1-3 帰ってくれ、ロリっ子JCプロデューサー
18. 繰り返し回るミュージック
どうにか持ち合わせで電気を復旧させた昨日に引き続き、すばるんがSNSマーケティング。俺は新曲づくりに励む。で、昼を過ぎた頃。
「今日は遅番なんですか?」
「んっ。500円置いとくから、好きなモン買って食っててくれ。余ったら返せよ」
「……こないだより少ないんですね」
「察してくれ、だいたい」
すばるんが家へ帰る予定の日がちょうど給料日。贅沢はさせてやれそうにない。どうせ食費とノルマの支払いで全部消えるんだ。今月も。
いってきますと一声掛け自宅を出る。10分ほど歩き最寄り駅の改札を潜り、お店のある八宮方面のホームへ……向かわない。
(ごめん。メッチャ嘘吐いた)
実は今日、シフトは入っていない。ライブは基本夜だからバイトは早番固定になっており、よほど人手不足でない限り遅番には入れられないよう石井さんに配慮して貰っているのだ。ではどこへ向かうかというと。
「うわークッソ混んでる……」
最寄りから急行で6駅ほどの
目的は、フジガヤ音楽祭。この地域にある複数のライブハウスを跨いで行われる、俗に言うサーキットライブというもの。
ライブハウスを渡り歩き、三日間で総勢100組近くのアーティストをつまみ食いできるのが最大のウリ。結構長いこと続いているこの辺りじゃ特に大きなイベントだ。
入場費は一日3,000円。普通のフェスと比べても激安の類だが、給料日前の俺には手の出せない金額である。何故こうして足を向けたかというと、理由は単純。玲奈が出演するからだ。
ノルマにかなり苦しんでいるようで、一週間前にチケットを半額で買わされた。全額身を切るよりかマシだろうが、それで良いのか玲奈。
「13時20分から藤ヶ谷cottageで『ReNA』でーす! もうすぐ開演なのでお急ぎくださーい!」
スタッフがメガホン片手に呼び掛けをしている。玲奈のステージは今回の会場では藤ヶ谷cottageという、八宮waveと同じキャパ50人ほどの小さなハコ。
メインのライブハウスは去年メジャーデビューしたばかりのバンドの出番が目前のようで、列をなしているのはそっちの方だ。誰も藤ヶ谷cottage、ReNAのステージには関心が無い。こうも隣接した会場で差を目の当たりにすると心も痛む所存。
(って、意外と入ってるじゃん)
階段を降りて扉を潜ると、既にスタンディングのフロアはほぼほぼ満員だった。なんだ、こっちはこっちでキャパに見合った盛況ぶりだな。
薄暗い人波を手刀を切って進み、フロア後方右端に陣取る。同時に照明がパタンと落ち、フロアには歓声とも怒号とも付かない絶叫が飛び交かった。
……え、なんですばるん連れて来なかったんだって? だって知り合いの女のライブ観に行くとか絶対怒るじゃん。それも実質アイドルとか。中身はともかく。
『……始めっぞおお藤ヶ谷アアアアァ゛ァアア゛アアー゛ーーー゛ッッ!゛!!!』
おどろおどろしいサウンドエフェクトと共に、ド派手なレーザービームがフロアを飛び交う。
小さいハコなのに良くここまでやらせて貰えたな。スリップノットの曲で登場するアイドルとかお前だけだよ玲奈。独自路線突っ走り過ぎ。
あ、モッシュダイブある感じですか。いっつももっとゆったりしたライブじゃん、みんな普段の玲奈のライブ知らないの? 無理ムリ今日動けるテンションじゃない、うわヤバイ身体持ってかれ————
「…………キッ゛ツー……」
およそ25分のライブが終了。ズタボロの身体を壁へ預けると、他の参戦者たちも玲奈がステージからハケると同時にその場でガックリと膝を付く。
凄まじいカオスだった。楽曲自体は割かしポップなパンクロックチューンなのに、誰彼構わず踊る踊る、モッシュにダイブの嵐。
(また思い切ったなぁ……)
先日失踪したギターの小山田さんは結局戻って来なかったらしく、自分でギターを弾いていた。玲奈一人で歌ったり弾いたり飛んだり跳ねたり飛び込んだりの大暴れ。
憧れの星野林檎とはかけ離れたステージングだが……無駄にアイドル路線気取ってお淑やかなライブするより、こっちの方がずっと玲奈らしい。
