ぼくとゾンビ

 ゾンビって知ってるよね? 甦った死者のこと。うん、ブームだよね。きみも飼っているの? 血統書つき?

 ぼくの飼っているゾンビは、光があまり好きじゃないから、夜更けに散歩していたんだ。ぼくも朝に弱い、夜型人間だからね。散歩は苦じゃない。月の綺麗な夜は特にね。

 でも、驚いたよ。深夜の公園が、ゾンビバトルの盛んなホットスポットだったなんて。色んな飼い主が集まって、各々のゾンビを闘わせているんだ。けっこうすさまじい光景だったよ。耳とか指とか食いちぎったりね。もちろん、ちゃんと片づけるよ。その辺のマナーはしっかりしているんだ。ぼくも参加料を払って、何度か対戦してみたよ。ぼくのゾンビは大男で、腕っぷしも強そうだから、試してみたくなったんだ。

 結果は満足いくものだったよ。並み居る強豪ゾンビをぶちのめしたんだ。死者随一の怪力ブルドーザー、なんて呼ばれていたこけおどしのゾンビをやっつけたときは、飼い主のぼくも鼻が高かった。ぼくのゾンビはあまりに冷血で淡々とした戦闘スタイルから、殺戮マシンなんてあだ名を頂戴した。まあ、似合っているんじゃないかな。通りがかりに場を荒らすのは楽しかったよ。予定外の餌を食べちゃうのは、困りものでもあったけど。ぼくはそれほど神経質じゃない。ときには羽目を外すことだって大事さ。過度な摂生は死体に毒だよ。

 そんなふうに軽い運動も済ませて、ぼくとゾンビは散歩を続けるんだ。街灯と自販機とコンビニの輝きが、夜を冷たく温めている。心地いい暗闇の息吹に晒されて、ぼくもゾンビもご機嫌だった。

 でもね、やっぱり目立つよ、捨てゾンビ。この界隈も汚れてきた。夜の住宅街を歩いているとね、徘徊してるんだ、飼い主のいない孤独なゾンビが。寝静まった家の門前に寄りかかって、うーうー呻いていたりする。もちろんだれも入れてくれはしない。捨てられたゾンビには、暖かい寝床も豪勢な食事も無縁なんだよね。見放されてるんだよ、神様からも。保健所が回収して処分してくれるけど、それでも間に合わない。身近な社会問題ってやつだよね。クリーンな街づくりという理念は、放置されたゾンビによって常に危機的状況にあるって、市長もこないだ放送で言っていた。

 きみにだけ言うけどさ、ぼく、街を汚すゾンビがけっこう好きなんだ。秘密だよ? こんなこと言っていると、汚染された売国奴って呼ばれちゃうからね。死者の国にこの世を明け渡すのかってさ。ゾンビに必要なのは程よい管理と躾と間引き。それ以外は余分なんだって。でもさ、ぼくもきみもいつか死ぬわけだし。ぼくのゾンビも今朝方いなくなっちゃったし。ひとりの散歩は味気ないし。生きているうちに死体に親しむのも、悪くないと思うんだよね。それが天命ってやつじゃないかな。ゾンビに囲まれた地の塩たちの。

 こんな夜更けに、気の合う仲間と出会えて楽しかったよ。密告しないでね、ぼくのこと。

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