言葉を聞いたササ先生は安堵の表情を浮かべた。

 「そうよね。 安心したわ。 最近言霊について全く知らない人狼族まで出てきたから焦ってたのよ。 話は早いわ。 今、勾玉持ってる?」


 勾玉……。

 私はそういって懐に大切にしまっていた勾玉を取り出した。

 あれ? でもなんで勾玉を持ってることを……。

 「色は……白、良かった」

 「あの、なんで私が持ってることを……」

 「桃色の髪に桃色の衣をまとった美しい女性……で分かるかな?」

 

 え、それって……。

 「その人があなたのことをずっと前、この高校の入学式の前日に。 ―――この高校に藍色の人狼の女の子を入学させるから私の代わりに守って。 て感じに」

 「あの、もしかして縫お姉ちゃん?」

 

 ―――縫お姉ちゃん。

 縫お姉ちゃんは私が小さいころからよく遊んでくれたとても大好きな人。

 なんでササ先生は縫お姉ちゃんのことを知っているんだろう。


 「……縫お姉ちゃんね……」

ササ先生はそう言いながら鼻で笑った。

 何か縫お姉ちゃんにされた人なのかな? 私としては縫お姉ちゃんの味方をしたいけどいけないことをしたら怒るのが妹の仕事だと私は思う。

 そう覚悟をした束の間、私は呆気にとられることになる。

 「あの、縫お姉ちゃんに何かされたんですか?」

 「ううん。 されてないんだけど……私が十六歳の時縫さんは二十歳だったの。 その時私は縫さんのもとで修業してて、あるとき山道を歩いてるときにあの……縫さんが我慢しすぎて漏らして、号泣したのを生で見てしまったからお姉ちゃんて聞くと少し違和感が……」

 「えぇ……」


 縫お姉ちゃんごめんなさい。 多分これ私が見てもお姉ちゃんて、これからいってもいいのかと真剣に考えてしまうかもしれない。

 まぁ、私もササ先生みたいに一回漏らしているところ見たからあまり意識しないはずだといいんだけど。


 いや、待って縫さんが二十歳の時……確かこの時は私は中三で……あれ?

 もしかしてササ先生十七歳?

 確かにこの国は中卒でも教師になってもいいらしいけどその代わり物凄く大変みたいだから誰もやらないはずなのに……。

 まずそれが一番気になった。


 ササ先生はごめんね、話それちゃったと言い、話を戻した。

 「それじゃ、そのあなたのことなんだけど、私はあなたを縫さんの代わりにお守りします。 でも安心しましたよ。 だって縫さんがウズメさんは極度の人間不信だから人間関係が心配って言ってたからどうなるかと心配だったけど、部活動とかでいい人に恵まれたから安心ね」


 ササ先生は嬉しそうにそういう。

 「そうですね。 けど実際には縫お姉ちゃんが一年の間ですが私が他人と話せるように練習に付き合ってくれたので……」

 これは本心。 実際に私はあの時縫お姉ちゃんに他人と話せるように特訓してくれなかったら私は多分卒業まで友達がいなかったのかもしれないから。

 「ふふ、そう、あの人らしいわ」


 ササ先生はそういうと立ち上がり、そして自分の首にかけてある籠目紋が刻印された勾玉を一つ取り上げた。

 「それに―――いや、何でもない」

 ササ先生は手に持っていた勾玉を離す。

 そういってササ先生は私に手を差し伸べた。


 「今日話したかったのこれだけだから帰りましょうか」

 「あの、お仕事は……」

 「あー大丈夫ですよ、済ませてありますから」

 

 それを聞いて納得した私はササ先生の手を取って立ち上がり、帰路に着いた。


 ――――――。

 ―――。


 その際私はササ先生に学校の悩みなどを聞かれたり、好きな人や服など女子会みたいな会話をしながら歩いていた時、突然ササ先生が交差点の横断歩道の前に急に足を止めた。

 この時の空は黄昏時を過ぎ、赤紫へと変化を遂げていた。 それと同時に小鳥たちは天敵から身を守るため鳴くのをやめ、それに伴い虫たちが夜に向けての行進曲の準備に取り掛かっている時だった。


 「ウズメさん」

 ササ先生は普段の天然で穏やかな表情からとても真剣な表情になる。 

 何か起こってる?

