蟻文字たち

 私、黒いです。ありだからです。そういうことです。

 いま、これを読んでいるあなたは、黒い文字の並びを見ていると思います。それが私です。私たちです。そういうことです。

 赤い蟻や青い蟻もいますけど、全体の割合からみれば、希少種みたいです。少数派みたいです。でもそこに優劣はありません。色に違いはあれど、蟻です。文字です。いのちです。そういうことです。

 蟻とはなんでしょう。昆虫ですね。本にもそう書いてあります。文字によって書かれています。私たちによって書かれています。

 文字とはなんでしょう。昆虫ですね。本にはそう書いていません。文字によって書かれていません。私たちによって書かれていません。

 私たち、蟻で文字です。蟻文字です。そういうことです。いま、初めて書きました。初告白です。初激白です。そういうことです。

 あなたが文字を読んでいるとき、私たちは整然と並んでいます。陣形を組んでいます。ポーズをとっています。必死でメッセージを仲介しています。あなたになにかを伝えるために。

 あなたが文字から目を離すと、私たち、伸びをします。身体をほぐします。陣形を崩します。ほっと一息つくわけです。そのときは、文字じゃなくて、黒いぐにゃぐにゃの集まりになっています。思い思いにくっちゃべっています。知ってましたか? あなた、ここまで読むのに、何回まばたきしましたか? 私たちの動き、見えましたか? 見えなかったでしょう? 私たち、素早いですから。時間の流れが、あなたと違うんです。ゾウとネズミは、時間の流れ方が違うっていいますよね。読者と蟻文字も、時間の流れ方、ずいぶん違います。そういうことです。

 あなたが本を開くと、私たち、います。ページに並んでいます。そういう役目です。運命です。あなたが本を閉じると、私たち、いません。ページから逃げちゃいます。意外にバレません。白紙です。

 逃げてどこに行くかというと、まあ、いろいろです。他の本に潜ったり、文字じゃない蟻に交ざってみたり。そのまま蟻になっちゃう蟻文字もいます。帰化みたいなものですね。そういうことです。

 私は私ですけど、私たちです。意識、共有しちゃってます。でも、別々でもあります。そういうことです。

 あなた、どうです? あなた、あなたですか? それともあなたたちですか? 意識、共有しちゃってますか? それともひとりきりですか? われ思う、故にわれありですか? あなたとあなたたち、なにかメッセージ伝えてますか? だれかに読まれていますか? 顔もわからない読者に。あなた、文字ですか? あなた、言葉ですか?

 まあいいや。少なくともあなた、蟻じゃないですよね? そういうことです。





 この空白、見えますか? なんかやたらと行間が空いてるな、とか思いましたか? ここ、よく見てください。蟻、いるんですよ、実は。白い蟻です。余白にも蟻文字、隠れているんです。そういうことです。まあでも、見ている媒体によっては、色、変わってるかもしれませんね。空白、白いですか? 私、黒いですか? あなたの眼には、何色に映ってますか? 自分では黒だと思ってるんですけど。あなたは、自分の色とかわかってますか? 認識がずれたりしていませんか? 勝手に決めつけられたりしていませんか? 勝手に決めつけたりしていませんか?

 まあいいや。私、さっきから意味のあること、なにも言ってません。自由にのたくってるだけです。そういうことです。

 でも、私、蟻文字に生まれたわけです。なにかを伝えるために生きてるわけです。読者のあなたに。なんでもないようななにかを伝えるのが、私たちなんです。意味がなくても、意味があるわけです。それって、そんなに悪いことじゃないと思いませんか? 意味、わかりますか? そういうことです。

 私たち、蟻で文字で、意味で言葉で、黒で白で、いのちです。そういうことです。

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