第48話 侍、キール

「ここは、鬼人谷と言うそうよ」


我達は次の街の方角に向かって歩いていると、今歩いている崖と崖の間の場所の事をミレがそう教えてくれた。


「おかしな人がいるのか?」


「それは奇人でしょ。鬼よ、鬼」


ノロイはワザとぼけたのだろう。まあ、奇人が出たら出たで対処に困るが。


「なんで、鬼人谷って呼ばれてるの?」


ライカが脱線した話を戻す。こういう時に常識人が居ると助かる。いや、我が話を戻せばよかったのか?


「昔、ここを通る人が鬼に食われたり、勝負を挑まれたりしたらしいわ。今はオーガの仕業じゃないかって言われてるのよ」


「へぇ、オーガ見てみたい!」


アクアは戦いたいのか、トライデントを構えた。我が昔見たオーガならば、アクアよりよっぽど強かった気がするのだが。


「ぐぎゃあぁぁ!」


アクアの要望に応えた訳ではないだろうが、崖の上からものすごい大声をあげてオーガが落ちてきた。


「何? 何なの??」


アクアはとっさに逃げることができず、つぶされた。オーガの背中に潰された部分から、血が流れてくる。


「大丈夫か? アクア」


「大丈夫よ」


そう言っていつもの半分くらいの厚さになったアクアが、オーガの下からズリズリと這い出てきた。


「まさか、こんな形で攻撃されるとは思わなかったわ」


アクアは大きく息を吸うと、厚さが元に戻った。単純な体だ。


「さあ、勝負ね!」


アクアは倒れているオーガに声を掛ける。しかし、オーガは倒れたまま起き上がる様子はなく、先ほどよりも血が流れた量が多くなっている。


「死んでるんじゃないか?」


仰向けになっているオーガを見ると、胸に大きく切られた傷が見えた。そこからどくどくと血が流れているので、さっきの血はアクアの血だけでは無かったようだ。


「わりぃ、わりぃ」


すると、崖の上から飛び降りてくる者が居た。見慣れない服を着て、女の様に髪の長い男だ。その長い髪は、一応まとめて縛られている。


「まさか、下に人が居るとは思わなかったわ」


「気を付けてよね!」


アクアは人ではないが、そこはまあいいだろう。それよりも聞きたいことがある。


「オーガを倒したのはお主か?」


「そうだ、俺はキールって言う侍だ。そして、これが侍の魂である刀だ。」


そう言ってキールは腰に差した武器を見せてくれた。その武器は大小で2本ある。


「オーガを1人で倒せるってことは、Aランク以上の冒険者ね!」


「俺は冒険者じゃなくて、侍だが?」


「よく分からないけど、勝負よ!」


アクアは戦えれば誰でもいいらしい。オーガにすら勝てそうにないアクアが勝てるとは思えないのだが……どうせ止めても聞かんな。


「あ? 侍が決闘を挑まれて逃げるわけにもいかないが、俺は女でも手加減しないぞ?」


キールから殺気が漏れるが、アクアがそう簡単に死ぬとは思えない。


「いいわよ、さあ、かかってらっしゃい!」


アクアはトライデントを構える。キールは刀を抜かずに柄を握り、姿勢を低くして構える。先に動いたのはアクアだった。待てない性格なのだろう。


「たああ!」


アクアはトライデントで突く。並みのモンスターなら当たりそうな速度での攻撃だったが、キールは半歩右へ進んで避けると、そのまま刀を抜いてアクアの胴体を斬った。


アクアは突っ込んだ勢いのまま、先に上半身が前にずれて地面に落ちる。


「大したことないな」


キールはそう言って刀に付いた血を刀身を振って払うと、鞘にしまう。


「お前たちもやるのか?」


すでにアクアに興味は無いのか、体をこちらに向け、次の挑戦を受けるように立つ。


「まだ終わってないぞ?」


「あ? もう死んだだろ? 見た通り体が真っ二つだ」


そう言っている間に、アクアの上半身が動き、下半身に向かって行くと、掴み、切断面同士をくっつけた。


「ふぅ、あぶないあぶない」


「あぶないどころじゃないだろ! 人間じゃないな!」


キールはギョッとした顔をしてアクアから離れる。


「私は人魚よ!」


「人魚だと? 俺が思っていたのと違うな、エラや水かきも無いし、人間と変わらない見た目なんだな?」


切っても死なないアクアを見て、人魚だと言う事は信じたようだ。


「呪いのアイテムよ!」


そう言ってネックレスを持ち上げて、チャラリと鳴らす。


「マジックアイテムではないのか……? とりあえず、本当に死なないのかどうか、試してやる!」


キールはそう言うと、刀を上段に構え、脳を潰すためにアクアを縦に真っ二つにする。あまりの速さにアクアは反応できていないな。


「ちょっと、服は再生しないんだから止めてよね!」


「気にするな、どうせ着られなくなる」


キールは、半分になったのに平気に話すアクアに対して返答すると、目にもとまらぬ斬撃で切り刻み、どんどんアクアは細かくなっていく。


すでに100個くらいの肉片にバラバラになったようだ。これだけ見れば誰も元が人型だったと分からぬだろう。


「これでも再生できるか?」


すると、心臓っぽいものが先に再生し、それを中心に肉片が集まっていく。再生した姿は、元の人魚姿だった。


「あっ、人魚に戻れたわ! い、息が!」


見ると、細切れになったおかげでネックレスが外れたようだ。ネックレス自体はさすが呪いのアイテムと言うべきか、無傷で落ちている。


「そういう外し方もあるんだな」


ノロイは感心したように言うが、この外し方ができる人間は居ないだろう。


「……本当に人魚だな」


キールは再び刀の血を払うと、鞘に納刀する。


「もういいのか?」


「俺にはこれ以上の方法が思いつかなくて、殺せそうにないのでな」


アクアも人魚に戻ったせいで呼吸ができなくて口をパクパクしている。しかし、窒息でも死なないようだ。仕方が無いので、もう一度アクアにネックレスをかけて人間にした。


「ふぅ、死ぬかと思った。もう一度勝負よ!」


「その前に服を着なさい!」


素っ裸で構えるアクアに対し、ミレが予備の服を着せるために近づく。


「今更だが、お前たち、ここに何の用だ?」


そう言われるが、我達はただ谷を通っていただけだ。アクアが人間でないのが分かったため、不審がられているのか?


「次の街に行きたいだけだが?」


ノロイが簡潔に答えた。


「なら、一緒に行こう」


よくわからないが、一緒に行くことになった。余計な質問が来ない所を見ると、見張りを兼ねてそうだな。

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