『劣等勇者』のレッテルを貼られた錬金術師

束白心吏

第1話 人生とは波乱の連続なり

 昼休み、昼食を食べ終えてぼうっと窓の外を眺めていたら、眩い光が視界を奪われ、少しの浮遊感と共にどこか知らない場所に寝転がっていた。

 自分でも何を言っているのかわからないが、頬杖ついて自分の席に座っていた俺が寝転がっているのも事実。不思議なことに衝撃や痛みといったものはなく、起き上がり辺りを見渡すと全くしらない、絢爛豪華と表現するような装飾が施された部屋でクラスメイトと共にいた。


「遂に……遂に成功か……っ! 勇者よ! 我らの呼び声に答え、ついに顕れてくださったか!」


 ──ん? 一体なんだ?


 辺りを見渡していた俺は声の方向に顔を向ける。

 大勢のクラスメイトが壁になっておりはっきりとは見えないが、少し見たところゲームで出てくるような神官服を着た人間が数名と、絢爛なドレスを着た……親子? と、少し視線を上げると明らかに『王様』風な男がいた。


「おいおい……こりゃあ何の冗談だ?」


 誰かが呟いた。

 本当にどんな冗談だろうか。俺達はさっきまで昼休みを満喫していたはずなのに、何故こんなわからない場所にいるのだろうか。

 そういえばスマホは……っと、鞄の中だった。ポケットに入れとけば位置情報くらいわかったかもしれないと少しだけ後悔した。

 内心嘆いていると、いつの間にか喧騒は静まっていて、きらびやかな服装の男が話しはじめた。


「勇者様。そしてお付きの皆様。我々の『召喚』に応じていただき誠に、誠にありがとうございます」

「召……喚……? あ、あのすいません。一つだけ……いいですか」


 俺から見て右側から手が挙がる。近くだから誰だかわかった。同級生の光峰みつみねひじりだ。


「発言を許そう」


 うわ、その言葉すっごく王様っぽい……まあ実際に王様らしいのだが、あんまり王様だと言われてもしっくりこない。外見とかが貴族っぽいが……君主制の王様か? 関係ない話だが。


「ありがとうございます……俺達は、貴方達によって地球からこの世界に召喚された──この解釈は合っていますか?」

「無論だ」

「では帰る方法は……定まっているのですか?」


 二つほど質問したが、光峰の問いに王様はどこか申し訳なさそうな表情で言う。


「帰る方法は、今のところない。

 だがいにしえより伝わる文献によれば『魔王』を倒した暁には、勇者様方はその故郷に帰還なされたと書いてある」


 ……胡散臭さが半端な。

 そもそも『魔王』ってなんだ? そんな大層な名前で呼ばれる奴を倒して帰れるってそれ、暗に『魔王を倒してこい』と言っているのと同義じゃないか?

 例えそうだったとして、俺達に拒否権がないのは明らかなことだ。こちらとら無力な日本の高校生。そんな俺たちを摩訶不思議な力で誘拐出来る奴等の言葉に首を横に振った後の処遇なんて想像したくもない。


「勇者様方が『魔王』を討伐すれば、速やかに帰還できるのです」


 王様から少し離れた場所で待機していた神官の一人が言った。それは『勇者は異界の存在だから、この世界で役目を終えたら消えろ』と言ってるのと同義じゃないだろうか?

 そもそも戦うことすら俺らには出来ない。戦争とは無縁の国で生まれ育った俺達に何を求めているんだか……。


「そうですか……なら、俺はやりま──」

「待ちなさい!」


 光峰が承諾しきる前に、別の所から声が上がる。

 この声は知っている。顔は見えないからどこにいるかまでは正確にわからないが、担任である中村なかむら立夏りっか先生の声であることに間違いない。

 たぶん見回りしてる時に巻き込まれたのだろう。教師も大変そうだ。


「聖君。よく考えてください。貴方は今『戦争』に参戦しようとしているのですよ!?」

「で、ですが……」


 そうか、確かに『魔王』を討伐するのだ。一国の主である『王』を討つのは戦争と呼ぶに相応しいだろう。

 しかし光峰の瞳には闘志のような何かが宿っていた。

 嫌な予感がする……。


「先生、けれど俺は、彼らを救いたいんです!」

「ちょっと聖君──」

「よくぞ言った!」


 先生と光峰の言い争いに、自称王様が割って入ってくる。

 ……そんな大仰な芝居じみた台詞を言う奴、俺、初めて見たよ。


「よくぞ! よくぞ言ってくれた勇者よ! これで我々の平和への道は開かれた!」


 城の、今この場にいる全騎士の皆様が吠える。宰相と思われる奴らも拍手をしている。

 正直、ホラーだ。無力な人間を誘拐して勇者に祭り上げて、それで戦争参加の意思を表明したら歓喜って……文字にすると怖さが際立つ。

 一体、彼らは俺達に何を求めているのだろうか。本当に『魔王の討伐』とやらなのだろうか。はたまた、それ以外の……いや、今は信じてみよう。そして『疑い癖』は治した方が良いかもしれない。


■■■■


「ふぅ……暇だ……」


 あの後、さらに少し説明があってから『勇者様方も突然のことでお疲れだろう』無理矢理に部屋を割り当てられ、俺はその割り当てられた部屋でだらだらと過ごしている。

 結構、異世界のベッドも捨てたもんじゃないと思った。内装も綺麗だ。


「そういえば……異世界モノってのはステータスとか呼び出せていたよな。あるかな。ステータスオープン」


 説明でここが地球とは異なる世界と聞いたのを思い出し、アニメや書籍で見聞きしたことを連想したので実行してみたが……何もおこらなかった。

 まあそうだよな。どうにすればあんな摩訶不思議なモノが出るんだっての。ゲームかよ。

 しかし……暇潰しのネタがないのも確かなこと。こういう時に限って、眠気というのは襲ってこない。


「はぁ……結構ストレスとか溜まりそうだと思ったが……案外そうでもないのかもな」


 もしかしたら、俺も心のどこかでは『今』を楽しんでいるのかもしれない。

 だが、同時に俺は思う。


──この世界は地球よりも『死』に近い世界なのだな。


 と。

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