視覚透過装置

小川茂三郎

第1話

 荒木朋彦ともひこは、窓際にある、よく陽のあたる席で授業を受けていた。数学。


 朋彦は今までの授業の積み重ねのなかからどの箇所が使われ、そして新たな数式や新たな計算がどのようになされているかを考える。そして、先生が言う前に教科書の練習問題に挑戦してみる。教科書の末尾にある答えに飛び、これを見る。正解。


 この場合計算間違いをしていても別にかまわない、と朋彦は考える。新しく学んでいる公式なり計算法なり考え方なりが身について、練習問題の中で機能していれば良い。今回は計算も間違えなかったからより都合が良い。


 先生が練習問題に取り組むよう教室の生徒に伝えると、朋彦は次のセクションでどんな事柄を新たに学ぶのか、デバイスを繰って教科書を一、二頁進めてみる。次も、ステップを誤らず踏んでいけそうだ、何となくわかりそうだ、と理解する。


 時を持て余すため、斜め前を見やる。朋彦の席から見て、右に一つ、前に二つのところに、学年随一の美少女と喧伝される森川芳野よしのが座っている。


 芳野は机に向かって懸命に問題を解いているようだ。特定のタイミングでペン回し。くるり、と右手の電磁用シャープペンシルが回転する。今は後ろ姿で見えないけれど、切りそろえた前髪に、美人の常套である大きな瞳。その瞳は目尻に向けてやや切れ長に収束する。朋彦は可愛いと美しいは互いに排撃し合うものと思っている。しかし芳野については話は別だ。瞳の可愛らしさと美しさが、倫理で習った「アウフヘーベン」している、と常々思っている。


 友達には言ったことがない。こういうことを言うと、「変な言葉で変態っぽい見方をしている」と、友人から何度か言われたことがあるのだ。この類のことは心に控えておくに留めている。「可愛い」とだけ言っておれば良い、と言うことなのだろう。


 芳野は脚を前に投げ出し、右脚を左脚に乗っけるように姿勢を変える。彼女は部活動を二つやっている。バレー部と弓道部。朋彦は女子の連中からその経緯を詳しく聴いたことがないのだが、どうやらもともと弓道部だったものが、バレー部のメンバーが足りなくなり誘われてから兼部するようになったらしい。バレー部の人員が充足してからも兼部は続いている。


 芳野のバレー部の練習着姿は男子に大変な人気で、それはもちろん脚というか太ももが見られるからだ。やんちゃなサッカー部の男子の一人から言われたことがある。


「てめ~~ッッ! 荒木ッッ! 森川さんの太ももばっかり見てんじゃねーーだろ~~~なぁぁぁ~~~~ッッッ!!!!」


 朋彦は卓球部の副主将で、体育館でバレー部と練習が一緒になることがある。サッカー部は外でばかり練習するから、こういうことを言われる。


 見たいのはお前だろうが、と思ったことを思い出して、朋彦は芳野の脚が更に組み替わるのを見ていた。朋彦はどちちかというと弓道着の方がグッとくると感じている。これを友人に話したところ、やはり変態扱いされてしまった。何故なのか。バレーの練習着のほうが良い、って意見の方が、なぜ「健全」と言えるのか。



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