Ep Ⅰ‐13 静かな友
次の日。ククイはいつものように死体を漁り、売れ目の物を集めた。そして商人へ渡そうといつもの場所へ向かった。けれど商人たちは一人として現れない。
「……」
ククイはもう彼らは来ないのだと悟り、そこへ荷物を全て置き家に帰る。
家に帰るとエリクが座っていた。その眼は閉じられ、口はだらしなく開いている。微動だにしないその様は良く言えば人形の様で、家具と同化してさえいた。ククイはソレに「ただいま」と声を掛ける。
「……」
返ってくる静寂に涙を堪えて、彼の向かいに座る。
「今日、エリクの夢を見たんだ。エリクが悩んで、両親を殺した夢」
話しながら、こうして語る様はいつかと真逆だな、なんて頭の片隅に浮かぶ。
「あのね。僕の中に見た事ない記憶が沢山あるんだ」
ここではない綺麗な家の記憶。見知らぬ誰かの家族の記憶。知る筈のない知識。経験。そして体験。これは全てエリクのものだろう。その記憶の中にはククイとの思い出もあった。
「……エリクは、誰かに必要とされたかったんだね」
だから僕を救ってくれたのだ、とククイは思う。
「悲しみに軋む心を捩り続けて、それを周囲にぶつけて、自分を見失いそうになって。どんどん孤独へ落ちていく自分を止められなくて」
頭に流れるのは自分の物ではない過去なのに、その時の彼の気持ちが痛いほどよくわかる。どうにかしたい。だけどどうしていいか分からない。間違えを重ねる自分を止めることも出来ず、それが加速するのを見ているだけ。そんな時エリクはククイを見つけた。
見つけて『可哀想だ』と思うことが出来た。そう思えた事に涙した。まだそんなことを思える自分が残っていたことに喜び。そんな自分を掘り出してくれたククイに感謝し。だから『誰かを救う』という希望を抱いた。
「だけどね、エリク。僕だって同じだよ」
言葉を放つごとに、ククイは舌が重くなるのを感じた。声を出す度に熱いものが込み上げる。
「僕は一人が当たり前だった。僕は僕でしかない。誰と繋がることもない。その必要も感じたことがなかった。僕以外の人は敵だった。毎日が食べるか寝るか、死ぬかだった。僕以外の人は死ねば良いと思ってた。でもエリクと出会ってから、それは変わったんだ」
ククイはエリクが場違いな人だと分かっていた。こんな人がこんな場所に居る訳がないと。どちらかと言えば死体を異様に怖がる、あの品物を持っていく人と似ていた。だけどそんな人が自分の様に臆せず死体を漁っている。商人たちはククイに触れることすら忌み嫌っていたのに。
なのに彼はククイを抱きしめるし、笑顔も向けてくれる。ククイはなぜだかそれが嬉しくて。もっと見たいと思って。されたいと思って。エリクの求める事はなんでもしたし、喜ぶと思う事は言われずともやった。そうして褒めてもらえると、堪らなく嬉しくて。
「きっとね、僕もエリクに必要とされたかった」
言って、ううん、と首を振る。
「……違うな。必要とされる喜びをエリクが僕に教えてくれたから。僕はもっとそれが欲しくなって、頑張ることを覚えた。気遣うって意味を知った」
ククイは鼻をすすった。うまく喋れない。
「ずっと、ずっと感謝してる。エリクが、僕を人間にしてくれたんだ」
そこから先は、言葉にならなかった。ただ嗚咽だけが漏れ続けて、ずっと机に突っ伏した。日が暮れても。おなかが減っても。
その日はずっと、そうやって過ごした。
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