「愚直な少年」
なとり
第1話
ぼくはいわゆる「3 番目」だ。
「三びきのこぶた」とか「シンデレラ」とか「金のガチョウ」とか、そういった童話や寓話の「3 番目」というミームである。大抵そういった話では 3 番目が得をするように出来ているが、ぼくはその役割が昔から気に入らなかった。3 番目というだけでなぜぼくだけが救われるのだろう。たまたま後に生まれ、先人の顛末を知っているからそのような行動が取れただけで、ぼくだけが生まれつき極めて優れていたわけではない。単に物語のなかで「3番目」として登場したからそうなったのだ。物語を読んだ幼い長子のことを考えると居ても立っても居られない。
ぼくは今、自らの存在にアンチテーゼを突きつけたいと思う。それではこれから各物語に 1番目として介入し直すとする。大船に乗ったつもりで見ていてほしい。
① 「三びきのこぶた」
あるところに三びきのこぶたが暮らしていました。1 番目のこぶたはおうちを、
《ちょっと待ったーッ!!その物語、ぼくが『1 番目』として“介入”する!!》
…1 番目のこぶたはアメリカ陸軍の一個小隊の襲撃にも耐えられるレベルの頑丈なおうちを作りました。
《よし。これでみんな救われる》
そこへオオカミがやってきました。
「やい、こぶた、俺様を中に入れろ」
「やだね」
「いうことを聞かないとお前の家を俺様の鼻息でぷうぷう吹き飛ばしてやるぞ」
しかし現代のテクノロジーの粋を結集した頑丈なおうちはオオカミの鼻息程度ではビクともしませんでした。
「なんだこの家は。全然壊れないじゃないか。仕方がない、他の家を襲うとするか」
そしてオオカミは他のこぶたのところへ行き、鼻息でおうちを吹き飛ばしてきょうだいたちを食べてしまいましたとさ。
…まじかよ。こんなことになるなんて。まあでも次があるさ。
② 「シンデレラ」
シンデレラは、毎日義理のお姉さんたちにいじめられていました。
《その物語、わたしが“介入”する!!》
…お姉さんはシンデレラに言いました。
「シンデレラ、家事と畑の世話を私に代わって。あなたばかり働くなんて不公平だもの、これからは私が全て家のことをするわ」
「いいの?」
「もちろんよ。私は『お姉さん』だもの」
それからというもの、お姉さんは来る日も来る日も一生懸命働きました。その様子を見ていた魔女はお姉さんにガラスの靴を履かせ、素敵なドレスを着せ、カボチャの馬車に乗せてお城のパーティーに連れていってくれました。そしてお姉さんは予定通りに靴を落として帰ってきました。
《これで『1 番目』が幸せに暮らせる》
やがて靴の持ち主を探して、王子様が彼らの住む村にやってきました。
「この靴に合う僕のお姫様はあなたですか」
「はい」
「では靴を」
お姉さんは靴を履こうとしましたが、
「あれ?」
何故か靴が入りません。
「どうして?確かに私が落としたのに」
帰ってきてからも真面目に働いていたお姉さんの足は日々の労働で分厚くなり、土を踏み
しめていた骨格は平たく頑丈になっていたのです。
シンデレラは労働をしていなかったため、足は華奢のまま。
「あら、この靴、私にぴったりだわ」
「おお!君が僕の運命の相手だったのか!さあ一緒にお城に行って結婚式の準備をしよ
う!」
こうしてシンデレラは幸せに暮らしましたとさ。
…なんでこうなんだよ!くそ、次こそ見てろ!!
③ 「金のガチョウ」の場合
あるところに、夫婦と三人の息子がいました。
《“介入”するッ!!》
…1 人目は少々頭が良くなかったものの、とても親切でした。2 人目と 3 人目は利口でした
が、不親切で利己的でした。三人はパンとぶどう酒を持たされ、森に木を伐りに行きました。
すると老人が現れ、「食べ物を分けてください」と頼みました。
1 人目の息子は言いました。
「いくらでも分けてあげましょう」
《今度こそ 3 番目が得をしない話にしてやる》
そしてお礼に金のガチョウを得て帰ろうとしましたが、なにぶん頭が良くなかったので、後から来た兄弟の 1 人にガチョウを盗まれてしまいました。なんやかんやのやり取りの後、兄弟はお姫様を無事にもらって幸せに暮らしましたとさ。
…なんでやねん!!!
《…3 番目よ、聞こえるか。私は人間の集合的無意識だ。要するに神だ》
はい?
《君は自らの役割に反した行動を取ろうとした。しかし一番最後の者が愚直であるという筋書きは集合的無意識―つまり物語の類型そのものだ。理由は学者によって様々に考察されているが、まあ君のあがきは無駄だ。「3 番目」をやめた瞬間に君はその存在意義を失い、本当の「1 番目」となる。実は過去にも同じことをしたミームがいてな。結局アイデンティティを失う決断をした彼らが今「1 番目」になっている》
なんだって?つまりずっと永遠に、役割を。
《そういうことだ。君はどうする》
ぼくは、
「3 番目であり続ける」
《いい選択だ。何れにせよ構造を変えることはできないがな。人類のため、己のアイデンティティを全うせよ、愚直な少年よ》
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