第22話 にわかな焦燥感

 図書室で手に入れた大事な文献を胸に、三彩希が廊下を歩いていた時だった。目の前の渡り廊下の先を、一人の男子生徒が横切った。それは少し遠くて顔は判然とはしなかったが、しかしそれが誰かが三彩希には手に取るようにわかった。

 あの背の高さと、威風堂々とした歩き方。


「皇子代さんだ」


 いいところに、と三彩希は小走りで黎を追う。その足取りが軽いのはもはや気のせいではなかった。しかし折れた廊下の先に黎の姿はなかった。


「足はやっ」


 いつも一緒に歩いている自分の事なきにせず、大股歩きで先へ先へ行ってしまう。

 三彩希が黎はどこかと追っていると、廊下の先から二人の男子生徒が現れた。一人はひょろ長い垂れ目の男子で、スリッパの色から1年生だとわかる。そしてもう一人は、先日クラスで見た3年の金髪短髪の男子生徒だ。三彩希は反射的に近くの物陰へと隠れた。


「どうだった?」

「いや、振られました……」


 二人はそんな会話をしながら歩いてくる。


「当り前だろ馬鹿。何期待してんだよ。黄泉路は俺のもんだ」

「わかってますよ。ただ振られるってのが意外とショックで」

「それでいいんだよ。この後お前が下校道で振られた腹いせに黄泉路を襲う。んでそこを俺が助けに入る。そしたらそのまま黄泉路を持ち帰りって算段だ。完璧っしょ?」

「そんなうまくいくんすか?」

「あったりまえだろ? うまくいったらお前にも女紹介してやるから。な?」

「う、うっす」


 二人はそんな会話をしながら、廊下の反対方向へと消えていった。


「どんだけ古典的なのよ……そんなので落ちる女今時いないでしょ……」


 短髪金髪の短絡的な計画に唖然とする。


「でも今の話だと、黄泉路蜜と話してた……?」


 はっとして三彩希は走り出した。廊下を曲がり、しかしそこですぐに慌てて足を止める。美術室の後ろの扉の小窓から、中に人がいるのが見えたからだ。

 それは予想した通り黄泉路蜜であり。

 そして、皇子代黎の姿であった。


「何を……」


 三彩希の中に、言葉にできない複雑な感情が湧き立つのがわかった。彼女はすぐに隣の美術準備室へと入った。運よく鍵があいており中に入ると、美術室へと通じる扉へと駆け寄る。そしてゆっくりと扉に手をかけ、ほんの少し中の会話が聞こえる程度に扉を開けた。

 そして、その脇に隠れるように身をかがめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る