14. 恥ずかしさって大人みたいで


 突然の出来事に動揺するフロアに残っていたファンたちへ、ナオヤは一人ずつ回って経緯を説明し丁寧に頭を下げている。


 その様子を食事を続けながら見守る俺とカエデちゃん。すばるんはツブヤイターを開いて『New Portland、今日付けでギターとドラムが脱退。Ba.伊東を中心に当分はサポートメンバーで活動』という趣旨のツイートを真顔で打ち込んでいた。



「ごめんカエデちゃん、怖い思いさせちゃって」

「いっ、いえ、全然大丈夫ですっ。篠崎さんがあいだに入ってちゃんと守ってくれましたから……それにあの人たち、もうここには来ないんですよねっ?」

「たぶんね。どこまで本気か知らんけど」

「なら、へーきですっ」


 気丈に振る舞うカエデちゃんだが、ナオヤの解散宣言が無ければロクに反論も出来なかった情けない俺に心底失望していることだろう。


 奈良崎如きに恐れをなす必要など何も無かったが、奴の言うことはまったく外れているというわけでもない。ライブの予定も無いのに女の子連れて顔出してるわけだからな……文句を言われたっておかしくはない。



「はぁー……ダッセえなー……」

「おっ、落ち込んじゃダメですよ篠崎さんっ。篠崎さんだって毎日頑張ってるのに、酷いですっ、あの人たち!」


 肩を持ってくれるのは有り難いが、その気遣いは今だけ胸にしまっておいて欲しい。クソ、自分にイライラして仕方ない……やっぱ一発殴っとけばよかった。



「お待たせ」

「お疲れさん……大丈夫か?」

「気にすんな」


 挨拶回りを終えたナオヤがテーブルに戻って来る。感情を表に出さない、というか前髪が長過ぎて表情が見えない彼だが、心なしか妙にスッキリとした顔をしている。


 クソバンドだなんだと恨み節を吐かれた割には元気だ。まぁそんなこといちいち気にしないか。

 何だかんだメンバーチェンジの多いバンドだし、ナオヤもこだわりの強い奴だからな。これが初めてでもないのだろう。



「ていうか、財布は? メチャクチャ入ってたけど、本当に良かったのか?」

「……別に。大した額じゃねえし」

「あー。そういやナオヤって株とかFXとか色々やってるんだっけ……」

「そこそこな」


 10万近くポンと手渡しても、生活にはまだまだ余裕があるらしい。羨ましい。


 そもそもナオヤってまず実家が裕福な音楽エリート一家で、しかも関東芸術大学っていう日本のトップ芸大の出身なんだよな……中退しちゃったらしいけど。


 バイトしないでその辺の知識だけで生活やり繰りしているのも凄い。本当ならこんなところで売れないミュージシャンやってるような人材じゃないんだよなぁ……なんで高卒学ナシ才能ナシの俺なんかと連んでいるのか……。



「良いタイミングだったんだよ……控えめに言って、今日のライブは最悪だった。ロクに合わせもせずステージ立てばこうもなるさ……」

「あぁ、やっぱリハ足りてなかったのか」

「……ユーマ。取りあえず水曜はサポートってことにしとくけど……正式に入ってくれても良いんだぞ」

「えっ?」

「ずっと言ってただろ、バンドやりたいって……一番のネックが無くなった以上、断る理由があるのか?」


 本気の瞳で俺を見つめるナオヤ。


 確かに言った。ついこないだも酔った勢いで一緒にやろうとは言った。それは覚えている。

 New Portlandの音楽は最高だ。それに少なくとも、工藤や奈良崎よりバンドの成功に貢献出来る自信はある。


 が、しかし……。



「…………悪い。すっげえ嬉しいし二つ返事したいところなんだけどさ。もうちょっとだけ一人で頑張りたいんだわ」

「まだこだわってんの。例の曲」

「そういうわけじゃねえけど……最近オリジナルほとんどやってねえからさ。新曲もあるっちゃあるし。そっちの反応も見てみてえんだ。マジでごめん」

「……なら良いけど」


 これといって良いとも悪いとも言えない微妙なリアクションを残し、煙草を取り出して火を付ける。



 まぁ、半々だ。理由としては。


 あれだけスタバに反応があったのだから、これまで出して来た曲でも一定の成果が見込めるのではないかと踏んでいた。

 クソ媚びバラードを入り口に本来の俺のスタイルを受け入れてくれる客がいるんじゃないか。これが一つ。



 もう半分は、純粋なる後ろめたさ。


 自分のスタイルを貫くか、売れ線に舵を切るか未だに悩んでいる俺では、胸を張ってナオヤと同じステージに立つことが出来ない。そう思っていた。


 すばるんは「今のやり方でも十分にチャンスはある」と言ってくれたし、それを信じてみたいのも本当のことだが……石井店長の話を聞いて、カエデちゃんの反応を見てしまった手前、取っ掛かりのようなものがどうしても残っていて。



