第2話 推理①―③
《大切なのは心の自由な決定でもなければ愛でもなく、良心に反してでも盲目的に従わねばならぬ神秘なのだ》
―ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟―大審問官の章』(原 卓也・訳)
(一)
【内部構造】
●コインを入れると内部歯車のロックが解除され、ハンドルが廻せる。裏側には歯車がついてあり土台を回転させる。
●設置面は上から覗くと中心に小さな円がある。周りは五つの大きな円で囲っており中心の円から三方にとびでた突起物はカプセルをかき混ぜる棒だ。
●出口となる穴の上にはバネが取り付けてある。カプセルが連続で出ないようにするためだ。
(図1. 図2. 参照)
https://twitter.com/ZERORXb3/status/1634881335457374208?s=19(←クリックすると図1へ)
https://twitter.com/ZERORXb3/status/1634881482299940864?s=19(←クリックすると図2へ)
他にはコインケース、商品説明となる台紙など。
台紙には商品紹介欄とは別に何か不具合が生じた時に申し訳程度で電話番号も記載されていた。
以上。
なるほど。内部トリックを仕組むのは難しそうだ。ただ不可能ではないのかもしれない。
私は思いつきを語ることにした。
「カプセルが少ない場合思いっきりハンドルを廻すとそれだけのスピードがでるだろ。つまり―スピンする。位置エネルギーが運動エネルギーに置き換えられる」
「つまり物理トリックだと? 詳しく教えてくれ」
Bがそう答えたので私は話を進めることにした。
「中のカタログ……つまりこの薄っぺらい紙が少しでも製造時点や搬入過程で折れ目がついてしまった場合と併せてだけど、カタログ紙が鋭利な刃物と化して人形の首を切ったのでは」
一拍の間をおいて
「いや、それは無理がないか」とAは難色を示した。
BやCも同じようだ。
「面白い推理だとは思うぜ。ただバカミスじゃねーか。前提条件も多い」
①:カタログが折れていること
②:カプセルの個数が極めて少ないこと
加えて
③:ハンドルを思い切りよく廻すプレイヤーの技術介入
が問題なのだという。冷静に考えてみたら紙が自由にカプセル内で独自の動きをしてるのも可笑しい話しだ。頬が火照ってきた。
「あと一つそれだけでは残り一重の壁が突破できない気もするんだけれど」Bが呟く。
まだあるのか。うんざりしながら
「なんだよ。その一重の壁ってのは」半ばやけくそでそう投げかけると
これだよこれ。Bは袋を摘んでみせた。
「ガシャポンのカタログは概して袋の外、つまりカプセルとの間にある。つまりは―」
そうか、いやその先はもう言わなくても分かる。
袋を切らなくては中の人形を切る事ができない。人形に届くまでにスピードが殺される。
「位置エネルギーが運動エネルギーに変化する場合には物体は多少の熱を帯びる。滝壺なんかが格好の例で滝の上流より下流の方が温度が高い。ただし、動くという事は空気抵抗も存在する。いくら鋭利であっても空気抵抗をまとった上に袋の壁を突破して人形の首を切断したとは考えにくいな。袋がなければ君の推理も成りたったかもしれない。分からないけれど。どちらにせよ答えはモニターに提示されてるかもしれない」
その一言で私は最初の事件を思い出した。
そうだった。最初の第一発見者(少年)はレバーを廻すのに苦労していた。中のカプセルも多いことを自分の目でも確認していたじゃないか。それに利用客には主婦や老人も参加していた。よほどの鬱憤でもたまっていない限りレバーを勢いよく廻すなんて芸当はまずあり得ないのだ。
Aが気まずい空気をとりなすように私を見つめ
「何も落ちこむことはない。これで一つ可能性が消えただけの事だ。間違った答えが導き出された場合はどうする? 君の好きな小説の探偵たちはどうしていた」軽く肩を叩かれた。
