第8話 走り続ける理由

 俺がこいつをクリアしなければどうなる。

 やり直して皆でリトライか?


 ふざけた世界だ、ありえるだろう。


 しかし、仮にそうだとしてそんなこと出来るか?

 さっきの学生を見たろ? 


 恐怖で心が折れてるかもしれない。

 他の皆も同じかもしれない。


 また同じ恐怖に晒されるのか――と、絶望にも似た喪失感に襲われるかもしれない。


 だが、もしもだ。もし仮にも一度目で、俺が一人でもクリアしてみせたのなら、もしかしたら少しは希望を持ってくれるかもしれない。恐怖が消えるとは限らないが、いつかは帰れると思ってくれるかもしれない。全員でリスタートした時に“全員なら楽勝だ“と戦意を抱いてくれるかもしれない。そうしたら、よりクリアへの道が開ける。


 そうしたら、これ以上の成果はないだろう。


 ただ、俺が一人でクリアへ向かうのはそんな理由もあるが、だがそれでも、なによりも、どんなことよりも············俺は、あいつに頼まれた! 信頼できるあいつに頼まれたんなら、やるしかないだろ! 友人なら! 同僚なら! 男なら!


 佑哉の放ったあの言葉を思い出した俺は、果てない平原を延々と走り続けていた。カモメとの距離はこちらが優勢。思考に余裕も持てるほど、速さにもこちらに分があった。


 故に、その状況のままでさらに思考に浸った。


 まず、何から考えればいい。

 頭は思いのほか落ち着いてる。だが、何を······。


 ······。


 佑哉は、何を思って、最期にあぁ言ったか、だ。

 なんでお前は“走ればいい“なんて言った?


 いや待て、そもそも······。


 なぜ、俺はこんな姿で走っている?

 なぜ、俺はマグロなのに手足が生えている?


 なぜ············。


 そもそも、こいつクリア条件はなんだ?

 制限時間はあるのか? 俺一人でクリア出来るのか?


 頭の中は次々と疑問が浮かび、処理の追い付かないほどだった。しかしそれでも、一呼吸おいては走りながら着実に整理する。


 いや、落ち着け······。


 一気に考えようとするな。

 今、焦る必要はない。


 奴は疲れて今地上だ。

 自ら時間を捨てる必要はない。


 そうだ。


 一つ一つ確実に処理する時間はある。

 一つずつ確実に、だ。


 ······


 なぜ、佑哉は『走れ』と言った?

 なぜ、佑哉は自分が殺したと言った?


 まず、それからだ。


 俺に走れと言ったのは“何か“掴んだからだろう。

 自分が殺したというのは“何か“を知ったからだろう。

 

 しかし、何を··················っ。


 不意に、アイツとの会話が甦る。


『へっ、なんだよマグロって』


 それは、ここへ飛ばされる前の会話だった。


『お前知ってるか? マグロってのは


 いやいや、そんな馬鹿なことあるか······?


 そんなことが頭を過った。

 だがしかし、それと同時に様々な点と点が繋がっていく。


『なんでお前まで苦しそうなの?』

『お前さ······さっきまで苦しそうじゃなかったっけ?』


 女の子を捨てる前後で佑哉が言った、この二つの言葉。

 俺の返答を聞いてあの頭を落としたショックの受け方。


 またなにより、それらの会話の前後でしていた俺の行動と状態が全てを裏付ける。最初に息苦しさを感じた――佑哉と女の子に近寄る前。止まって女の子の容態を看ていた時。どちらも俺は――その場に止(とど)


「そういうことか······」


 それからの、マンボウの女の子を投げ捨て、佑哉と一緒に逃げてからの俺の回復は言うまでもない。あちらの衝撃に気を取られていたが、俺は確かに元に戻っていた。


「あいつ、よく見てたな······」


 佑哉の喰われる前のあの言葉がなければ、俺はいま間違いなく走ってはいない。“俺の目を買ってる“なんてアイツは言ったが、それはこちらの台詞だと思った。


「あいつがそう言った理由は分かった······。でも、どうしてそんなふざけたことが············ん? いや、あれか」


 スクリーンの文字を見た。


 ステージ1と、今は生存者数が1/50だけが書かれている。しかし、大事なのは、それが映し出される前に書かれていた文字のほうだ。


『あなた達は魚です。それぞれの特性を生かしてステージをクリアしてください。


 これだけ材料が揃えば、確信でしかなかった。


「つまり俺は、ここへ来る前に佑哉が言ってた············止まったら死ぬ特性、か」


 すると、次の疑問が浮かんだ。


「となると、佑哉が“自分が殺した“と言った理由だが············くそ、これはわかんねぇな」


 冴える頭の中で、枝葉の端の端まで遡るように探すが、魚の知識が乏しいためかこちらは見当たらず。しかし、この“魚の特性“が理由で、佑哉があの行動を起こしたであろうことは間違いなかった。


「くそっ、喰われる前に言えってんだよ」


 そうしたら、もっと早く引き止められたかもしれない――そう思いながら、佑哉が居るかもしれない、空に高々と飛び始めたカモメのほうを見た。


 そして、ただ走るだけではなく、


「とりあえず、こいつをクリアしてぶん殴ってやる」


 あいつに物を言わなきゃ気の済まない勢いも混じえて、戦う意志を固めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る