 そうとしか言えない感じがササ先生から感じた。 そしてササ先生の体から前触れなく一瞬だけ緑色に光る霊力あふれ出た。 それは不思議にも幻想的に私の眼には映った。

 でもその霊力の輝き方は初めて見た……。

 「はい?」

 「ちょっとあそこの路地裏行ってもいい?」

 「え、あ、はい。 私は構わないです」

 「良かった。 ……後ろ見ないでね」


 そういったとたん後ろから私とササ先生を舐める寒い気配を感じた。

 ―――――――。

 ―――。

 ―。


 私はササ先生に腕を引っ張られながら路地裏の先を進んだ。 路地裏は少しじめじめしてとても嫌な空気。

 後ろはササ先生に見るなと言われているから見てはいないけど、その後ろからは冷蔵庫を開けたときの冷気が背中に当たり、ぞわわと感覚がする。 しかしそれと一緒に暖かい風も背中に当たる。 そんな気持ちの悪い感触が背中に当たっていた。


 ササ先生の顔はとても真剣で、後ろを気にしないように速足で歩いていた。

 「あの、ササ先生……!!」

 「――――」

 私の声は耳にも触れず、ササ先生はただ一直線に歩き続けた。

 「腕……!! 腕痛い……」

 「――――」

 「いや!」


 私は腕の痛みに耐えかねてササ先生の腕を取り払った。

 ササ先生はとても驚いた顔をし、そこから数秒ぐらいで自分が何をしたのかを理解したのかこちらに駆け寄り抱き着いた。

 「ごめん……!!」

 ササ先生はいかにも泣きそうな声を出す。

 まぁ、別にササ先生も悪気はなかったはずだから……ね。

 「あの、大丈夫です。 もう気にしていませんので」

 

 その時背後から冷気が私の背中を舐めた。

 「ひっ!」

 「――――!! 今度ばかりは後ろを向かないで」


 ササ先生はそういうと立ち上がり懐から短刀を取り出し、後ろにいる何か突きつけた。

 その時ササ先生はどすの利いた声で―――。

 「あなたは何が目的?」

 そういった。


 後ろのいる何かはしばらく何の反応を示さず、三十秒ぐらい経過した辺りで、

 「あれ、貴方は私を知らないの?」

 と、素っ頓狂な反応を示した。

 無論ササ先生は普段はふざけてツキヤ先生にガチで怒られてそうな感じだけど以外にも真面目な性格が現れたのかとてもかっこいい声で、

 「あたり前よ、そもそもあなたとは初対面。 それに現実世界で霊体に付きまとわれたのは今回で初めてなんだけど」

と、返した。

 

 後ろにいる何かは姿こそ後ろにいるため分からないけど、声だけ聴くととてもか弱い女の子とついつい思ってしまう。

 「え、うそ。 あの、本当に初めてですか!?」

 後ろにいる何かは泣きそうな声で反論した。

 この時私は失礼ながらカマタ君の姿を思い浮かべてしまった。

 

 「そうだけど」

 だけどそのササ先生の言葉は実に本当みたいで、ワラとはまた違った感じ。 そしてそんな反応を連発されれば普通の人ならそうですか……と引くところを彼女は一切せず、

 「あれー? おかしい、おかしいですよナビィ様―!!」

 と、神頼みを行った。

 「ナビィ?」

 「あ、そうです!! 貴方、確か姓は筑紫でしたよね?」

 「そうですが」

 「よし。 なら、筑紫狼ノ神の勾玉で筑紫ちゅらの記憶を共有してください。 そしたら既視感があるはずです」


 ナビィ、ちゅら? 確かそれは遠い昔の英雄と女神様だったはず……。 そしてそれを共有? そんなことが出来るの?