そうか。
「前提を変えればいいんだな」
「そういう事だ」
監視カメラの映像で業者が商材入れ替えに立ち寄っている時間帯および曜日は簡単に調べることができた。こちらの店の場合は休日を除いた水曜日と土曜日を週替えで午前9:00頃に補充が行われている。怪しい人物はいなかった。業者だけを除いて。
(ニ)
「なにをしてるんだ」
二人の目が点になっている。
「へへへ。これはどうかなと思っ……痛てててて」
Cがカプセル放出口から指を抜く。
Cが考え出しそうなことではある。
「第三者が外部からカプセルを入れ込んだ可能性を考えたってわけか。あらかじめ首を切断しておいた人形を再度袋へ入れ込み糸と針で封をする。我々大人では厳しそうだが、実行犯が細身でないとあり得ないかも」
「けれど子供でも指が入った所で三本指ていど。中のカプセルが邪魔で入れ込めない上にバネの存在が外部からも妨害機能になっている」
「それに今は真冬よ。少なくとも半袖でもないと入れ込むには服も障害になるんじゃないかしら」
Dが突っ込みをいれるとCは眉根をよせて
「それならDはどう考えてんだよ。自分の意見を言わないで人の荒ばっかり指摘しやがって」
「わかったわよ。次はわたしの番。ただ推理というよりは断片的に引っかかってる事になるけれど」
「思いつきを淡々と述べるのもいいかも。色んな視点が必要だしね」とAは先を促す。
「そうね。理由は不明だけれども、わたしは自分の直観を信じるわ。じゃあ述べさせてもらうわね」
「まず首の切断と聞いて、わたしは世界初の密室を思い出した。といっても小説なんかではなく史実だからネタバレにはならないわ。詳しくは省くけれどヘロドトスの『歴史』に書かれてあってピラミッド内部でおきた事件」
なるほど。さすが考古学博士らしいアプローチだ。Dは建物が墓標に見えるとよく言う。ガシャポン台も彼女にとっては一種のピラミッドなのかもしれない。最古パス推理。
「その事件の場合では秘密の通路が用意されているんだけれど」
「それが今回にも当てはまるってのか? ああ?」
「話の腰を折らないでよ。思いつきだと言ってるじゃない」
口を尖らせる。
「次は、そうね。このガシャポンの屋根が切妻屋根になってること。これだと空気の流れが異なり語り手さんの説:重力説は軽減される。クフ王のピラミッド『重力軽減の間』と同じ作用よ」
考古学の視点は斬新だが死人にむち打ちな推論をこのタイミングで持ちださなくてもいいではないか。
私は少しむっとなった。気にした様子もなくDは続ける。
「その次に思いついたのは遺物の損壊程度から年代を序列する古典的な考古学の方法。炭素年代測定以前の方法ね。とりあえずもう一度映像を観たいわ」
Aがそれを受けてモニターを操作する。
「もちろん年代を調べようってわけじゃない。引っかかったのは損壊箇所で」要は切り口のことらしい。
粗い画像に目を細めながら皆、画面に食い入る。
切断面は横一直線ではなく、わずかばかり弧を描いた軌道だった。
「ひぃぃ」Dが急に奇声をあげた。見ると汗が伝っている。
「おい、どうした」Cが肩に手を置こうとするとそれを振りはらい
「ヤバイ……ヤバいわ。これ以上は」
そう言い残し急いで帰っていく。
足どりは北東へと向いていた。
「なんだあいつ。気でもふれたんじゃねえのか」
「私たちを怖がらせる演技じゃないのか? ほら前もあっただろ? あの時はファラオの呪いにかかってたとか言ってたっけ」
「とりあえず心配だからDの携帯にかけてくるよ」
Bが苦笑いを浮かべながら西にある公衆電話へと向かう。
追従笑いを浮かべたAはそれが合図だというように
「一旦休憩しようか? 不味いお茶なら差し入れるぞ」推理の中断を提案した。
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