Farewell, my F
隅のゴミ箱はいっぱいで、捨てきれなかった血色の紙屑が蓋の上に山積み。時間に抗えず「女」の身体になって何年経っただろう?
父に弄ばれ、母に疎まれ、妹に嫌われた。小五の頃には、自分が自分で居られる場所なんて無いと悟った。
黒が好きだった。まっくろくろすけと揶揄されても、身の回りの物を全て黒で揃えていた。ずっと黒が好きだった。だから、母譲りの茶色がかった髪と目が大嫌いだった。
いつの間にか、これは始まった。違和感しか無かった。一種の都市伝説のように思っていたから、自分がそうなるなんて考えてもいなかった。
ああ、自分がそうなんだと。そう諦めた途端に、激しい吐き気に襲われた。嫌だ。自分は女なんかじゃない。女なんかじゃないのに。
病院に行く事を、両親は許してくれなかった。生きていけるわけがなかった。この親に生まれたことが間違いだった。
座面に座り込んで、黒いビニールのかかった現実を見やる。気色の悪い臭いがそこらに漂っている。パッケージの猫は首を傾げていて、それだけは心のゆとりだった。
痛い。自分の中に鎮座する子宮が痛い。苦しい。違う。こんなの要らない。
ただ素直に生きていたいだけだ。そうだったはずだ。幼くして捻くれてしまった性根を、どうにか握り潰して生きてきた。
もう疲れた。歩くのも止まるのも、息をすることさえ面倒だ。本能の為だけの穴が空いたまたぐらから、決して美しいとは言えない濁った血液が流れ出る。そのまま立ち上がれば、床は赤い海と化すだろう。
どうせなら、いっそ華々しく散ってしまおうか。この赤を、そうだ、自分への手向けの花にしてやろう。畦道に群生した夢のような花を思い浮かべて、手首に当てていたカッターをそっと腹部に伝わせた。
「生まれ変われたら、ちゃんと生きたいなぁ。」
今度こそ、自分の体で。ずっと使わなかった一人称を、最初から使わなくていいように。
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