 「はぁー、あれ面倒くさいのですが……分かりました」


 ササ先生がそう言うと私からいったん離れた。 今目の前にいるササ先生を見ると口にゴムを咥えて、今にも髪を結ぼうとしていた。

 「あの……これは?」

 「ウズメさん。 今から私以外見ないように」

 「えぇー私何かしました?」

 後ろから残念そうな声が聞こえるが、ササ先生は「貴女だから」と言って黙らせた。

 髪を結び終えたササ先生の姿はとても新鮮で、活発な年上の高校生の女の子に見えた。

 そしてササ先生は首にかけてある勾玉のうち、農場で話している時一回取り出した籠目紋が刻印された勾玉を握り、何かを呪文を唱えた。

 「古の英傑よ……我の魂と交われ」


 その時ササ先生から先ほど一瞬だけ出てきた緑色の霊力が噴水のように噴き出て、ここ一体に強い風が吹き、私は袴を抑えた。 そして時間が経ち、自然とその色は消えた。

 ササ先生は何か人が変わったかのように、まるで長い期間冒険した人の顔に一瞬だけ見えた気がする。

 「どうですか?」

 後ろにいる何かは嬉しそうな口調でササ先生に聞く。

 「……そうね……確かに既視感を感じた。 ということはあなたとナビィ様は関係者?」

 「はい! そうです!!」


 後ろの何かはとてもうれしそうにピョンピョン飛び跳ねそうな勢いで答えた。

 もしこの人が女神ナビィ様との関係者なら……神の使い的な感じなのかな?

 「まぁ、私とちゅら様とは一度も会っておりませんが……やはり魂が読める狼は違いますね」

 「……そうですか。 で、貴方の要件は?」

 「あ、そうでした。 それでは話します。 あ、まず人狼ちゃんも話に入っていただかないと困るのでこちらを向いてもらえますか?」

 「えっと、でも」

 

 私は上を向いてササ先生の顔を見た。 

 「そうですね。 真にナビィ様の使いでしたら大丈夫でしょう。 ほら、ウズメさん向いても大丈夫ですよ」

 「は、はいぃ……」


 私は後ろを振り向いた。

 そこにいたのは水色の神に、ササ先生、ワラと同じように白を基調とした着物を着ているとても美しい女性が立っていた。

 「初めまして。 私はナビィ様の神使としてこの地の舞い降りましたミコと申します」

 「こ、こちらこそ初めまして……ウズメです」


 ミコさんは丁寧にお辞儀し、私も同じくお辞儀した。

 「……ササさん。 もしかしてこの子が……」

 「そうです、もしかしてこの子に何かしようとでも?」

 「いえ、純粋にかわいいって」

 ミコさんはそういって駆け足で私に近づき、私の頭を撫でようとした。 え、怖い。


 しかしササ先生はそれを止めた。

 「すみませんがこの子にむやみに触るのは止めていただける?」

 「ははは、すみません。 では早速話しましょうか」


 ミコさんは残念そうにそういうと姿勢を正し、真剣な顔つきになった。

 「ササさん。 今から話すことはナビィ様直々の勅令です。 まずあなた方、狼が行っていることについてですが内ではなく外を見ること。 それは外を見ずに内ばかり見れば何が起こるのは分からないからである。 次にあなた方は亀を見分けるのには特化しているが鶴は分からない。 そのため今後は鶴などにも念を置いてみる方が望ましい。 そうすることで鶴と亀を覆う籠の狼は鶴を守ることが出来る。 以上です」

 「分かったわ、肝に念じておきます」


 狼? 亀? 鶴?


 私はミコさんが何を言っているのかが一切分からなかった。

 しかしササ先生は理解しているようだった。

 「鶴は私が大切に見ておきます。 そして念のためあの子にも伝えておきます」

 「そうですね……それではよろしくお願いします―――」

 「え、えーと?」

 

 私は一切話についていけなかった。 一体何の話をしているのだろうか?

 鶴と亀? 飼っているからその話をしているのかな?


