6. ABとC、泣けるメロディ


 すばるんの打ち出した最初のマーケティング戦略。

 それは「音楽好きを公言しているSNSアカウントを片っ端からフォローして、ライムラインに今までの楽曲を大量アップロードする」というものであった。


 

「ユーマさんは相互フォローの数が少な過ぎるのです……アーティストなのにフォロワーよりフォローの方が多いとか、いちいち気にしている場合じゃないのです!」


 すばるんは俺のスマホを使って、プロフィール欄に「バンド」「カラオケ」「邦ロック」と書かれているアカウントを次から次へとフォロー。

 俺はパソコンで、今まで投稿して来たリリックビデオを30秒くらいに纏めた動画を作成し、完成と同時にタイムラインへ投下。


 一連の作業を終えると、今度は使ったことも無いSNSに無理やり登録され、そこでも同じ工程を繰り返す。



「様々な年齢層を深掘りするために、利用するツールは多ければ多いほど良いのです……! というより、どうしてちゃんとしたMVを作らないのに『YourTube』に投稿するんですか! もっと適した投稿サイトがあるのです……!」


 YourTubeは世界でもっとも利用者の多いと言われる動画投稿サイト。俺のStand By You、略してスタバもこのYourTubeで人気が出て5万回再生を突破した。


 俺がもう一つ使っている投稿サイトは、音源のみを投稿出来る「オーディオクラウド」というもの。歌詞や映像を用意しなくていいので、俺みたいなMVを作る金もスキルもコネも無いミュージシャンにはうってつけの場所だ。


 だがすばるん曰く、この二つよりももっと適した投稿サイトがあるのだという。



「で、『TikTalk』か……」

「若者ばかり使っていると思ったら大間違い……その勢いはもはやYourTubeを凌駕する勢いなのです!」


 そういや最近も、TikTalkで拡散された楽曲が一気にバズってストリーミングで連日一位とかいう奴がいたな。

 俺のスタバと一緒で恋愛に夢見過ぎの媚び媚びバラード。もう評判だけでだいたいお察しでちゃんと聴いたことねえや。



「ふぅーっ……こんなものでしょうか。これでかなりの数のユーザーの耳に、一度はユーマさんの歌が届いたはずです……!」

「ここまであからさまだとゴリ押しとか言われそうでなんかなぁ……」

「まともにプロモーションすらしていないのに、悪名で叩かれることを恐れてどうするのですか……! 知る人ぞ知る名曲だって、誰も聴いていなかったら名曲どころか曲扱いさえして貰えないのです!」


 二時間ほどド正論を叩き込まれ続け、俺はすっかりすばるんの言葉に耳を傾けてしまっていた。

 元を辿ればすばるんだって、ただのマイナーな音楽好きのJCだというのに。この妙な説得力はいったいどこから来るのだろう。



「取りあえず昼飯でも食うかぁ……曲作りでもここまで根詰めてやったこと……」

「ユーマさん! 早速コメントが付きました!」

「えっ、マジで?」


 興奮気味にパソコンの画面を指差すすばるん。これは確か……半年前にYourTubeへ投稿した楽曲だ。


 オリジナルソングのなかでも指折りの自信作。今までずっとすばるんのコメントの一件しか無かったのに、三件になっている。二つも増えたのか!


 まさかこんなに早く成果が出るなんて……もしやすばるん、本当にプロデューサーとして有能なんじゃ……!?



『TikTalkから。新着欄に同じ名前ばっかり乗っててウザい。荒らしやめろ!』

『だっっっっさ』



「「……………………」」


 死のう。






「あの、ユーマさん……そう気を落とさないでください。あの方たちにユーマさんの音楽は肌に合わなかったという、それだけなのです」

「……あ、そう」

「とっ、とにかくこれで、ユーマさんの楽曲が幅広い層に届いたという証明になったんです! ユーマさんの音楽性を好むリスナーも、必ず眠っている筈なのです! 私が保証しますっ!」


 小ぶりなどころか凹凸の欠片も無い胸をドンと叩き、侘しくも気丈に振る舞うすばるん。こっちはそれどころではない。いくら胸叩いたって飯は喉を通らないんだよ。



「期待した俺が馬鹿だったわ……」

「グっ! ……うぅっ……ご、ごめんなさい……」


 コーンフレークを運ぶ手を止め、初めて見たくらいの年齢相応な汐らしい態度を取る。とっておきの秘策を封じられ、すばるんも流石に落ち込んでしまったか。



「……どうしても納得できないのです……ユーマさんの音楽は、こんなところで燻っていて良いようなものじゃない……わたしはただ、ユーマさんのことを色んな人に知って欲しくて……っ」


