第6話 1、2、3のミサキチです♪

「なんで俺が」


 結果的に押し切られる形となった黎は、とぼとぼと三彩希を連れて廊下を歩いていた。基本的に教師に対しイエスマンになりきれない黎ではあるが、それを熟知してる武村は彼の扱いを知っている。

 当の三彩希は黎の少し後ろを、きょろきょろと周囲を物珍し気に見渡しながらついてきている。


「教師ってやっててしんどくないんですかねー。安月給で生徒に振り回されて。あんだけ偉そうでも私の収入の何十分の一かと思うと、滑稽で笑えてきますよね」

「そんな唐突に他人を貶されてもリアクションに困るな」

「いや~ちょっと喋ってて思っちゃって」


 三彩希はわざとらしく肩を竦めた。


「ならさっき面と向かって言うべきだったな。今言うのはダサいぞ。怒られてしょげてたくせに」

「しょげてません。ああすることが一番早く解放されるとわかっているからです。世渡り上手と言って下さい」

「なるほど。自己肯定はうまいらしい」


 黎が乾いた笑いを見せると、彼女はムキになったのか唇を尖らせる。


「それで、お前はなんなんだ」


 いよいよ堪らず黎が尋ねると、少女は少しにやりと笑い、黎の前へと飛び出た。


「これはこれは、自己紹介が遅れました。私はこういうものです」


 少女が取り出したのは名刺だった。そこには『ミステリーハンター 虹倉 三彩希』と書いてあり、下の方にはシーサーの挿絵と、メールアドレスやURLが小さく記載されていた。

 しかしそれを伺い見るだけで、黎は受け取ろうとはしない。


「どうぞ。名刺です」

「いや、いいよ」

「どうしてですか? これメルカリで1万円くらいにはなりますよ?」

「いや、お母さんから知らない人にものをもらっちゃいけませんって言われてるから」

「母親の言うこと律儀に守るタイプに見えませんが!? ただの名刺ですよ!」

「でも、ほら……うちまだ小さい妹がいるから」

「から、なんですか?」

「菌とか移ったら嫌だろ?」

「あなた相当性格悪いですよね?」


 三彩希は名刺をポケットにしまいなおした。だがすぐに顔を上げ、


「私、いわゆるYoutuberなんです。まぁ登録者数10万人くらいのまだまだペーペーですけどね。私のチャンネルでは、未解決事件や怪奇事件、はては心霊現象や廃村廃屋巡りなんかを取り扱っていて、その真相を見つけ出すってのをやってるんです。一応ミサキチって愛称で、それなりにネットとかでバズることもあるんですが……ほら、Twitterとかで見ませんか? 検索してみてください、すぐに出てくると思うので」

「持ってない」

「スマホ、家に忘れてきちゃったんですか?」

「いや、そもそもスマホも携帯も持ってない」


 三彩希は理解の処理が追いつかないと、少しだけ唖然と口を固めたあと、


「げげげ、原始人!? ミサキチプライマルです! あ、今のいいですね。次の動画のサムネはそれにしましょう」

「一人で楽しそうだなお前。そのユーチューブってのはなんなんだ?」

「マジですか……どうりでセカサンのことも知らないわけですね」

「セカサン?」

「今朝私に絡んできていた男性二人ですよ。本当は3人組のセカンドサードという配信グループなんですが、あの人は一番人気のタイラさんって人で、今時の女子中高生にはジャニーズよりも人気なんですよ?」


 あーどうりで、と黎はうなる。自分のことを全く知らないことが、彼らには驚きだったのだろう。


「なんで絡まれてたんだ?」

「ん、まぁいろいろこちらの事情です」

「人を巻き込んでおいて説明も無しか」

「説明の義務はありませんので」

「義理はあるだろう」

「それは私の匙加減です。義理を強要しないでください」


 黎は「こいつ」と小さく舌打ちをした。


「しかしあなたすごいですね、いきなり相手を殴るなんて」

「むかついたからな」

「気持ちにストレート過ぎでしょ。見た目真面目そうなのに、やることヤンキーじゃないですか」

「お前はよく喋ってうざいな」

「そんな無表情でさらっとディスらないでください。その図体で仏頂面で言われると怖いんですよ。私自分が変人である自覚はありましたけど、まさか偶然会ったあなたの方が変人だったなんて心の準備ができてません」

「お前だって十分変だろ。妖怪恥晒し」

「妖怪恥晒しじゃないです! ゆーちゅーばーです! 今や子供たちの夢ナンバーワンにもなった立派な仕事ですよ! そんな古臭いおじさんみたいなこと言ってたら、どんどん時代に置いていかれますよ?」

「いいけど俺はお前を置いていくぞ」


 黎はその長い脚を大股開きで歩き出した。三彩希を置いていくように。三彩希は慌てて黎についていく。


「ちょっとぉ! なんだったら助けてくれたお礼にコラボしてあげてもいいですよ?