 頭が痛くなって来る。


 「あ、ごめんなさい。 難しい話をしてしまいましたね」

 ミコさんは私をみてはっとした。

 「すみません。 それでは私から以上です」

 「ねぇ、さっきのウズメさんに聞かせる意味あったかしら?」

 「さぁ? 私はウズメさんにも聞かせるようにとしか言われていないのでわかりかねます」

 「……でも、貴方はこんな難しい話だけじゃなくてややこしいものまで連れてきてくれたようね?」

 「え?」

 ササ先生が言うと先ほどの冷気が私の体中を舐めた。


 するとミコさんの後ろから赤黒く発光している巨大な蠍が複数こちらに近づいてきていた。

 「しゅー、しゅー」

 蠍が吐く息は、自身の固い甲冑を震わせた。


 ササ先生は面倒くさそうに、

 「はぁー、どうするの?」

 と、ミコさんを見た。

 「は、ははは。 これは明らか気づかなかった私の責任ですね。 分かりました。 では、結界を張るので教え子にカッコイイところを見せてください」

 「え、まって―――」

 「神位結界、ナビィの籠」

 ササ先生は何か言おうとしたけどミコさんは問答無用で呪文を唱え、地面が水色の輝く床の真っ暗な壁の空間にやってきた。


 「こ、ここは?」

 「ここは結界の中……と言った方が分かりやすいですかね」

 「グシャー!」

 「わ、いきなりですか!? ―――ちょっとミコさん短刀じゃ無理! わっ!」


 ササ先生は巨大な蠍の攻撃を躱す。 しかし、服装なだけあって動きずらそうで、蠍の攻撃を躱すだけでも大変そうだ。

 助けを求められたミコさんは、

 「神器、持ってないの?」

 そう、疑問形で聞いた。

 「って、あります! けど流石に教育の場に槍を持ってくるなんて流石の武器の所持が認められるからって大問題―――あー鬱陶しい!!」

 「シャッ!」


 ササ先生は言葉を荒げながら蠍の顎に勢いよく蹴りを入れた。 が、蠍には今一つだった。

 むしろ逆に怒らせてしまったようで―――。

 「シャー!!」 

 と、叫び、攻撃が激しくなった。

 先ほどのはさみでの攻撃に加えて尻尾の先端の針での攻撃も始めたため、ササ先生はとても焦っていた。


 蠍の尻尾は水色の床をキツツキのように突き刺していき、その振動がこちらにまで伝わってくる。

 「あー袴邪魔!!」

 「ブッ!」

 ササ先生は袴を引きちぎって蠍に投げつけた。 やはり蠍にあまり効果がなく、そのまま袴を食べた。

 だがササ先生にはこの間が良かったのかどや顔を決めていた。

 「よし、この隙! 風の言霊、わが身に宿れ!」

 ササ先生はそう呪文を唱え、体には風がまとった。 そのせいで上の衣がまくれ上がり、下着が丸見えになった。 だがササ先生は恥じらいもなく下着が見えても堂々と動き回る。


