直観探偵ソクラテス(対話篇)
「プロメテウスを殺したのは、あなたです、パンドラさん!」
「それは真実なのですか、ソクラテス先生?」
「ゼウスの名にかけて、もちろんだよ、プラトンくん!」
「そ、そんな……。殺したのは私ではありません! なんの根拠があって、そんな決めつけを?」
「根拠、それこそわが直観ですよ、パンドラさん!
「寝惚けた当てずっぽうで犯人呼ばわりしないでください! プロメテウスさんは閉じた
「これは痛いところを突かれましたね、ソクラテス先生」
「ゼウスの名にかけて
「全部あなたの臆測じゃないですか!」
「私こそが洞窟を逃れた唯一の者だ! 目撃者はみな言う! だれにも殺すことは出来なかったと! しかし、それは眼の節穴な小鹿たちの無知蒙昧な戯言! 彼らは洞窟の中で手足を縛られて、真実の影を眺めているにすぎない! イデアを見つめるのは常にソクラテス、直観を授かった無知の知を誇る狩人、ゼウスに愛されし探偵ソクラテス、それはまさしく私のことだ! 私の歯の垣のあいだから翼のような真実が漏れ出る! 頭脳がイデアに震えてる! 犯人はあなただ、パンドラさん!」
「草」
「なんだって、プラトンくん?」
「草ですわ、草。それはさすがに草ですわ、ソクラテス先生。草生え散らかしますわ」
「ガイアが生い茂っているというのかね? 私の推理にまだ欠けた要素があるということか……」
「そのとおりです、ソクラテス先生」
「一体なにが……。クソ、直観が降りてこない! イデアが脳裏に閃かない! たくましいゼウスが私を見捨てたとでもいうのか! なんという真っ暗な絶望だ! こんなときはフルートを吹こう! プラトンくん、わが愛器をここに!」
「すでに用意しております、ソクラテス先生」
「早くよこせ! おお、ゼウス! 私に真実をお恵みください! ――――――♪」
「落ち着きましたか、ソクラテス先生」
「音楽はやはり最高の福音だ……。フルートの美しい調べが私の
「だから最初からそう言っているでしょう!」
「どういうことですか、ソクラテス先生」
「プロメテウス! いいかげん、そのみっともない死体のふりをやめろ! イデアの輝きを見つめる私の眼はごまかせんぞ!」
「…………いやあ、すまんすまん、まさかこんなにバレないものだとは思わなくて」
「プロメテウス、生きとったんかワレ」
「久しぶりだね、プラトン。相変わらず名探偵の太鼓持ちかい? きみも酔狂なことだね」
「だれも殺されてなどいなかった! 密室は破られてなどいなかった! プロメテウスの狂言だった! パンドラさん! あなたは匣を開けてなどいなかったのです! これこそが希望だ! あなたの罪は救われました! このイデアなる真実を祝し、慈悲深いゼウスを一緒に讃えましょう!」
「……いいえ、私が讃えるのはゼウスではありません」
「なんですと?」
「ソクラテスさん、あなたです! 私を救ってくれたのはあなたなのです! 私の無実を証明してくれてありがとう! あなたの類い稀なる知恵が、大地にあまねく
「パンドラさん、あなたの祝福、たしかに受け取った!」
「ソクラテス、ばんざーい」
「名探偵、ばんざーい」
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