第8話 裸の革命家

「陛下、そろそろですよ。それに夜も明けてきました!」

 ひっそり閑とした森林奥深くで、ユニティは明かりにほっと火を灯すように僕に耳打ちした。

 しかし、僕は場にそぐわない困った表情で、

「ユニティ、私は陛下ではないし、ましてやイシュメール、――などでもない。私の名はにすると約束したろう?」 

 ヴォルフ、それは僕がユニティに告げた自身の偽名であり、僕が元の世界のネットで使っていたニックネームだ。

「はわわわわ、そうでした……。ヴォルフ、古風な響きで雅やかですね」

 ユニティは両の頬に手を当てながら言った。

「いいか、君が私のことをヴォルフ以外の呼称で話しかけても絶対に私は反応しないからな」

 ユニティは朗らかな表情で、 

「はい、分かりました」

 やれやれ、呼称にすら命がかかっているというのになんと能天気なドジっ͡娘秘書だろうか……。

 しかし、僕はそう思いつつユニティに温かい目をやるのだ。

 


 ユニティの強い希望により共に反革命を起こすべくイリオス連邦共和国に向かい始めたのは、実にあの日から5日も経ってのことだった。これは、反革命を起こす情報を周りに漏らしたくないので側近らには連邦共和国の視察に行くだけだと説得し、数ヶ月は下宿であれば生活できるであろう金額を国庫から無理にひねり出し、連邦共和国に不法入国するためのルートを探し出すために必要な期間だ。また、僕は魔皇であることを隠すために偽名を使い、軽量で丈夫な甲冑と純白のマントを身にまとった。かねてより『DARK SOULS』や『Bloodborne』を嗜んでいた僕はそれらにある種の憧れを抱いていたので着用したときには感動を覚え、その直後に甲冑の現実に泣いたのだ。

 僕はフルプレートアーマーという全身装備を選んだため、甲冑内はとても暑い。この装備で南国地帯にいった暁には卒倒しそうだ。しかも、動きがとても制限される。慣れてないだけ、と職人には言われたものの、他人の身体を操作している僕にとってはそれがより一層なのである。

 しかし、安全のために部分的な装備と深緑のローブに身を包んだユニティはどこか興奮したよう様子でそわそわしていた。



 とにかく、そういうわけで現在は御者が引く馬車がもうじき連邦共和国に到着するといった頃合いなのだ……などと思っていたら、

「おっと」

 不意に馬車の動きが止まった。そして運転席の方から、

「ヴォルフさん、つきやしたよ」

 僕は馬車の窓から外を除く。すると、そこには予想通りの廃墟郡が早朝のまどろみと共に立ち並び、天から微かに差し掛かる光が神秘性を醸し出していた。

「そうか。では、ユニティ下車しよう」

 僕は通貨を詰めた革袋を手に取り、馬車の荷台から地面に降り立つ。それに続きユニティも荷台から降りる。

「御者、三時間半もご苦労。君が帝国に帰国すれば、私の使いが報酬を君に支払うことになっている」

「いえいえ、こちらこそ光栄な仕事でしたよ。それではお気を付けて、ハインツ・オゥルゲン」

 御者が左手を挙げ、僕は右手を挙げることでそれに応える。そして、馬車は僕達の元から去っていく。

「よし、行こう。あそこは首都の名残だ。激戦区であってもそれなりに人はいるだろう」

 僕は芝居がかった仕草で街を指差した。何を隠そう、この時の僕は随分とノリに乗っているのである。甲冑を身にまとった秘密の魔皇が忠臣たる獣少女と共に失われた土地を取り戻すため反革命を起こす。他人事であれば、どれほどロマンチックなことだろう。いやぁ、やっと自分の物語ストーリーが手に入ったような気がする。この反革命は魔皇という地位の外側で、僕が自分の意思によって――、

「はい、へい……ヴォルフへい、閣下! 閣下! ヴォルフ閣下!」

「…………」

 ユニティに悪気はないのだ。



 さて、その後僕たちは近くの下宿の主人と週毎契約を交わし、通貨が詰まった革袋を万が一に備えて部屋のタンスの下に隠すと、これからの指針について話し合い始めた。あっ、勿論部屋は別々だ。

「どうしますか? ヴォルフ閣下?」

 やっぱり、閣下なんですね……。

「一応、指針があるにはある」

「それは一体どのような?」

「元々、ある反革命組織を探し出してその組織の仲間になる。これが一番早いのではないだろうか」

 ユニティは途端に顔を曇らせ、

「……それはやめた方がいいのでは無いでしょうか。そういった組織が表立って活動しているかはわかりませんし、なにより完成された組織であるとヴォルフ閣下が指導者の地位に立てないのでは?」

 僕はそんな地位は欲していないし能力不足だと思うんだけどなぁ。しかも、ユニティはもっと大きなある勘違いをしているかもしれない。良心が痛むが彼女のためだ。ここははっきりと言おう。

 僕は腹に力をこめると、

「いいか、ユニティ。イシュメールと――を混同するなとはとても言えないが、少なくともイシュメールとヴォルフの混同はやめてもらいたいのだ。それをしていると、いつか君は何か重大な間違いを犯してしまうかもしれない。それもイシュメールへの忠誠あまりにだ」

 ユニティは肩をすくめると、

「はっ……、申し訳ございません。たしかに私の心の中にそういった節の感情があったかもしれません」

「ありがとう、君にとっては辛いかもしれんが仕様がないことなのだ。それに私だって君の期待を損なわないように注意を払う」

「……ありがとうございます」

 ユニティはぺこりと頭を下げる。

 やれやれ、やっぱり複雑だよ。こんなに可愛らしい少女ユニティ、ランプやボルマンその他諸々の忠臣、そしてファルケンハインやラインハルト、シュライヒャー等々の賢人の全てが魔皇イシュメール・ブランデンの身体のおかげで僕の部下となっているなんて……ね。思えば、それも反革命を起こす理由の一つだった――、


「ただ、――さんの為に一つ申し上げるとすると、誰かが完全に他人になりきるというのには無理があります。擬態はできても同化は不可能、そしてそれに固執すぎると何者でもなくなってしまいます」


 僕は釈迦に説法を説かれたような気持になり、

「分かった、しっかりと覚えておく。それでは、外に出ようか」

 すると、ユニティが慌てて口に手を当て、

「そ、それとこれは話が違うのです……」

「あっ……」

 思わず、僕も慌てて口に手を当てる。そして、


「「あははははっ」」


 初めて共に笑った。



 何はともあれ、一先ず僕たちは外で反革命組織を探すことになった。市街では既に日が昇り、多くの異形らが汗癖と復興作業を行う中、それらを監視するように憲兵隊が辺りを往来している。そして、3軒に1軒の割合ほどで、赤色と黒色の八方位を背景に茨と剣が中心に描かれた大イリオス帝国の国旗を掲げており、密かにイシュメールへの賛美を口にする者が多くいた。勿論、この国旗は憲兵隊にすぐさま撤去され、抵抗しようとするならば憲兵隊に逮捕されるのだが、僕はこれにささやかな安心感と底知れぬ恐ろしさを感じた。

 何故か、それは帝国への忠誠心を持つ者がこれほど多いのであれば反革命組織も存外早くに見つかるんじゃないかと思ったからであり、また首都をこれほどボロボロににされた上祖国との繋がりを引き裂かれることになった戦争を起こした張本人を恨むどころか賛美しているからだ。

 まぁ、ファウスト博士だってメフィストフェレスという悪魔に魂を売ったじゃないか。そういった特性がイシュメールにもあるんだろう。


 僕たちは様々なところを歩き回った。少なくない数の軍人が通りを闊歩しているとはいえ、僕たちの格好は酷く目立ち、好奇の目にさらされた。ユニティはそうでもないが僕はそれが恥ずかしく、早歩きで市街を回るものだから時間がたつにつれ息があがっていく。そうして、庁舎、市場、下宿、風呂屋、教会、墓地、図書館、学校、広場、川沿い、鉄道、等々と渡り歩いていき、次第に日が沈んでいくのだが、依然として反革命組織らしきものは見つからない。しかし、それらは少年が秘密基地を河川で探し出すような魅力を持った冒険でもあったことを述べておく。

 やはり、ユニティの意見が正しく僕が組織を立ち上げるしかないのかなぁ。それはちょっとねぇ、世間は許してくrえゃすぇんよ。だって、反革命組織もといレジスタンス組織の運営方法なんて『コードギアス』でしか知らないからさ。果たして「馬鹿でもわかる反革命組織製作教本!!」なんてものはあるのだろうか。

 

 すると、地平線と太陽が交わり、僕らが人通りの少ない路地を歩いていた時、

「うん?」

 僕の手にひらひらと一枚の紙が舞いおりてきた。そして、僕はそれをつかむと不思議なことに運命的な何かを感じ取り、ユニティにもそれを見せながら、

「ユニティ、これを口に出して読んでくれないか」

 僕はまだ字が読めないのだ。

「はわぁ、分かりました。え、えーと、大イリオス帝国と魔皇イシュメール・ブランデン陛下に忠誠を誓う諸君。我々は諸君らに三つの問いを投げかける。一つ、諸君らはイリオス連邦共和国を率いるエーベルト侯爵らを魔皇イシュメール・ブランデン陛下に対する不忠の象徴だと考えるか? 二つ、諸君らは先の大戦において果敢に戦闘を行い、勝利が己の中での揺るぎない信念の一つであったか? 三つ、諸君らはイリオス連邦共和国の破壊の為にありとあらゆる抵抗を行う覚悟を持ち合わせているか? 上記の全てにYESと答えられるのであれば、我々に付き従いたまえ。ハインツ・オゥルゲン……、そして、地図が書いてあります。ところで、これ全部手書きですし、もしかしてこの通りに散らばっているのも全部……」

 ユニティが通りを指さしながらそう言った。僕は少しそれに引きつつ、瞬時に顔に笑みを含ませると、

「しかし、いいぞ! 一日もかけて探し出した甲斐があった。彼らがどれほどの規模なのかは知らないが私はこれに運命を感じた! 日は暮れつつあるが早速この地図に従ってそこに向かってみよう」

「なるほどです。それに、この文面から察するとよほどの愛国者がいるのだとも思います!」

 僕らはそう意見が合い、土地勘のあるユニティに従って移動を開始する。しかし、とても大胆だが憲兵隊に差し押さえられたりしないのだろうか?



 僕はユニティに身を委ね、言われるがままに足を運ぶが、その道中でユニティがあることに気が付いた。

「ヴォルフ閣下、もしかして私たちは戦時中にあった軍人用の地下通路に向かっているのかもしれません」

 大本営も地下にあったぐらいだからなぁ。

「しかもかなりの極秘のだと思います。きっと、これでは地図があっても普通の人ではたどり着けません」

 おやおや、反革命組織さん地図を書いた労力が……。

「どうして、ユニティはそこを知っているのだ?」

 僕は素朴な疑問を尋ねた。

「……陛下のお言葉は大抵全部おぼえてますから」

 ユニティは謙遜しながら答えた。ユニティ、今という特殊な状況ならその特技が役立っているけど、普通、世間ではそれを骨折り損のくたびれ儲けって言うんですよ。

「あ、ありました! 恐らく、あの扉の先がそうです」

 それは川が通っていたであろう場所にぽっかりと穴が空いた箇所だった。そして、僕らはそこにざざざっと斜面を滑り落ちると、扉の前に二人で立った。

 僕らが探し求めていたものがそこにあるとはいえ、こうなるとやや緊張してくるのである。世紀末でバイクを乗り回しているような集団だったらどうしようか。僕に猛獣の檻に放り込まれた経験なんてないぞ……。

「この先に……。果たして鬼が出るか蛇が出るか」

 僕は固唾を飲み、ぐっと拳をドアノブにあて、ドアノブをくるりと回し、一呼吸する。そして――、

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