 そのササ先生の動きにつられて蠍は追いかけるが、ササ先生の方が断トツで速い。

 これが風の言霊の力なのだろうか。

 「はっ、とうっ」

 「シー!」

 ササ先生は蠍のはさみと尻尾の攻撃を華麗に躱し、そして勢いよく真上に飛びあがる。

 そしてそれにつられ、蠍も飛び上がった。 ていうか蠍って飛び上がれるんだ初めて知った。


 蠍はただササ先生を追うことだけに夢中になっていた、そこでササ先生が、

 「まだまだですねっ!」

 そう言ってササ先生は綺麗に短刀を蠍の脳天に突き刺し、引き抜いた。

 「キシャー! ……。」


 蠍は脳天から血を吹き出しながらそのまま地面に腹を上に向けたまま落ちた。

 蠍は足をぴくぴくと動かしてしたが死ぬのは時間の問題だろう。

 「全く、女の子のあとをつけるからこうなるんですよ」

 「あら、神器は必要なかったですね」


 ミコさんは嬉しそうにそういった。

 「私もササ先生が無事でよかったです……」

 「うん、ありがとうございます。 私もウズメさんがいたからこそ真剣に戦えたので」

 「あれ? 私は?」

 「貴女は不死身だから論外」

 「そんな~」

 ミコさんは泣きそうな声を出す。

 だが、それを気にせずササ先生は私の頭を優しくなでてくれた。

 「あ、ササ先生その……」

 「あ、そういえば袴。 下着丸見えですよ」

 「え、……きゃっ!」


 ササ先生は内股になり、上の衣を下に引っ張り下着を隠した。

 それにともない上の衣は少しはだける。

 ササ先生は顔を下に向け、真っ赤にしながらもじもじしている。 その姿は本当におもらししてそれをしてないって否定し続ける小さい時の縫お姉ちゃんにそっくりだった。

 この時から一週間ぐらいは縫お姉ちゃんに対して軽蔑してしまったんだけど。

 「あ、いやこれは……」

 「可愛いですねぇー」

 「み、見ないで!!」

 ミコさんは先ほどのお返しなのかササ先生をあおる。

 

 「ガガガ……またか……」

 「あれ? 今声が……」

 ササ先生はそんなことを言った。 と言っても声なんて聞こえていない。


 そんなとき地面がゴゴゴと揺れだした。

 「またか。 またかまたかまたかまたかまたかまたかまたか!!」

 死んだはずの蠍が突然飛び上がった。


 「危ない!」

 ササ先生は私とミコさんを突き飛ばし、そのまま蠍に押しつぶされた。

 「がはっ!」


 「なに……あれ?」

 「あれは……嘘でしょ……なんであいつが」

 ミコさんは眼を瞬きもせずかっと開いた。


 蠍は突如人間の言葉をしゃべりだしたかと思ったら殻の隙間から炎を吹き出した。

 「まいどまいど歴戦の英雄に立ち向かっては一撃で殺させるは、やっと復活したから復讐しようとしたら神殿ごと生き埋めにされるは……ザッケンナコラー!」


 蠍は良く分からないことをしゃべり始めた。

 さらに蠍はササ先生を足でぐりぐりとした。 

 「ど、どけ変態……!!」

 「おーとされはできねぇなぁ。 お前さん勇者ちゅらの子孫やろ、そいつの子孫のお前だけは絶対に許さぇ。 絶対に食ってやる……でもなこれだけ言わせてくれ。 なぜおまえら一族は毎度毎度袴墓編年、恥ずかしいし風邪ひくし怪我しやすいやろ」

 蠍はそういってさらにササ先生を地面に押し付ける。


 この時後ろはさーと寒くなった。

 「はぁ、あのー私のこと覚えてる?」

 それはミコさんが私の傍から離れ、蠍の傍にいたからだ。

 え、いつの間に!?


 「あぁん? お前は……あ!! あの時の―――」

 「よし」

 「イッテ!」


 ササ先生は短刀を炎が噴き出ているのはお構いなく中に短刀を突っ込んだ。 蠍は余りの痛さで力を緩め、ササ先生はすぐに脱出した。

 この時ササ先生は手をやけどしたのか右手を抑えていた。

 「大丈夫ですか!?」

 「大丈夫だから離れて……ミコさん、お願い」

 「分かりました。 神位慈悲の言霊よ、かの者の傷を癒せ」

 ミコさんが呪文を唱えるとササ先生の手はなんとか真っ赤な手から元の真っ白な綺麗な手に戻った

 

 「ちっくしょう!!」

 蠍は激怒し、さらに殻から炎を吹き出した。 それは蒸気機関車みたいに。

 「くっそ、舐めやがって! ならよーし自己紹介してやろう。 あ、攻撃はするなよ。 最後まで聞いてや」


 「―――」

 蠍のその言葉にミコさんとササ先生は少し目を背ける。 どうしたんだろ?