彼女の固定ファンと思われる客も「こっちの方がReNAの素が出ていて良い」とか「前までが無理してたんだよ」とか口々に感想を言い合っていた。
さて。身体は重いしこのまま帰っても文句は言われないだろうが、せっかく良いライブ見せて貰ったんだ、感想の一つくらい伝えてやらないと。
イベントの出演者は基本的に無名のアーティストばっかりだから、藤ヶ谷周辺を歩き回っていれば割と簡単に見つけられる。30分ほどすると玲奈から連絡があって、すぐ近くのコンビニの灰皿の前で彼女とナオヤを見つけた。
「お疲れさん」
「おっスおっスー。今日どうでしたー?」
「最高。周りの反応も上々だったぜ。本格的にこっちの路線に舵切った方が良いんじゃねえのか?」
「んー! 玲奈もそう思っていたところなんスよ! マジでもう、ここ一年の頑張りはなんだったんだって感じっス。ねーナオヤくん」
「え。あ、おん」
ライブ直後でまだ目がギラギラしている玲奈とは対照的に、ナオヤは随分とお疲れモードのようだ。まぁ玲奈の奴、ほとんどまともにギター弾かないで土台部分はベースとドラムに丸任せだったからな……そりゃ疲れるわ。
「……意外と元気そうじゃん」
「あぁ、ちょっとリフレッシュして来てな。迷惑掛けてすまんかった」
「……なら良いけど」
一昨日のライブを引き摺る気配も無い俺に、ナオヤは少しだけ呆れた顔で煙草の煙を吐き出すのであった。
まぁ昨日のすばるんとの会話通りだ。忘れるようにしているだけ。或いは玲奈のライブで頭がパーになっているかのどっちか。
でも良かったな、玲奈。ちょっと悩んでいるみたいだったけど、こないだの飲みを境に良い方向へ吹っ切れたみたいだ。俺もダラダラしてられないな……。
「おいおいReNAちゃん、仮にもアイドルが人前でタバコ吸っちゃダメでしょーっ!」
すると、やたらデカい声で彼女の名を叫ぶ人物。サングラス越しにニヤニヤ笑いながらこちらへ歩み寄って来る。
見ない顔だな。年齢は……神田さんと同じくらいか? 軽装備の若者に交じってアロハシャツとか、めちゃくちゃ浮いてるぞ。なんなんコイツ。
頭部の侘しさに反比例して無駄にハイテンションな中年男性。ナオヤも玲奈も知り合いではないようで、一同キョトンとした顔をしている。
「どちら様っスか?」
「おいおいっ! 八宮で活動しといて俺のこと知らないって不味いよ~! まさか「
登坂Club Do……隣の市にあるキャパ500人ほどのハコだ。この辺りで活動するミュージシャンで知らない者は居ないレベルの超有名ライブハウス。
俺たちみたいな無名ミュージシャンにとってはまるで縁の無い場所だ。最近は気鋭のアーティストを大勢呼んで自主企画とかやってるんだっけ。
「Club Doはモチロン知ってるっスよ。で、そんな凄いとこのオーナーさんが玲奈に…………まっ、まさかライブオファー!?」
「いやぁ~、声掛けるってなったらそれしか無いでしょ! ReNAちゃんのことは前からチェックしててさ~! あー、でもー、ただね~……!」
腕を組みうざったらしいため息を溢す二階堂。なんだ、ただの出演オファーってわけじゃなさそうだな。
「今までのな~、アイドルとポップロック掛け合わせた路線のReNAちゃんだからこそオファーしたかったんだよな~……! ああいう暑苦しいスタイルも嫌いじゃないけどね~?」
「えぇッ!? なっ、なんスかそれっ!?」
「いや~今どきああいうの流行らないよ~? コアなファンは作れると思うけどさ~、やっぱりメジャーの流れに乗るっていうか、万人受けを狙わないとこの先食っていけないって~!」
なるほど。ここ一年の玲奈の成長を見て出演オファーを出そうとしたら、今日のステージを見て方針転換というわけだな。
しかし……間違いなく玲奈がReNAとして階段を駆け上がるには、今日のスタイルが最も適している筈だ。一度くらい試させてみても良い気はするが……。
「ん~ReNAちゃんは様子見って感じかな~。で~、その代わりと言っちゃなんだけど~。篠崎くん、ウチで出てみな~い?」
「…………えっ?」
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