第10話 してくれとひねくれ

「……は?」



 俺の耳がおかしくなったのだろうか。

 さっきコイツは、暁紫音は『弟子になりたい』と言わなかったか? 疑問符だけが脳裏で増えていくのを知ってか知らずか、暁は淡々と話す。


「は? ではない。私は信楽、お前の弟子に……その短剣術を教授してもらいたいのだ」


 暁は真剣な表情で言う。

 しかしそれでも、俺には暁の言葉の意味こそわかるが、意図がわからない。それに信用できない。

 俺の短剣への適性はAだ。それに対して暁の短剣への適性は最高ランクのSSSだとわかっている。

 そんな大層な適性を持っている暁が、俺なんかに剣を教えろと言うか? ……いやそもそも『暗殺者』が俺のような剣を習う必要があるか?

 もしも理由があるのなら……駄目だな。俺にはわからん。

 そもそも今回の勝負、俺は負けたんだぞ? それに俺のスタイルと暁のスタイルでは異なる所は多くある。

 やはり基本的に『暗殺者』は一撃必殺らしい。聞いた話では初見殺しが普通であり、俺の戦い方とは全く異なる。それに今回、俺は暁のスタイルを見ていたのに負けたのだ。

 勝つ可能性は高かったにも関わらず、負けたのだ。


「……質問がある」

「なんだ」

「お前は『暗殺者』だったよな。それが何故、俺のような素人に教えを乞うんだよ」


 俺の戦闘スタイルはヒットアンドアウェイ……つまりは攻撃しては離れ攻撃しては離れを繰り返し、ちまちまと削るスタイル。それに対し暁は一撃必殺を狙うスタイル。その小柄な体躯を生かし懐に入り一撃で倒すことに重点を置いている、と言えばいいか。

 つまるところ俺のスタイルは真逆と言えるほど異なるため暁が覚えても意味がない。

 なら、俺に教えられることはない。


「……私はこの国を信用していない」


 途端、神妙な顔つきで暁が本心を口にし始める……急すぎんだろ。俺はどういう気持ちで聞けばいいんだよ。驚愕すればいいのか?


「そもそも私は『暗殺者』ではない。

 本当は『創造士/暗殺者』という職業だ」


 暁はそれが事実であることを証明するため、俺に『ステータスブック』の一頁を見せてきた。

 その表情は、どこか苦虫を噛み潰したよう。


「私は殺す事と物質を創造することの出来る職……つまり、あんまり模擬戦は得意ではないのだ」

「それが何で国を信用していない理由に繋がるる」

「……私は、私という人間はとても臆病だ。狙うなら相手の隙か漁夫の利か……私ほど正々堂々という言葉が似合わない者もそうそういないだろう。

 それにスキルのお陰で人の表情に……感情に敏感になったのも理由の一つではある」


 暁は自嘲するように言う。

 だから急だってのそれに……はぁ。偏った思考だな。


「それはお前が臆病だからじゃないだろ。

 お前はそれが得意なだけだ。それに特化していると言ってもいい。

 そもそも正々堂々なんて騎士でも武士でもねえ俺達に似合わなくて当たり前だからな」


 俺は俺の持論を暁に説く。

 人間、得意不得意の一つや二つあるに決まっている。当然だ。全知全能なんて神にもいないのだから。

 それとも人間に全知全能がいるとでも?

 宗教的ではあるが、創世記にも記述されている。『人は神に似せられ造られた』と。ならば人間、それを生んだ神は全知全能ではないと考えるのが当然だろう。神とて万能でないのだから、人間が万能でないのは当たり前。いても器用貧乏がいいところ。

 それなのに自分で出来ないことをそこまで責めて何になるのやら。そんなことしている時間があるなら、誰かに力を貸して貰ったほうが合理的だ。


「……これは俺の持論。俺の信念だ。

 人は一人で生きてはいけない……確かにそうだかもしれない。だが最低限度の暮らしなら出来る……全ては自分自身の選択と努力次第だ。出来ると思えば出来るし、出来ないと思えば出来ない。

 人によってその考えは様々で多種多様だし、俺はお前に何も強制する気はないが……信頼できる奴は見つけとけ。別に臆病だからってのと?」

「たしかに、そうだが……だが」


 暁が胸の前で右手を強く握る。顔は強ばっており、どこか自責のような念が伺える。


「それにもう少し気楽に行こうぜ」

「──」


 暁は目を見開いていた。

 まあ、そこまで俺は喋らない方だったからだろうな。

 ここまでお喋りだと驚かれても仕方ないといえば仕方ない。もともと会話は好きなんだが……どうも人と関わるのは苦手だから、こうも饒舌になるのは家族と話している時だけとなってしまいがちなだけなのだが。


「……とにかく。俺がお前に教えられる事などない。さっさと帰れ」

「あ、ああ……だが信楽。私からも一つ、忠告だ」


 暁は俺の目をしっかりと見る。

 その瞳はどこか活気に満ち溢れており、とても眩しいものだった。

 それでこそ人間。その活力は俺達若者もとい学生の特権と、親父が言っていた。


「信楽はもう少し周囲に気を配った方がいいぞ」


 うるせえ。余計なお世話だ。

 反論対策か、暁はそれだけ言って部屋を出ていってしまう。

 俺は内心呆れながら、虚脱感に身を任せベッドに背中からダイブする。

 ……しかし、俺も偏った思考をしてる自覚はあるが……まあ考え方は人それぞれだからな。偏った考え方も、またその人の個性だ。


 ……って、開き直ってどうすんだよ俺。

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