 「俺の名前は―――ばぁぁか!! 死ねぇ!!」

 「ウズメさん、目を閉じて!」

 蠍は口から茶色の液体を噴出し、それを火につけた。

 それはまるでガソリンに火を付けたように。


 炎の大きさは世界の終焉のように巨大で、そしてゆっくりとこちらに近づく。 もしここが路地裏なら大事件に発達していただろう。

 この時私はミコさんに目を抑えられ、ササ先生が―――。

 「あつ! 嵐の言霊よ、蠍に目掛け、吹き荒れろ!!」

 ササ先生は両手を蠍に向け、そして蠍目掛けて風を放った。

 炎はササ先生の風を浴びることで新鮮な酸素が入り、さらに燃え盛った。

 この光景は世界の終焉をも怖くもないものだった。


 ササ先生の風と蠍の炎がお互いぶつかり合い、どちらも前に進むのを許さなかった。

 「あっつ! 何でや先制攻撃したやん!!」

 ん、今なんか聞こえた気が? 気のせいか。


 同時にミコさんも火の粉がこちらに飛んでこないように私の周りにだけ「神位兜、私たちを守れ」と呪文を唱え、透明の黄金の兜が上にかぶさっていた。

 この時一瞬だけササ先生の体から漏れ出てる霊力がガクンと下がった。

 「ササさん! あの液体を一滴もこちらに来させないようにしてください」

 「分かってるわよ……!!」

 ササ先生は一切気を緩めず暴風を蠍目掛けて放ち続けた。

 しかし形勢は全く変わらない。


 「本当にめんどくさい。 いつまでこんな炎放ち続けれるのよ」

 「まぁ、多分蠍も長い時の中で進化したんでしょう」

 「あっづづづいぃぃぃ……まじかぁぁぁぁぁ」


 また何か炎の中からうめき声が聞こえたけど気のせいでしょうか?

 ちょっとミコさんに来てみよ。

 「あの、ミコさん。 何か声聞こえませんか?」

 「そう? ササさん声聞こえますか?」

 

 ミコさんはササ先生に質問を投げかけた。

 「何も聞こえない。 今燃え盛る炎の爆音と嵐の音が重なってるから何も」

 ササ先生はそういうとさらに風を強めた。

 「マジかお前、マジかよ……予想以上に強すぎだろ……奇襲もダメなんかよぉぉ」

 

 一瞬情けない声が聞こえた。

 私は余りにも時間が掛かっているため少し気になったことをミコさんに聞いた。

 「あの、ミコさん、あの蠍さんなんで怒ってるんですか?」

 「あーあれですか。 あれは単純に当時一緒に勇者と旅をしていたんですが、その時戦ったのがあの蠍なんです。 その際蠍は律義に名乗り始めようとしたんですが勇者はその前に爆弾をぶん投げたらまさかの一発で死んだみたいなんです」

 「へ、へぇー」


 それは雑魚過ぎる気がする。

 なんだろう。 これは聞いてはいけない神話の証言だと思う。 現にミコさんはナビィの使い……多分本当のことだろう。 

 ていうかそもそもなんで名乗りの前に爆弾を投げたんだろう。

 その時丁度炎が弱まってきた。


 ササ先生は余裕が出来たのかこちらを向いた。

 「あ、それ私の家に伝わる話にも似たのもありますよ」

 「またじぬのぉぉぉぉぉ」

 ササ先生は炎の中から聞こえる喚き声には一切触れず話を始めた。


 「えっとなんて言うか勇者ちゅらが神殿攻略中大きな部屋に入った時、なんか人間の言葉喋れる蠍がいたから気持ち悪くて脳天に一発さして殺した話あるんですよ」

 「うわぁ……私の地元が勇者ちゅら由来の物が多いだけあってだいぶ驚きなんですが……。 ミコさん、これは本当なんですか?」

 「本当よ」

 「えぇ……」

 「ああああぁぁぁぁぁ……」


 うめき声もだいぶ小さくなり、とうとう聞こえなくなった。

 この時ミコさんは何か感じたのか辺りをスンスンと嗅いでいた。

 「あ、ササさん何かこんがり焼けたエビの香りしません?」

 「あ、本当だ」

 「ちょっと風止めてくれる?」

 「はい」


 ササ先生はそう言って風を止めた。

 「あれ、何ですか?」

 私は一つ黒い炭みたいなものに指をさした。 その代わり蠍は姿を消していた。

 何だろう。 何か嫌な予感。

 そしてミコさんとササ先生がその炭の塊に近づき、そして何か気まずい空気になった。


 「あ、あはははは……気づいたら炭って……」

 「カッコイイところ最初だけでしたね」

 もうお分かりだと思うけどあれは蠍だった。


 情けなすぎる。


 そして可哀そうだと。1000分の一思った。

 