「ユーマさん」

「……なに?」

「新曲があるんですか?」

「…………一応な、一応」

「聴かせてくださいっ!」


 目を輝かせ背丈に合わないテーブルへ乗り掛かるすばるん。これは予想していた。ようやく真っ当なプロデューサーらしい仕事が出来ると彼女も喜ぶことだろう。


 だが、どんな反応が返って来るかは既に見えている。スタバに負けず劣らずの売れ線狙いなバラードばかりだ。間違いなくすばるんは怒りに狂うだろう。


 あんな曲、作りたくも歌いたくもないのに。

 気持ちはとっくに固まっているのに。



 今日一日で随分と軽くなった財布をジーンズの上から撫で下ろし、誰にも悟られないよう小さく舌打ちを噛ます。


 店内に流れるブルースロックは、著名な海外アーティストの曲だった。俺も憧れている本物のプレーヤー。でも、ライブの評判はあまり良くない。

 俺となにが違うんだろうって。そんなこと分かってるよ、売れてるか売れてないかの違いだ。俺のブルースは、ロックンロールは。誰にだって負けちゃいない。



「……なに見てんだよ」

「いやあ。良いライブだったよナオヤさん」

「金なら出さねえぞ。今日は俺の分しかねえ」

「はいはい、分かってるって……」


 売れるために、まず売れなきゃいけないなんてさ。どこがロックなんだよって、こんなこと考えたくもないんだけど。


 でも、やっぱりなぁ。






 水曜のライブに向け神田さんと打ち合わせをするというナオヤを残し八宮waveを後に。カエデちゃんは駅のすぐ近くに住んでいて、そのまま送り届ける形となった。



「へぇー、じゃあスバルちゃんはずっと篠崎さんのこと応援してるんだね~」

「活動初期からすべてのライブへ足を運んでいるのです……たった一度のライブで解散してしまった伝説のバンド『For example』もこの目で見届け、オーディオクラウドで僅か二日間で削除されてしまった伝説の一曲『カナリアの唄』も空で歌えるのです……ユーマさんのすべてを私は知り尽くしているのです……!」


 すっかりご機嫌のすばるん。カエデちゃんもニコニコ笑いながら彼女の自慢話を楽しそうに聞いている。


 終始カエデちゃんを警戒していたすばるんだが、面白いように機嫌を乗せられ手玉に取られていた。こういう人の操縦が上手いんだよなカエデちゃん。流石はバイト一ヶ月でホールチーフ補佐になっただけある。



「あっ、ここまでで大丈夫ですっ」

「おっけ。ごめんね色々と面倒掛けちゃって」

「いえいえ、とっても楽しかったです! 水曜日のライブ、楽しみにしてますね!」

「また連絡するから。じゃあね」

「はいっ、おやすみなさいっ」


 ぺこりと頭を下げ、マンションの玄関奥へと消えていく。結構良いところ住んでるんだな。羨ましい。普通に。



「さぁ、私たちも帰りましょう」

「なんで居候が手綱握ってんだよ」

「早く新曲を聴かせてくださいっ! 待ち切れずお腹が空いて来たのです……!」

「関係ねえだろ絶対」


 シャツをグイグイ引っ張って先を急ぐすばるん。気乗りはしなかった。今から電車に乗って帰ったら日付も変わりそうだし、明日も早番だし。


 曲作りもマーケティングも、ライブの準備も大切だ。だがすべては健全な生活と金あってのモノ。優先順位はハッキリしなければならない。



「今日は寝かせてくれよ。ていうか、水曜のライブで聴けるんだからさ。楽しみは取っておけ。ファンの鑑を名乗りたいならな」

「今はプロデューサーなのですっ」

「はいはい……」


 下りの普通電車がホームに停車している。

 あれは流石に間に合わないだろう。


 でも、出来るなら乗りたいんだよな。

 急ぐ気が無いから、無意味な葛藤だけど。


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