取り残されたので仕方なく、開拓地へ追放されます。

桜泉

第1話 プロローグ

 王宮から遣わされた使者は、ほとほと困り果てた顔で、テーブルに残されていた書類を読み終わった。

 苛立ちを噛み潰した表情を隠しもせず、足元で跪拝きはいする家令を見下ろす。


及び、が、を完了している旨、承知した」


 使者が確認した書類は、アグリット公爵の不祥事で連座を免れた者たちの名簿と、それらの者の現在の身元引受人の証明書だ。

 この証拠をもって、罪人アグリット公爵の親族郎等は、連座を免れる。


 まったくの赤の他人。

 一切の交わりも関わりも無い間柄と、証明された。


「一族は縁を切り、細君は息女ふたりを連れて、昨日の内に婚姻解消が成立している。仕方がない。唯一残っていたのが庶子である貴様であろうと、連座に服する一族郎等に変わりはない」


 仕切り直した使者の顔は、どう見ても呆れ果て、その上で途方に暮れている。

 絞り出す勢いで長々と息を吐き、険しい顔をあげた。


「本来なら一族残らず投獄し、極刑に処するところではあるが、恐れ多くも偉大なる創世王の血脈を、無碍に途絶えさせるわけにはいかぬ。輝かしき太陽の君、国王陛下の温情にて、次代の存続を許すものである。降爵と領地替えを持って罰とする」


 お荷物でしか無い一族を庇護してきた公爵家の当主が、庶子以外から見放されるなど、前代未聞だろう。

 使者が面食らうのも頷ける。


「メイベル・アグリット。開拓地への追放に加え、爵位の授与をもって貴様を女男爵バロネットに命ずる。即刻この屋敷から退去し、ユノン砦へ向かえ。貴様の現地到着をもって、ユノン砦の所有権をに移譲する。男爵位に降格された意味を、しっかりと理解せよ」


 誰もいない荒れたアグリット邸に乗り込んできたのは、ローランド連合国の人族国、アスラット王国の騎士だ。

 ちなみにアグリット公爵家は、建国王アスラットの王弟の血筋だったりする。


「今後二十年の間に開拓した地所は、貴様の領地とみなされる。今度こそ、爵位に恥じぬよう、王国に尽くせ。そして国王陛下の温情に、感謝せよ。なお、アグリットの家名は断絶された。以後、名乗る事は許されぬ。貴様に許された家名は、貴様の母方の姓である。貴様の母方の家名を名乗り、この誓約書に署名せよ」


 家名が断絶する。

 今後数百年経っても、アグリットの汚名がすすがれる事はないだろう。


「…母の姓は、シルウェードと申します」


 メイベルは誇りを込めて、はっきりと名乗りをあげた。

 これは名門だったアグリットに対する、決別だ。


「承知した。戸籍部へは我が責任を持って届け、手配手続きを行った後、陛下に奏上する。では、こちらを受け取れ。これを紛失した場合は、すべてが白紙に返り、平民に落ちると心得よ」


 受け取ったのは、本のように開いた命令書だ。


 内側に挟んだ書類は開拓地の拠点。ユノン砦の所有権と権利目録、及び国王の花押かおうが押された証書。それに、簡素な地図と開拓民の身分証カード

 公爵位を剥奪した後に、改めて男爵位を授けた証明書も。。


「……有り難く、お受け致します」


 双方ともに、致し方なしの授受である。


 この瞬間。メイベルは、女男爵バロネットシルウェードとなった。

 帰って行く使者の背中を玄関で見送って、深く深く肩を落とす。


「では、わたくしも失礼いたします」


 メイベルの返事など必要ないとばかりに、家令は大量の荷物を乗せた馬車に乗り込んだ。


 ほんとうに、アッと言う間の出来事だった。

 呆気にとられるメイベルの前には、車輪が舞い上げた枯れ葉が残る。


「どうして、こうなった」


 お家が取り潰されようと、すきっ腹で立ち尽くそうと、朝から起こった一連の出来事より、父への処分に頭を抱える。


「どんなふうにトチ狂ったら、小心者の父さまが、国庫なんぞに手をつけるのよぉ〜 」


 誰もいなくなったアグリット邸に、か細い遠吠えが消えていった。

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