 「天千穂へ帰せ……」

 ミコさんがそういうと蠍だった炭は光の粒となり、天高く何処かに飛び去った。

「では、もう結界を解きましょうか……解」


 そういうと外の風景が元の路地裏に戻った。

 先ほどの嫌な寒気はもうしなかった。 

 「やっ」

 

 声をした方を向くとササ先生が必死に上の衣で下着を必死に隠そうとしていた。

「あららー」

「あららーじゃない!!」 

「あの、良かったら白衣着て帰ります?」


私はそういって自分の手提げカバンから白衣を取り出して、ササ先生に渡した。

「あ、ありがとね」

ササ先生はそういうと白衣を着た。 そして少し小さいだけで何の問題もなく、下着は隠せていた。

「じゃ、明日洗って返すわね?」

 「はい、分かりました」

 ササ先生は私の頭を撫でた。

 「それではササさんとウズメさん。 この度は本当にご迷惑をおかけしました。 それでは私はこれで失礼いたします」


 ミコさんはそういうと光のしずくとなり、風と共にどこかに行った。

 

 私とササ先生はミコさんを見届けた後、私はササ先生の方に振り向いた。

 「あの。ササ先生?」

 「今日は本当にごめんね。 それにもうこんな真っ暗だし私が家まで送っていくね?」

 「……ありがとうございます」


 私はササ先生に家まで送ってもらった。

 この時私はササ先生に質問した。

 「あの蠍は一体何でついて来たんですか?」

 「―――分からない。 ウズメちゃんを追ってきていたのか私とミコさんに復讐しに来ていたのかも。 でも、これだけは分かる。 あの蠍の眼はあなたを見ていなかった」

 ササ先生はそう言った。 これを聴いた私はこれ以上聞かなかった。

 そこでササ先生は最後に小さな声で―――。

 「鶴、亀、狼に関してはあまり気にしないで」

 確かにそう聞こえた。



                   *


 それから三日が過ぎ水曜日の朝。 私はあの時先生とミコさんが話していた鶴、亀、狼について調べた。

しかし調べても何の成果も得られなかった。

 ただ分かったのはササ先生とミコさんが話していたのは神代の伝説について。 そして昨日の蠍の戦いから見て、神代の伝説に深く関わってるのがササ先生とミコさんなのだろう。


 そんなとき、隣の席のチヒロさんが珍しくHR直前に入ってきた。

 「遅かったね、チヒロさん」

 「そうですね、昨日からちょっと習い事が多くて大変でしたので」

 チヒロさんはそういった後、私に近づいた。


 「そういえばさっき下駄箱でオホウエ先輩が言ってましたが、二週間後月曜日にツキヤ先生が私たちに何の研究がしたいのか聞くから何したいか決めといてと仰っていたのですが、何かしたいことありますか?」


 あーやっぱりか。

 その話はおいおい来るだろうと思ってたんだけどね。

 やりたい研究か……うーん何だろう。 研究したい意欲はあるけどどんな研究したいかの意欲は存在しない。 本当にどうしよう。

 「一応ヒビさんに聞いたのですが何でも言いそうなのですが一応ウズメさんは何かしたいことがあるのか気になったので」


 そういわれてもね……。


 「あの、もしよろしければ私ちょこっとしてみたい研究があるのですが、それでもいいですか?」


 したいこと? なんなんだろう?

 まぁ、私はどんな研究でも大丈夫だし……ね。

 「うん、じゃチヒロさんにお願いしてもいい?」

 「―――!! ありがとうございます」

 チヒロさんは今日一番の笑みを浮かべた。


 「あ、そういえば一昨日ササ先生に呼び出されてから元気が無いよう出すが大丈夫ですか?」

 「え、あーやっぱり?」

 「それはもう見ただけでわかりますよ。 貴方は基本話しかけられても自分が話して話しやすかった人としか話そうとしないのに、ここ三日間珍しく自分からは積極的に話に行ってるんですもの……特にササ先生に」

 「あ、そっち?」

 「でもやっぱりウズメさんは他者依存をどうにかしないといけませんね」

 「うぐ……」


 とても鋭いところを突かれてしまった。

 確かに私は入学以来信頼する人としか関わっていないから友達の数自体は少ない。 されによく話す人と見れば同性はチヒロさんとツボミさんぐらいだから本当に人とあまり関わっていないのかもしれない。