 消え入りそうな呟きが煙草の灰と共に天井へ消えていく……そうだよな。いくらプロデューサー気取りの追っかけとはいえ、彼女はまだ中学生なのだ。


 応援しているアーティストに面と向かって文句を言われたら、辛いよな。ちょっと神経質になり過ぎてしまった。



「ごめん、言い過ぎたわ……すばるんも俺のために頑張って、色々考えてくれたんだもんな。ありがとな、すばるん」

「……ユーマさんっ! はいっ、わたし、もっともっと頑張りますっ!」


 次第に瞳へ明るさが戻り、満開の向日葵のようにパッと笑顔を咲き誇らせる。単純なのか、年齢相応なのか。どっちとも取れぬ。



(すっげえ普通に受け入れちゃったな……)


 新たにコメントが付いていないかパソコンで各サイトを巡回するすばるんを眺めて、ふとそんなことを考える。


 なにが一番困るって、唯一のファンにゴリゴリ指南を受けている点を除いたら、ただただ可愛らしい小っちゃい女子中学生と部屋で二人きりというこの状況。


 一昨日の出会い頭のインパクトが無かったら、恐らくなんの抵抗も無く「JCと仲良くなっちゃったぜオホホ」とか思っちゃう自分が居たんだろうなとか頭を過ぎってしまって。情けない。女なら誰でも良いのかよ。



「……すばるん、いっつもその黒のパーカーだけど、厚くないのか?」

「快適です。非常に。中はTシャツ一枚なので、その時はその時でテイクオフすれば良いのです」


 今度はスマホ片手に布団をゴロゴロ。

 投稿サイトの巡回は継続中のようだ。



「……なんですか?」

「いや、別にっ……」


 うつ伏せで肘を着いてスマホを眺めているので、床に直で座っている俺からだと、胸元がチラチラと見えてしまうのだ。


 中に来ているというTシャツも結構ダルダルで、もう少し近付いたら中身が見えてしまいそうだ。まさか中学生相手に発情するほど飢えてないけど。



「すばるん。一応にも女の子なんだから、あんまり男の前でだらしない恰好するもんじゃねえぞ」

「……何がですか?」

「おっぱい見えちゃうだろ。気にしろって」

「…………はうぅっ!!」


 慌てて身体をベッドに押し付けガード体制へと移行する。僅かな沈黙を挟み、耳の先まで真っ赤にしておずおずと顔を引き上げた。



「なんだよ。カキタレがどうとか言ってた癖に耐性も無いのか」

「……もしかしてカキタレって…………えっ、えっちな意味なんですか……?」

「セフレと同義語じゃね。実質」

「……つまりユーマさんは私が勘違いしていることを敢えて指摘せず、あわよくばという展開を狙っていた……!?」

「勝手に結論付けないでください」

「ごめんなさいっ、それは無理ですッ!!」


 バビュンとベッドから飛び上がり、ワンルームとキッチンを繋ぐドアへ背中を寄せ、警戒を露わにする。


 俺の音楽が好きなだけで、顔とかはタイプじゃないってことか。なんなんだろうな。金髪にしてから全然モテないな。死にてえな?



「ユーマさんがその気なら、私に考えがあります!」

「だからなんの気もねえって」

「もしユーマさんが私に邪な気持ちを抱いたとこちら側が察した場合……ベランダの窓を全開にして『Stand By You』の歌詞を朗読しますっ!」

「……はっ!? ちょ、おまっ、それは洒落にならんッ! やめろっ!」

「見せしめというやつなのですっ!」


 今度は部屋を縦断してベランダへと駆け寄る。あまりのすばしっこさに捕まえ切ることも出来ず、すばるんは窓を開けて柵に身体を乗り出させると……。



「シノザキユーマ! すたんどばいゆー! 『ねえ、どうしたの!! そんな悲しい顔、久しぶりに見たよ!!』」

「馬鹿ッ、辞めろ! 殺すッッ!!」

「『無理に笑っていないかい!! 知らない誰かを思い出して泣くくらいなら、僕があなたの太陽に!! いつどんなときも傍に!! すたんどばいゆー!!!!』」

「やめろォォォォ゛オォォ゛ォーーー゛ーッッ゛!!!!」


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