HADES ARK

かんばあすと

Episode1 / Goodbye

Notis 冥府の街

 

 夜と言えども光の尽きない街、ダルド帝国・帝都レイリッツ。


 周辺諸国で一、二を争うその大都市から、更に北東へ数キロ。元・首都があったその場所は名を大きく変え、現在は『冥府の街』と呼ばれる。


 街は大きな窪地に広がっており、周囲を崖に囲まれている。広さ250㎞四方の低層の街区はもはや瓦礫の積み木でしかなく、中心に建つオーファン城はその作りが堅牢だったからかまだ輪郭を保っているが、一体何があったのか、その右半分を削り取られている。そんな街で唯一まともな形を残していたのが円形祭儀場であったが……。


 帝国創成期に栄華を極めたその街に、今や光は灯らない。

 しかしそんな廃墟にも、未だ与えられている役目がある。


 『死体置場』だ。


 ダルド帝国において『死体』とは冥府への門である。

 曰く、死して『門』と化した人に触れると、共に冥府へ引きずり込まれるという。

 この国の外の人間は、死体の齎すイメージが風習へ変化したものであり、全くくだらない迷信を信じているものだと鼻で笑う。

 しかし事実としてこの国には、死体に触れた人間に『呪い』と呼ばれる、痛みを伴う黒い痣が現れた。黒い糸を斑に散らしたようなその様は、どこか異国の文字の様にすら見えるという。


 『呪い』の症状が重くなると痣の密度も上がり、やがて一帯の皮膚は硬質化する。激痛という程に痛みはしないが、収まる事のない痛みは精神を壊すため、軽視出来るものではなく、硬質化はやがて肉体も犯す。その末路は炭のような遺骸である。


 だが、生きている人間の呪いは、他者への接触による感染は無い。

 そのためこの現象はウイルスの類ではないとされている。


 この呪いを払うには専門の『医呪士いじゅし』に掛からねばならない。

 呪いは自然治癒しないのである。


 この『医呪士』は国の許可が必要な特殊職であり、その利用は無償ではない。所得の大きな豪商、ある程度の地位にある兵士、帝国官僚ならばどうということはないが、平均的な一般市民が利用するには辛いものがある。重度の症状を患った場合などは複数回の受診が必要になる為、大抵が完治を諦め、その痛み、醜聞と生きている限り付き合い続けた。


 当然、帝国民の中に好んで死者に触れる者などいない。近づくわけもない。視界に入ろうものなら誰もが眉間に皺を寄せ、或いは目を細め、時には唾棄して離れていく。目に入れるだけで呪われると錯覚する者すら居た。


 故に人々は死体を忌み嫌う。火葬の灰にすら恐怖する始末だ。土葬にしても埋めた土地に呪いによる硬質化が現れ、触れれば呪われる。


 死体の始末はこの国の大きな問題であり、故に人々が死体を捨てる為の『冥府の街』の誕生は、この国の必然だったのである。


 

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