4人の死神

夢見男

4人の死神

死神とは 生死を司る 伝説上の神である


 「おい、お前には4人の死神がついておる」

 「……」

 ある日の学校の帰り道、少年はひとりで下を向いて歩いている。と、突然占い師風の老婆に声をかけられた。 

 少年の名前はケンイチ。小学校4年生だ。無口でクラスでは目立たない存在だ。

 老婆は、口と鼻を黒いスカーフでおおい、頭にはおそろいの黒いスカーフを巻いていて黒い服。目には、むらさき色のアイシャドウとつけまつげ。いかにも怪しげな格好である。

 声を聴くと老人だとわかった。

 ケンイチは、ヤバいと思い無視して、逃げるようにして急いで歩く。が、老婆も負けじと速い。老婆は続けて話し出した。


1人目の死神

 「1人目は、音楽の死神じゃ。お前は歌がヘタクソじゃ」

 「……」

 ケンイチは首をかしげた。最近学校でも私生活でも、ろくに歌など歌ったことはなかった。ケンイチは小さい頃から今まで、自分が歌を歌うのがヘタクソなのかもわからなかった。

 「歌を上手く歌えるようになれ。そうしないと大変なことになるぞ」

 ケンイチは老婆の目ぢからの怖さに震え上がり、すぐに信じてしまった。

 老婆は家の手前の曲がり角までついてきて、そそくさと去っていった。

 ケンイチは家に着くと、おもいきって両親に話すが、ろくに相手にされず聞いてもらえなかった。両親は自営で仕事をしていたので、とても忙しかったのだ。いつも両親に相手にされず、ケンイチは、いつしか家でも無口になっていたのである。

 唯一の救いは、タブレットを親から渡されていたことだ。ゲームやりたい放題。動画見放題。老婆に会うまでは、ゲームをしたりゲーム実況の動画をよく観ていた。

 ケンイチは歌の動画を検索した。童謡や学校で習う歌、はたまた今流行りの歌手の動画を観た。声の出し方、息つぎや強弱の仕方、歌っている時の表現方法を必死で学んだ。


 小学校の歌の発表会が近い。ある日の音楽の歌の授業中、ケンイチは、ウィーン少年合唱団なみの歌唱力と表現力で、恥ずかしさも捨て、一生懸命歌った。

 先生やクラスのみんなは驚いた。

 歌の発表会当日。先生に認められ最前列の中央へ。一番目立つ場所だ。 

 ケンイチは堂々とおもいっきり歌った。最初から最後までしっかりと歌いきった。

 大きな拍手が体育館に響いた。みんなの親は見に来ていたが、ケンイチの親は仕事が忙しくて見に来てはくれなかった。


 その日の学校の帰り道。いつもと変わらずひとりで下を向いて歩いていると、またあの老婆が現れた。

 「おう、そうか…… 音楽の死神はいなくなっておるぞ」

 「……」

 老婆の目は少し優しく見えた。ケンイチはホッとした。が、老婆はまたキリッと怖い目つきになった。今日もあの黒尽くめの格好で、目にはむらさき色のアイシャドウにつけまつげ。ケンイチについてきた老婆は、続けて話し出した。

 

2人目の死神

 「2人目は、体育の死神じゃ。お前は走るのが遅い」

 「……」

 ケンイチは首をかしげた。最近学校でも私生活でも、真剣に走ったことなどない。クラスの中では中の下くらいの速さだった。ケンイチは小さい頃から今まで、自分が真剣に走れば速いのかどうかもわからなかった。

 「もっと速く走れるようになれ。そうしないと大変なことになるぞ」

 老婆は家の手前の曲がり角までついてきて去っていった。

 ケンイチは家に着くとすぐにタブレットを取り出し、速く走るコツの動画を検索した。とにかく動画に出ていた足の上げ方、腕の振り方を頭に叩き込み庭で練習をした。


 体育の授業。運動会も近い。クラスでは、リレーの選手を選ぶため50m走のタイムを計った。ケンイチはオリンピック選手のような綺麗なフォームで走った。なんと、30人いるクラスで3位のタイム。ケンイチはリレーの選手に選ばれたのだ。

 先生やクラスのみんなは驚いた。

 運動会の練習では、ケンイチのチームは、6組中4位の成績だった。

 ケンイチはもっと速く走りたかった。おもいきってお父さんに相談した。お父さんは、今回は話を聞いてくれた。実はお父さんは学生時代、陸上部で種目は短距離走だったのだ。そして、速く走るコツを熱心に教えてくれたのだ。

