究極の戦い!!!

今野 春

戦いの時間

 とある小学校その三年五組、一クラス三十四名、内男子十八名。その全員が、勝負を決するために立ち上がった!!!


 三年五組担任高田エミ。いつも穏やかな笑みで生徒と接する彼女も、この時はいつにも増して楽しそうな笑顔で、を教卓の上に置く。


 時刻は十二時四十分。彼らは教卓の前に集まり、今日の優勝トロフィーを確認して、雄叫びを上げた。


 今日の優勝トロフィーはひとつではなかった!


 一月二十三日。悲しいかな、いつも楽しそうに笑う女子四人のグループが丸々いないのだ。


 それも仕方がない! 彼女らは一週間前、マスクを外したまま、楽しそうに談笑しながら給食を食べていたからだ!


 猛威を振るうインフルエンザA型は、彼女らを逃しはしなかった……。


 矢野と水野と山田と小笠原に食べられなかっな哀れなプリンの四角形の真ん中に、担任高田は自分のプリンを置いた。


 残念だ、とても残念だ! 彼女たちはこのプリンを食べられないのだから!


 だから仕方がないのだ、俺たちが食べるのは! 男たちはさらにいきり立って、中にはセルフきりもみ回転をする者も現れた。


 その男たちの輪の端で、呆れたように息を吐く男がひとり。


 静かに輪を見つめ、あからさますぎて笑ってしまいそうだ。そう言わんばかりに苦笑いを浮かべるのは、このクラスの眠れる王、ミツル。


 彼はその独特なキャラクターと頭の良さで、クラスの人気者のひとりに成り上がった実力者。ただものではないオーラは、遠巻きに観戦する女子にも見てわかる。


「ちょっとカッコつけてるよね」


 なんて呟こうものなら、ミツルに聞かれたその女子は終わりである。


 ミツルは、悠々とその女子の席へ。そして、今日の献立であるアスパラガスを摘んで、口にほおり投げて一言。


「そんなん言ってると、お前の嫌いなアスパラガス代わりに食ってやんねーぞ」


 ここでミツルについて語っていなかったことがある。


 ミツルは、校内一の、イケメンであった。


 女子は、顔を真っ赤にして背ける。周りの女子は明るく笑って声をかけているが、内心は嫉妬の炎が青火であった。


 満足気にミツルは戦いの輪に舞い戻った。そのミツルに声を掛ける大柄な男が一人。


「おいおい、ミツルゥ。お前、また彼女でも作るつもりか?」

「まさか。僕は別に彼女なんて作った覚えはないよ」

「へんっ。あんだけやっといてよく言うぜ、なぁ?」


 男の名前はタケシ。あだ名はジャイオで、某国民的アニメから取られたものだが、しかしこのタケシは暴君ではなかった。


 むしろ、圧倒的な行動力と、相手の痛いところを突いて笑いを取る攻め気味なトークは、同学年でも大人気である。


 小学三年生にして、身長一六〇センチ、体重七十キロ。そして、学級委員の中の長。実質的な学年トップである。


 そしてミツルは、このタケシに対してひとつだけ不満を持っていた。


 それは成績である。


 まだ三年生だというのに、小学生というよりかは、中学三年生のような勉強への意識を二人は持っていた。


 それがどういうわけか、タケシはなんとミツルとほぼ同じ点数を取るのだ。それも、郊外の全県模試で。


 ガタイが良く、まるでいじめっ子のような見た目であると言うのに、話せば面白く、頼れば力強く、尋ねれば賢く。


 果たしてこの男にどんなステータスが割り振られたというのか。これでイケメンであれば、同じステータスを持つミツルを超えていたかもしれない。


 しかし、ミツルが現実とタケシの顔を見る度に安堵させられているのも事実だが。


 ミツルは心底嫌そうな顔で反論する。


「残念だけれど、僕は年上が好きなんだ。そんな下劣な考えはやめてもらいたいね」

「へっ。難しい言葉使いやがって。俺以外には伝わんねーぞ?」


 傲岸にタケシが笑みを浮かべ、ミツルは好戦的な視線で対抗する。


 いつの間にか四十五分となっていたのを確認して、タケシは高田に頼む。


「先生! いつもの頼むぜ!」

「はい、わかりました。――それでは、行きますよ? 勝った人は残って、あいこと負けの人は座ってください」


 先生が右手を高々と掲げる。それに呼応して、先生の周りに半円を生み出した男たちはあの掛け声を叫ぶ。


「「「最初はグー! ジャン、ケン――ポン!」」」


 先生が出したのは――パー。


 対して、生き残ったのは――ひとり。



「コウヤくん。おめでとう」



 高田がお気持ち程度の賞賛の拍手を送り、坊主頭のコウヤがプリンの元へ。そして、プリンを突き上げて、左手でVサイン。


 負けた男たちは崩れ落ちて地面を叩く。


 そして、ミツルとタケシは、想定外の展開に呆然としていた。


 馬鹿な。高田が、初手でパーを出す、だと……?


 ミツルの研究と、タケシの直感が敗北した瞬間であった。


 いいや、まだだ。あと、四つ。


 二人はゴクリと唾を飲み込んだ。


 さあ、二回戦だ。


「それじゃあ、先生はパーをまた出します」

「「――――っっっ」」


 この時の、二人の気持ちを代弁しよう。


 余計なことしてくれるんじゃねぇ……っ!