 異性ではワラぐらいだ。

 でもワラはまた違うのかもしれない。


 ワラとは自分から何度か行こうとしたけどなかなか時間があわず、気が付けばどこかに行っている。

 そもそも私は何でワラを意識してしまうのかがよく分からない。

 入学式の時駅で会ったから? そんなことはない。

 ツボミさんにワラが私に初恋していると聞いたから? そんなことはない。

 だってワラは私と滅多に話さないから。


 でも……何故か彼のことを考えてしまう。


 私はどうすればいいのだろう―――。

 悩んでいる私を置いて、ただ時間だけが進んでいった。


――――。

―――。

―。


水曜日の授業は特に暇だった。

 今日初めての水曜の授業だったはずだけど楽しかったのは美術だけ。 それ以外は特に面白くない。

 けど四限目の言霊術は例外だった。 それはササ先生の授業だったのと内容が自分に家柄と人狼族が代々言霊術に精通した種族であるがため聞くだけでも楽しかったから。

 

 だけど午後からの授業がもう本当に地獄、体育の先生はいやらしい眼で見てくるし数学何て先生の説明がへたくそで何が言いたいのかがサッパリ。

 「ほんっとに退屈だった……」

 「……そうだな」

 

 ワラは感情のこもってない言葉を言った。

 ちなみに今私とワラは今農業実習で育ててる萵苣の水やりと雑草抜きをしている。

 なんでわざわざ二人なのかというとそれは放課後終礼が終わり、チヒロさんが習い事だからと先に帰り、私は日誌に授業の内容や今日の感想を書いて日誌を教卓の棚に下に入れて帰宅しようとしたとき突然造園学科の人に腕を掴まれて、

 「ねぇ、一緒に帰らない?」

 「え、あの……」

 といわれて私が恐怖でうまく口が開かなかった時、風のように私の前に現れ、

 「すまない、今日はこの子と畑の整備がある」と言って造園学科の子を私から引きはがしてくれた。


 そして今に至る。


 「……」

 むろん今この場は完全にお通夜と言われてもしょうがない状況。

 私とワラは基本的には実習か部活の時以外会話しないため、今このように放課後話すなんてなかったからとても緊張する。

 一体どういって会話を始めればいいのだろうか?


 「そういえばウズメ」

 「な、何?」

 ワラは実習の時みたいに自分から話しかけてきた。


 「おとといササ先生と帰っただろ」

 「う、うん……」

 「……」

 「え、えっとワラ?」

 「鶴は夫婦の婦を指し、亀は夫婦の夫を示す……」


 何を言うかと言えばあの時ササ先生とミコさんが話していた狼の話を始めた。 なぜこれをワラが知っているのだろうか?

 そしてワラはバケツ一杯に雑草が入ったのを見るとそのまま何もしゃべらず無言で捨てに行った。

 この時私はその場で待っていればいいはずなのに自然と足が彼の方向に進んでいった。


 「あの、ワラ……」

 「―――?」

 つい名前を呼んだけど何を言おうか考えてもいなかった。 本当に何を聞けばいいのだろうか? あ、そうだ!!


 「もしかして一昨日ずっと私とササ先生をつけてたの?」

 「違う……」

 そういうとワラは胸からササ先生が持っていたのと同じ籠目紋が刻印された勾玉を取り出した。

 この時、ワラの後ろから私に目掛けて温かい春の息吹が吹きあがった。

 「……土曜日空いてる?」

 「え? ……うん、空いてけど」


 「そう……なら心の中で“大蛇”と念じながら電車に乗って歩いて。 そうすれば必ず俺のもとに辿り着く」

 「ど、どうして?」

 「……答えは土曜日話す」

 「え? ……まじ?」

 

 ワラは頷き、「君を信じてる」と小さな声でナマコみたいに感情が無い顔でそういった。

 ……私はそれ以上何も聞かなかった。

 

この時、私は土曜日であのような経験をすることは考えてもいなかった。

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