 運動会当日。いよいよリレーの時間だ。この時間まで、全くやる気のなかったケンイチが動き出す。

 「いちについて、よーい」バン

 スタートした。4走目のケンイチ。3走目から4位でバトンを受ける。ケンイチは必死で走った。校庭の半周を勢いよく走る。3位の走者は目の前だ。最後の直線で一気に抜かす。5走者に3位でバトンを渡した。

 ケンイチのチームの結果はなんと3位。大きな拍手の中退場する。と、ケンイチは目を疑った。お父さんが見に来ていたのだ。

ケンイチはヘタクソな笑顔で、お父さんに手を振った。


 その日の学校の帰り道。ケンイチは相変わらずひとりで歩いている。が、特に何もない。歩いていると、家の手前の曲がり角にあの老婆は立っていた。

 「おう、そうか…… 体育の死神はいなくなっておるぞ」

 「……」

 老婆の目は少し優しく見えた。ケンイチはホッとした。が、老婆はまたキリッと怖い目つきになった。今日もあの黒尽くめの格好で、今日はむらさき色のアイシャドウ、つけまつげはつけていない。老婆は続けて話し出した。


3人目の死神

 「3人目は、給食の死神じゃ。お前は太っておる」

 「……」

 ケンイチは首をかしげた。実はケンイチは太っていた。足は速くなったがお腹が出ている。ケンイチは小さい頃から今まで、自分が太っているのかどうかもわからなかった。

 「お前は食べるのが早い。よく噛んで食べろ。あと好き嫌いをなくせ。そうしないと大変なことになるぞ」

 老婆はゆっくりと去っていった。

 ケンイチは好きな給食をいつもおかわりしていた。それも我慢。ケンイチはエサを食べる牛のように、とにかくよく噛んでゆっくり食べた。そして1ヶ月で、2kgやせた。

 ケンイチはもっとやせたかった。おもいきってお母さんに相談した。お母さんは今回は話を聞いてくれた。実はお母さんは料理が得意だったのだ。工場の食堂で働いていたこともある。そして、嫌いな野菜を食べやすいように料理してくれたのだ。

 その1ヶ月後、身体測定当日。ケンイチは前回の身体測定の時より、6kgやせた。なんと2ヶ月で6㎏やせたのだ。お腹は目立たなくなった。

 先生やクラスのみんなは驚いた。

 お母さんに身体測定の結果を話すと、頭をなでながらとても褒めてくれた。ケンイチはヘタクソな笑顔でお母さんを見上げた。

 

 ケンイチは4年生から5年生へ進級した。あの老婆はまだ現れない。

 ケンイチは4年生の間に、自信にあふれた立派な少年になっていた。歌が上手くて足が速い。体型もキープ。タブレットの使い方も変わった。ゲームはほとんどしていない。何事にも興味を持ち、気になったものはタブレットで調べる。物知りになりクラスでは人気者になっていた。

 ケンイチの変化に気づいた両親も変わった。家族のコミュニケーションが増え、今までよりも家族の会話が増えていた。


 学校の帰り道は、相変わらずひとりで歩いている。友達に誘われても断ってひとりで歩く。あの老婆に会いたい一心で。


4人目の死神

 午前4時。ケンイチは寝ていると、老婆が夢に出てきた。

 「おう、そうか…… 給食の死神はいなくなっておるぞ」

 「これで3人の死神がいなくなったな。おばあちゃんは全部見ておったぞ」

 「よくやった。これからは家族仲良く、安心して生きていけ」

 「ケンイチ君にはもう死神はついておらん」


 「4人目の死神は、おばあちゃんについとったようじゃ。じゃあな、ハハハ……」

 とても優しい目で、とても優しい笑顔だった。黒いスカーフをしていない、目にはむらさき色のアイシャドウをしていない、素顔のあの老婆だったのだ。ケンイチは思い出した。昔会ったことのある遠い親戚のおばあちゃんを。ひとりぼっちのおばあちゃん。風の便りでケンイチの様子を知っていたのだ。数少ない親戚のケンイチを心配してくれたおばあちゃん。残りの時間ケンイチに命をささげようと決心していたのである。

 おばあちゃんの死を察したケンイチは、ハッと起き上がり、最高の笑顔で一言、


 「ありがとう」        

                終わり

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