第3話悩める人達を救うお節介

 翌日、海の公園で自分の定位置と呼べるようになった場所で、のんびりと冷やかし組と酔っぱらいのお客の相手をしていた。

 そんな時、一人の女性が何か思い詰めた様な顔をして、目の前に立っていた。

(やばいな、これは悩み事だ)

 悩みを持ったお客の相手はした事が無かったので、面倒なのは御免被りたい。出来うる事ならば、もう閉店ですと言いたかったが、今更言えないなと覚悟を決めた。後は悩み事を丁寧に聞いてあげれば良いんだと思い直しその女性に声を掛けた。

「いらっしゃい、何かありましたか?」

「実は…」

「大丈夫ですよ、当たるも八卦、当たらぬも八卦ですよ」

「はい、実はある男性を好きになってしまいました。明るくて優しい男性です」

「それで、どうかしましたか?」

「その男性は、残業していたりすると、大変だね、頑張ってねと言ってくれたり、お茶を入れたりすると、このお茶美味しいよ、ありがとうって言ってくれたりします」

「ほう、いいじゃありませんか」

「でも、私は無口で暗い性格なものですから、周りから少し浮いてしまっている感じなのです。それに、彼の周りには何時でも多くの女性が取り囲んでいるのです。だから、私がいくら好きになっても無理かな?と思っているのです。やっぱり、駄目でしょうね」

 彼女は幼少期より、友達と遊びまわるよりも、家に居て本を読んだり、詩を書いたりすることが好きで、暗い子と思われていた。そのせいか、大人になっても、周りに馴染めずに一人でいる事が多くなっていた。


 (これは困ったぞ、あまり適当な事は言えない)

 と思いながら彼女の顔を見た。ストレートヘアで黒縁眼鏡、化粧っけ無しの顔、口紅も無し。それでも、その素顔は十分に美しいと思わせる顔立ちだった。

「それではここに、貴女のお名前とお相手のお名前を書いて下さい」

「サチコさんとお読みするんですか」

「はい、サチコで彼はミツオです」

「彼は営業職ですか?」

「はい、そうです」

「なるほどね、この方は、中々優秀な方みたいですね。性格も良いし、社内での上司の受けも良いでしょう。パット見ただけでは何とも言えませんが、彼は派手な感じの女性が好きなようですよ」

「派手な感じですか?」

「はい、そうです。接待で行かれる事が多いみたいですね。そこの女性たちの巧みな話術に、惹かれてしまったみたいですよ。だから、社内の女性達がいくら、頑張っても駄目でしょうね」

「そうですか…」

「それと、これは余計なお節介かもしれませんが、気になるのは彼ではなく貴女のほうです」

 話しながら、やばいぞ何を言ってるんだ、お前はただ話を聞いてあげればいいんだぞ、話をする必要はないんだ。そう思う心とは裏腹に、勝手に口が言葉を発し続けていた。

 その言葉に、訝しそうにしながら、

「私の事と申しますと、どんな事でしょうか?」

「貴女は優秀な方だと思います。会社にとっても必要な方ではあるんですが、余りに地味すぎるんです。地味が悪いと言ってるのではありません。ただ。その地味さが、折角の貴女の存在を消してしまっているんです。

 ま、本人が今迄意識したこともなく、周りからも言われた事が無かったからかもしれないのですが。

 貴女は、ご自分の美しさをご存知ありません。今迄にそう思ったことはありませんか?」

 その質問に戸惑いながら

「そんな事思ったこともありません」

「そうですか、それじゃあ一つ提案なのですがよろしいですか?」

 占い師からの提案におどろきながらも

「私に提案ですか?」

「そうです。そのうち美容院に行く事があると思いますが、その時、今の髪形を変えてみませんか?次回、美容師の方にお聞きになれば、貴女にお似合いのヘアスタイルが分かると思いますよ。それと、その眼鏡ですが無くては不便ですか?」

「いえ、外しても仕事にも、普段の生活にも、それ程不便は感じません」

「ならば、その眼鏡も外しましょう。そして、綺麗な顔をしているんですから、薄くて良いんですがお化粧をしましょう。ルージュもね」

「そうすれば、何か変わるんですか?」

「必ずとは言えませんが、良い事が押し寄せてくるような気がするんです。そうすれば、今の悩みも解決すると思います。いかがでしょうか?しばらくの間、そうされてその時を待ってみませんか?」

「はい、…それじゃあ、言われたお化粧とかをして少し待ってみます」

「当たるも八卦、当たらぬも八卦、吉報を待っていますよ」

「はい、ありがとうございました」

 彼女の暗く見えた後姿は、最初に見た時と違って、少しだけ、心が動き出したように見えた。


 それから何組かのお客をこなした頃、真面目そうな若者と派手目な感じの女性が目の前に現れた。今迄デートして来て、これからお店に行くんだな、などと考えながら


「そこの美男美女のお二人さん、いかがですか?」

「ねえ、占ってもらおうか」

「いいけど」

「今迄デートしてきたんだけど、二人の相性はどうか見て欲しいんだけど」


 男性は食いつかれるんじゃないかと思われる程、前のめりになっているが、女性はこの人何言ってんのというような、醒めた顔で男を見ていた。

「はい、当たるも八卦当たらぬも八卦。お二人の相性ですね。」

 書いてもらった名前と、生年月日を見ながら、(此奴可哀そうに)という思いがこみ上げて来た。そのせいか、思わぬことを口走っていた。

「相性はですね、悪くはないんですが、彼女美人でしょ!競争相手もかなり多くの方がいるみたいですね。よっぽど頑張らないといけませんね」

「そうですか?それでも僕は頑張ります」

 彼氏はちょっとがっかりしたような顔をしながら、じゃあといいながら席を離れた。彼女は怖い顔をしながら、

「あんた、これで彼奴が離れたりしたら、海に浮かぶよ!」


 そう言い残して、彼の許へ歩いていった。

彼女に(海に浮かぶよ)といわれた瞬間、背筋がすーっと寒くなり、暫く荒い呼吸が収まらなかった。余計な事を言ってしまったと後悔したが、彼への憐憫の情が募り、思わず口にしていた。おお怖っ、少し注意しないとやばいぞ、と肝に銘じながら、帰り支度をしていた。


 この海の公園という場所が良いせいか、一日の売り上げも順調に伸びて来ている。後は余計な事を言わないように注意すれば、何とか暮らしていけそうだ。

 それから、海の公園の定位置に見台を置いてお客を待っていると、凄い美人と好青年の男性が見台の前に立った。

 以前派手目の美人を怒らせて怖い思いをしていたので、当たり障りのないようにしなきゃと用心していた。


「こんばんわ、おじさん」

「はい、いらっしