異世界転移――そして絶望

ゴシック

プロローグ

第1話 始まりから終わってる

 自分と他人をどうしても比べてしまう。だって、自分という存在がこの世界で唯一のものだと確認する術がそれくらいしかないからね。

 そして、実際にそれをしてみると、毎回、自分という存在はちっぽけなもんだなと感じてしまい、他人と自分の境界線が崩れ、生の実感が弱る。


 しかし、僕にだって思いっきりせいを感じていたころがないわけじゃない。


 中学生の頃はラノベに描かれていた活気のある高校生活に憧れ、高校生の頃は先輩たちから聞かされたキャンバスライフに胸を躍らせ、大学生の頃は自由の身となれる社会人を渇望していた。


 まぁ、社会人になってからは夢を見るのをやめたけど。


 それはともかく、僕はこういった自分の人生が心底嫌いだ。どうにかして、自分だけの物語ストーリーが欲しい、たとえ、それがハッピーエンドだろうが、バッドエンドだろうが。

 と偉そうなことを言うけれども、それは結局「欲しい」という段階で止まっており、自分だけの物語ストーリーを手に入れるために何をすれば良いのかわからないし、なによりもそれをするだけの勇気が僕にはない。


 なので、僕は24時間365日をなんとな~く

 ――うん、もう一度言おっか。んだ。つまり、上述したような日々を今現在送っているわけじゃない。


 なんでそうなったのかは分からない。ただ、契機となったことは、美しい月明かりの下で僕の身に起きただ。


 



「陛下! 陛下!」

 会社からいつもと変わらない時間で、いつもと変わらない道を、帰っていたはずの僕にどこからかそういう声が聞こえてきた。うっすらとしか聞き取れなかったけど、僕に向かって言われた気がする。

 しかし朦朧とした意識と妙に気だるく重たい体では、自分の状況について深く考えることができるわけもなく、無為かつ目覚まし時計で目を覚ますときのように僕は目を開ける。


「…………!!」


 直後、僕の目に「幻であって欲しいと思えるもの」が飛び込んできた……が、それは正に刹那の出来事でしかなく、具体的にどんなものかは分からなかった。なんたって、しっかりと姿を確認する前に、僕の生存本能が目を閉じることを全力で推奨してきたからだ。


 ちょ、ちょ、おいおい。待って待って。今僕は何を見た? 何か強烈なものを見たような気がするけど……。いや、それよりも、僕は何処にいる? 何故、座っている? あぁっ、このままじゃ疑問の交通渋滞を起こす!

 

 くっ、とりあえず、解決できそうな疑問を解決しよう。僕はこの考えに基づいて、自分のはっきりとした意思で再び目を開ける。

 ばっ! という擬態語のテロップを『ジョジョ』のように映してもいいくらいの勢いで開いた僕の目に、今度は「幻であって欲しいと思えるもの」がしっかりとした姿で映った。


「…………⁈」

 

 ……まず、僕の反応について語ろう。僕は咄嗟に両目を見開いた。なにしろ、本気で驚愕としか言えない光景だったからだ。恐らく、僕の表情はムンクの『叫び』とタメを張れるレベルだと思う。おーい、誰かチャイコフスキーの『白鳥の湖 情景』を流してください。

 

 では、僕の目に映ったものは何だったろうか。気になるでしょ。それはね、すごく端的に言うと、だった。そう、異形という言葉しか当てはまらないような生き物がそこに数体立っていたんだ。


 アレー、ナニコレー、なんてふざけてる場合じゃない! 一体これはなに? まるでファンタジーの世界から連れてきたような……違う、僕がファンタジーの世界に来たのだろう。いやいや、そんなのはどっちだっていい! 僕はどうしちゃ――、


「陛下! 私の話を聞いていますか!」

「は、はいっ!」


 突然の不意打ちに僕は反射的に声を上げ、立ち上がった。しかも、そんな僕に周りの異形らは驚嘆の視線を飛ばしてくる。

 そして、僕に声を掛けた鐘の顔をもつ異形は顎を引きながら、


「はっ……、申し訳ございません」


 『メタルギアソリッド』では敵が主人公を発見したとき敵の頭上に感嘆符(!)が浮かぶけど、今の僕の頭上には疑問符(?)が浮かんでること間違いなしだ。

 まっ、とりあえず椅子に座り直そう。


 うーんとね、僕が陛下? ないない、ありえないの二乗、どんな間違いだよ、それは。こんなこと言いたくないけど、僕はただのサラリーマンさ……と言っても、僕が摩訶不思議な事態に巻き込まれるていることも確かな事実だ。

 なら、やるべききことといったら状況確認かな。


 僕は今自分がいる部屋を見回した。

 僕がいる部屋は綺麗な装飾が付いているが、この8人(?)の異形が入っているので狭く感じる。それに加えて、何度か補修したような跡があるが、それらを差し引いても、国の偉い人の書斎のような雰囲気がここには漂っている。……まさか僕の書斎? なぁんてね。

 あともう一つ。もう取り上げ済みだけど、この、僕の目の前に並ぶ、軍服らしきものを着ていて、ゲームのキャラクターのようで、圧倒的な威圧感を持つ。さて、これはどう説明したらいいのかな。グーグル先生よ、教えてくれ。


 そんなところまで脳内会議を繰り広げていた僕は、ふいに視線を僕の身体に移すって、なんだよこれは!!

 僕は純白の軍服とマントを身に着けているうえ、それを身に着けている肝心の僕の身体はドイツ人のようながっしりとした体格になっていた。

 そこで僕の脳内会議場にある新しい考えが浮かぶ。


 いやいや、良くない。そんなことがあってたまるか。この身体が僕の知っているものじゃないというと、それは僕の精神だけがこの世界に来ているということであり、「陛下」という呼称は恐らく本当のことだと考えれてしまう!

 ファッ⁈ まさか、僕の身に起こっているこの状況の正体は……。

 近年のラノベ界隈のみならずアニメ、漫画、映画、ゲーム界隈までもを盛り上げているあの……。


 ポトリ、と僕は額から汗をこぼす。


 い、いっ、いせっ、異世界転……移、か? ね、ねぇ、教えてよ、どうなんだよ! これが答えな――、


「陛下、」

「はいっ、なんでしょうか!」

 僕の沈黙を不思議に思ったのか、またしても口を開いたのは鐘の異形だ。もっとも、口はないけどね。

「話を続けてもよろしいですか?」

 何の話か知らないよ! なんてツッコミを入れるような余裕や度胸もなく、

「ど、どうぞどうぞ、もういくらでもご自由に!」

 けれども、僕のこの態度に周りの異形は目をみはるばかりだ。ちなみに、その理由は予想できなくはないけど、今のところは予想できないことにしておこう。


「……いいでしょうか。それでは、ヴェルナーの第六軍に敵への反撃能力は無く、グアプラからここの包囲を解くことはできません。さらに、ネンベロ湖で指揮を取っているシュレーゼマンに三日前に送った連絡では、第四軍と第八軍の双方はその大半を包囲されており、軍隊を抽出してここの包囲の解除に向かわせることは不可能と」

 鐘の異形は僕の(?)机に置かれた戦争映画で目にするような地図に指を指しながら言った。


 当然のことながら、僕にはこいつが説明していることの意味が全く理解できない。さらに、現在僕の頭で繰り広げられている脳内会議は、今の状況が夢であるか否かでにぎわっているため、余計に理解が困難だ。

 しかし、無意識に気になったことが一つあったのでそれを質問する。


「ここって……どこですか?」


 僕がそう質問をすると、その異形はぽかんとした表情を作った。もっとも、顔はないけど。

 また、周りの異形はお互いに顔を見合わせ、とても気まずそうな空気感を放った。


 さすがにこれには意識を異形達に向けざるをえなかった。そして、僕がおどろおどろしく撤回しようとすると、

「今更何を……。ここは大イリオス帝国の首都シュタインベルクではないですか」

 先手を打たれた。


 とほほ……。うん、まぁ、仕方ない。それよりも、ここは大イリオス帝国? の首都だったのか。へえー、首都が包囲か。それに軍隊、将軍というワード……。


 ポトリ、とまたしても僕は額から汗をこぼす。


 「はっ……!」

 僕がある考えを閃くためにリンゴが落ちる必要はなかった。


 「陛下」という呼称が僕に使われているということは、僕はこの大イリオス帝国の王の身体に異世界転移したんだろう。というか、そうと仮定する。そしてだ、あの鐘の異形の説明。

 もしや、僕が異世界転移した国は、戦争か何かによって国の首都が包囲されてるんじゃ……。

 

 と僕が最悪なケースを想像しているとき、

「陛下、」

 その新しい声に僕は思考を中断され、僕はその声の持ち主に目を向けた。

 声の持ち主の頭には『ソロモン72柱』の悪魔のような立派な角が付いており、その角の異形は歯切れ悪く、

「一昨日に相談された空路での首都脱出計画ですが、恐らく不可能です。我が国東方の制空権は既にハーデス連邦軍に掌握されているので、竜騎兵、竜騎砲兵や空挺竜騎兵はおろか物資補給用の輸送竜騎兵すら出動させれません。そのような中、無理に脱出すればたちまち撃墜されるかと……」

 そう言って角の異形は視線を下げた。

 まったく、ポンポンと新しい情報を増やさないでよ。


「陸路があるだろう」

 これは別の異形の声だ。爬虫類の顔をしている。

「私達を包囲している軍の師団数は20倍だ! さらに陛下の国民皆兵計画が発動して以来、奴らは首都に住んでいる国民すらも一人一人殺しながら前進している。そこを陛下がすり抜けれるわけがないだろう!」

 角の異形ではなく鐘の異形が声を上げた。すると、爬虫類の異形は額に手を添え、

「やれやれ、愛国心の欠如は敗北主義の温床だな、ファルケンハイン」

 なるほど、鐘の異形の名前はファルケンハインっていうんだ、などと僕が気楽に状況を見ていたら、

 その言葉はファルケンハインの逆鱗に触れたようで、彼は一瞬にして拳を握りしめ、それを爬虫類の異形に振るわんかという勢いで詰め寄った。

「黙れ! 私は国に忠を尽くしている! 私は愛国者パトリオットだ」

 そうしてファルケンハインは元の位置に引き下がった。

 当たりの空気感はどんと落ち込み、僕はキューバ危機の当事者のような気持ちで固唾を飲んでいた。そして、ファルケンハインと爬虫類の異形の顔を見比べる。

 前者はこれでも怒りを堪えているようで、後者はあまり気にしてないようだ。


 そんな中、と言っても、しばらくの間沈黙が続いた後で、

「陛下、この首都では食糧など数えるほどしかありませんし、貯蔵中のありとあらゆる武具や魔具は修復不可能です。残りの武器は……農具くらいでしょうか。それに加えて、もはやこの首都の治安維持は困難です」

 角の異形が言った。そこに、爬虫類の異形が怒りを込めた声で、

「グライム?」

しかし、角の異形――グライムは爬虫類の異形の反駁を無視して僕に言う。

「陛下、ここで我々にできることは一体何ですか?」

 

 正直言って僕には彼らの言葉がまだ上手く飲み込めない。しかし、僕の純粋な言葉を発言しよう。それは今の状況が夢か現実かしっかりと判断がつかないところからくる、ある意味、無責任な言葉だけど、僕の本心から出るものだから聞いてほしい。


「なんだろう、もう降伏したら?」


 これに、周りの異形たちの表情は皆ムンクの『叫び』となった。



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