 さぁ泣いて喜んでください!」


「誰が好んで恥さらしたいんだよ」

「年収1000万になりたくないんですか?」

「っ……どうでもいい」

「今ちょっと迷いましたよね。ねぇ、迷いましたよね?」


 馬鹿にするように三彩希が後ろをまとわりつく。しかし黎が仏頂面を返したのを見て、不満そうに眉根を寄せた。


「なんですか、そうやってニヒルにしてるのがかっこいいお年頃ですか?」

「なんだ、俺を攻撃か? それで再生数は伸びそうか?」


 しっぺ返しを喰らい、さらに眉に皺を作る。三彩希が苛立ち任せに何かを言い返そうとした時、先に黎がそれをいさめるように小さくため息をついた。


「これじゃあ、学校に溶け込むのも時間がかかりそうだな」

「必要ありません。特に慣れ合う気はありませんので」

「友達ができないの間違いだろ」

「むっ。いますー。ツイッターのフォロワーは15万人ですよ? あなたどうせ100人もいないでしょ」

「それは友達なのか?」

「友達……では厳密にはないかもですが、逆にリア友にどんな価値があるんです? カラオケとかユニバとか行きたかったら、配信者仲間を誘えばたくさんいますし」

「お、おう……」

「リアルに引かないでください!」


 ぷいっと、三彩希は若干涙目でそっぽ向く三彩希。どうやらリアルに友達がいないことは、それなりに自覚しているらしい。


「ついたぞ」


 三彩希を連れて2年8組の前までたどり着き、黎は三彩希を振り返った。

 そしてずいっと指先を鼻先に突き付ける。


「遅刻したから挨拶は無しだ。こそこそみすぼらしく教室の席について、黙って授業受けろ」

「みすぼらしいは余計です」


 黎は「さよですか」と、ぼやきながら扉を開ける。

 すると、クラスの視線が一斉にこちらを向いていた。ぞっとしそうなその視線に黎が一瞬体を膠着させていると、クラスメイトたちは一斉に立ち上がり、黎に向かって群がってきた――わけではなく、例の後ろに立つ三彩希に群がった。


「ミサキチ? ミサキチだよね!」

「本物?! すげー!」

「見てます! チャンネル登録もしてて!」


 彼、彼女たちは嬉々とした表情で虹倉を囲む。


「……なんだ?」


 その輪に押し出された黎がその様子を訝しげに見つめていると、


「まぁまぁ皆さん落ちついてください。改めてご挨拶を。この世に解けない謎はない。1、2、3のミサキチです! はいどーも!」


 なんだそのこっぱずかしいノリは、と黎が若干サブイボを立てつつ呆れていると、その感想とは裏腹に、クラス中がワッと沸いた。


「すげー! 見た! 昨日見た! 今も見た!」

「ねぇミサキチ、セカンドサードのタイラくんと付き合ってるってほんと?!」

「ミサキチ、よかったら俺とコラボしてよ! お願い!」


 わらわらとまるで羽虫のように群がる様子に黎が圧倒されていると、三彩希と目があった。彼女はまるで勝ち誇ったかのように、ドヤ顔で鼻を鳴らした。


「なんなんだこれは」

「知らないの? ミサキチ。有名な沖縄のユーチューバーだよ」


 黎の疑問に答えてくれたのは、美登里だった。相変わらずの爽やかな表情で、その輪を遠巻きに見守っている。


「転校するって前回の動画で宣伝してて、噂になってたみたいだよ。そんで職員室で見かけた生徒が彼女のことを知ってて、一気に広まったみたい」

「チューバーチューバー……今日はよく聞くなそれ。チューバッカかよ」

「そのツッコミは意味わかんないけど、今時テレビの有名人より有名だよ? 黎ちゃんは家にネットすらつながってないから知らないだろうけど」

「電磁波は小春の成長に悪影響だろ」

「うわっ。えんがちょえんがちょ」


 時代遅れの黎の言葉に、美登里が両手の中指と人差し指を交差させながら席に戻っていく。未だ落ち着かない三彩希を取り囲む人たちを見つつ、黎は小さく息を吐く。


「ま、無事クラスに溶け込めたということで」


 剣呑剣呑、と、解放されたように軽い足取りで座席へと戻った。


「ごほん! それでは皆さんのご期待に応えまして」


 すると、間もなく始業のチャイムが鳴ろうとしていた頃、三彩希がそう大きく声をあげた。周囲の目が一斉に三彩希を捉える。


「これから撮影予定の動画の発表をしたいと思います!」


 再びざわめきたつクラス。

 目立ちたがり屋が――そう思ってため息をつく黎だったが、そんなことを知る由もなく、三彩希は得意気に黒板の前に立ち堂々と宣言した。


「三年前にこの市で起こった未解決事件! 黄泉路夫妻惨殺事件について、ミステリーハンターミサキチが必ずや真相を暴くことをここに宣言します!」


 大々的に叫んで、しかし三彩希の期待とは裏腹に、クラス中がしんと静まり返った。

 なんのことかと黎がおもむろに黄泉路を振り返ると、そこには変わらず彫刻のようにじっと座る彼女の姿があった。

 まるで今の言葉がまったく耳に入っていなかったかのように。

 ただそこに静かにたたずんでいた。

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