第13話 国境破り
「誰かいるのか!」
父さんから聞いていたのとは別パターンにより、傭兵から誰何の声が上がる。
タロを見ると、頭を抱えて失敗を悔いているみたいだ。
状況は悪いがここでタロを責めても仕方がない。
タロの頭をワシワシと撫でながら、ジローさんと顔を見合わせて頷きあう。
「旅人だ! 今から出ていく!」
ジローさんが俺たちを先導するように、前へ出ながら声をかける。
騎士としての責任感だろうか、かっこいいな。
剣を抜き放ち、俺たちを取り囲むように広がりながら距離を詰めてくる傭兵達に、タロが姿を現した瞬間緊張が走った。
なんだ? 動揺してる?
「旅人だと? 獣人と一緒にか!」
「後ろにいるのは亜人のコボルトだ、獣人じゃない」
「ッスよ!」
亜人としてメジャーなエルフやドワーフですら、知らない人は知らない。
ましてや見た目は二足歩行の犬であるコボルトと、頭が獣で体毛が濃いだけの獣人の区別は難しいだろう。
獣人は身体能力も人間より高くて強い。
ゴブリン王国と並んでこの地域の人間種の主敵なので、コボルトに当たりが強くなるのも分からなくはないが……。
しかしこの反応、本当に国境警備だったりしたんだろうか。
「獣人が人間と一緒に旅なんてする訳ないでしょ~?」
「なんだこいつ⁉ 何かのモンスターか!」
フォローに入ろうとしたミアが、傭兵の言葉に凍りついた。
まあ知らなければ妖精に対しても、そういう反応になるか?
「妖精! 妖精さんだよ! 知らないの⁉」
「聞いた事もねえぞ!」
「いや……婆さんから昔話で聞いたような……」
「どっちにしろ真っ黒だろ、獣人に異種族だぞ」
「待て! 私はミノー王国に仕える騎士……見習いジロー・カステルだ! 手を出せば問題になるぞ!」
ジローさんの一声に、傭兵達の動きがピタリと止まる。
やっぱり権威って強いな。
この様子ならこのまま――。
っと隊長格だろうか、ちょっと落ち着いた雰囲気のおっさんが出てきた。
「ミノー王国の騎士見習いの方だそうだな。我々は獣人が少数の偵察などで内側を探らぬよう、依頼を受けてこの場を警備している傭兵団だ」
「この街道は人通りも多い、今までそういった事は無かった様に思うが……?」
「内側にあるミノーの方々であれば戦況に疎いのも仕方ないだろうな。先日バキラ王国の北で防衛に務めるシータ公国の騎士団、その3つの内の1つが壊滅した。当然バキラからは援軍が送られ、その結果サイト周辺の警備が手薄になったのだ」
前線に兵を送りすぎて、内部がスッカスカだから少数だと抜けてくるかもしれないって事か。
その事情ならいずれ立て直しが図られたら、傭兵団もいなくなるんだろうが。
今通りたい俺たちには関係ない話だなあ。
「こちらの同行者は妖精とコボルト、獣人では無い以上通してもらってかまわないな?」
「異種族については獣人の味方でない保証はない。エルフやドワーフであれば別だが……失礼だが、彼らを保証するあなたの身の証をお見せ願えるか?」
「あぁここに……え? いや、ちょっちょっと待ってくれ!」
ジローが鞄や服に慌てた様子で手を入れ、中を探る。
おいおい、まさか……。
「どうかされたか?」
「すまない……サイトで事故にあった際に落としてしまったようだ……」
「ほう……事故。その有様であればかなりの物でしょう、サイトに人をやって届け出を確認させましょう」
「いや……届け出は……しなかったんだ……」
「隊長、いくらなんでも怪しくないですか? 格好もボロボロですし本当に騎士なんですかい?」
雲行きが怪しくなってきた。
ダメになったのが服だけだからって、ウヤムヤにしたからなあ……。
さすがにジローさんも旅に替えの服は持ってきてなかったようで、馬車にはねられた汚れを可能な限り落とした服は、あっちこっち擦り切れたり破れたり。
ボロボロと言われても仕方ない姿だ。
騎士見習いとそのお供から、拾った服で騎士に成りすまし、怪しい異種族を連れた一行に格下げされた空気を感じる。
「いや本当だ、ミノー王都に私が従者を務める騎士パラディール様がおられる! 連絡を取ってもらえれば……」
「ミノーの王都⁉ 往復で何日かかると思ってんだ! 隊長! まとめて引っ立てましょう!」
「コボルトとか言ってんのも獣人の子供かなんかですよ!」
「言いがかりヒドくない? ちょっと見識ってもんを広げなさいよ!」
「お前が一番怪しいんだよ! 本当はモンスターだろ!」
「むっか~! ミアがゴブリンとかオークの同類だっていうの⁉」
真面目なジローさんには、この場を口先で切り抜けるのは難しそうだ。
さて……しばらくの間俺は会話に加わらず、ずっと黙ってた訳だが当然ボケッとしてただけ、何て事はない。
傭兵団が持ってる魔道具の数と種類と位置を確認、この後の行動に備えている。
「――事故の話は手間だが、場所と時間で目撃者から確認は取れるかもしれん。騎士見習いを名乗るカステル氏だったな。あなたと……そちらの少年は通しても良い。だが異種族は置いていってもらおう。」
「置いていかれたら絶対ヒドい目に合うッスよジロー!」
「さすがにそれは出来ない。一度サイトに戻りミノーの人間を通じて本国と連絡を取り、身の証を……」
「お前らみたいな怪しいのを逃がす訳ねぇだろ!」
「怪しくないってば! ミアもバキラの森にある妖精の学校に通ってたんだから! ちゃんと確認とれるし!」
「モンスターの育成施設⁉」
奴隷扱いされるコボルトであるタロを置いて行ったら、本当に何をされるか分からない。
あと脇で傭兵と口喧嘩してるミアは、気が散るから静かにしろ。
俺たち4人を扇状に囲むように展開している傭兵団。
数は12人、左右は森。
山道の中、広場の様な場所で警備しているので、動けるスペースはそれなりにある。
――その後方で傭兵の一人が唐突に倒れた。
「なんだ⁉ どうしたんだトム!」
「魔法か⁉」
「でもあいつら何も動きを取らなかったぞ?」
「見たか! 妖精さんに無礼を働くと呪いが降りかかるのよ!」
「やっぱりあいつらだ! やりやがった!」
背後に気を取られた傭兵達のスキをついて、魔法使い2人と繋がって思念を飛ばす。
『騒ぎを大きくする、タイミングをみて走れ!』
狙い目は傭兵達の端の方、能力の調子は絶好調。
上空からは倒れた傭兵が操っていた鷹が、急降下を開始していた。
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