 ミツルのこめかみから、冷や汗が伝う。乱暴に手の甲でそれを拭って、ミツルは思考を回転させる。


 どんな難しい算数を解いた時よりも、英文を考える時よりも、速く、速く、速く!


 対して、タケシは開き直っていた。


 そう、タケシがこの世で最も信頼を寄せているのは、自身の直感である。


 タケシはこれまで思ったままに行動してきた。そのどれもはことごとくが上手く行き、そうして今の地位にいるのだ。


 そんな自分が、果たして直感以外の何を信じろというのか。


「最初はグー」

「「「ジャン、ケン――ポンッ!」」」


 ミツルとタケシが出したのは、それぞれパー。


「あら、ハルくん、タツくん。当たりですよ」


 そして高田は、パーを出していた。


「――……チッ」


 ついに、ミツルの口から舌打ちが飛び出た!


 ミツルの結論は、グーであった。それは、これまで高田はこの手の話で正直に出した試しがなく、また同じ手を二度連続で出すようなことがなかったからだ。


 それが、裏をかかれた。この、ミツルの思考が、劣っていた。


 ミツルは焦燥感に駆られ、右足の踵を上下させる。ちらりとタケシに目をやれば、タケシも何やら考えているようだった。


 そのままミツルの視線はプリンに向く。


 残りは二つ。チャンスは、はたして何回か。


「それでは行きますよ?」


 三度の高田の声。ミツルは気を取り直して、再び頭を回転させた。


 しかしそこでふと思う。


 ここで、頭脳を使う必要はあるのかと。


 考えて考えて、それでダメだったのだ。ならば、同じことをしていては意味がないではないか。二の舞ならぬ三の舞になりかねない。


 ならば、今日は試してみよう。


 ミツルは――瞼を閉じた。


 タケシはそれを見て、少し驚いたような顔をして、すぐに「考えて予測すること」に戻った。


 三回戦。


「最初はグー」

「「「ジャンッ、ケンッ、ポンッ!」」」


 高田が出したのは、チョキだ。


 対して、高く高く拳を上げている男が三人。


「では、ミツルくんと、タケシくんと、マヒトくんが残りですね。じゃあ、三人でジャンケンをしてください」


 ここで、三人……?!


 ミツルとタケシ、そして三人目のチャレンジャー。ダークホースマヒトは、それぞれ戦慄しながらも顔を見合せた。



 背は低めの一二五センチ。しかしその可愛らしい容姿とルックスから、マヒトもまたなかなかの人気者である。


 そしてマヒトはこの二人と、単純に仲がいい。タケシが人を集めて遊ぶような時、その中でもよくマヒトはタケシと話しているし、学校ではミツルの周りによく居るのを皆が知っている。


 そのマヒトが、今や敵なのかと。


 ゴクリと三人は喉を鳴らした。そして最初に手を出したのは、タケシだ。


 それに追随するように、他二人も利き手をもたげる。


 エクストララウンド。


「最初は、グー」


「「ジャン、ケン――ポンッ」」


 チョキ、チョキ――チョキ。


 三人とも息を飲む。そう、これだ。これがジャンケンの真骨頂なのだと、そう感じながら。


「ジャン、ケン、ポンッ!!!」


 グー、チョキ、パー。


「「ジャン、ケン――ポンッ!!」」


 パー、パー、パー。


「「「ジャン、ケン――ポンッ!!!」」」


 パー、パー――チョキ。


 二人は、肺に溜まっていた息を吐き出し、勝者へと賞賛の拍手をした。そして悔しそうに目を細めた。


 勝ったのは、マヒト。


「悪いね。これが、勝負だ」


 敗者はゆるゆると首を振る。当たり前だ。こんな公平で公正な勝負が他にあるのか。


 自分の席へ戻るマヒトを見送って、そして二人は顔を見合せた。


 最終決戦。


 腰を落として、右手を握って腰の横に添える。両者万全の構え。


 その二人の前に、一人。


「それでは、久しぶりに先生も混ぜて貰いましょうかね? ――そのために、自分のプリンも賭けているのですから」


 高田は満面の笑みで、二人を相手取るように立った。


 二人は了承の意味を込めて、渋々と頷く。筋は通っているし、まだ可能性が少しばかり下がるだけなのだから、無理に断る理由もない。


 何より、男として、立ち向かうのみ!


 高田が口を開く。


 ファイナルラウンド。


「最初はグー」


 ミツルとタケシも、勝利を願って叫んだ。


「「ジャンッ! ケンッ! ――ポンッ!!!」」


 結果は――


「また、私の負けですか……」


 高田の一人負け。


 教師高田は、これまでの無数の挑戦同様、勝てなかったことを嘆きながら、自分の椅子へと戻った。


 さあ、今度こそ最終決戦だ。


 両者向き合う。構える。さあ――勝者を決めろ!!


「「最初はグー!」」


「「ジャンッ! ケンッ! ポンッ」」


 パー、チョキ。


「いよっしゃあああああああ!」


 勝者は――ミツル。


「へっへー! 最後は俺が勝つんだよ!」

「んだとぉ?! お前、ようやく初めて勝てたのになんだそれ?!」

「へーん! 結果が全てなんだよーだ!! ざまぁみろ!」

「お前……! じゃあお前自分のプリン賭けろ! もう一戦だ! 俺も賭けてやる!」

「やだねー!」

「てめえええええ!」


 誰もが微笑ましげに二人を見守る、陽気な雰囲気の三年五組。


 その時、誰かのプッチンした音が聞こえた。

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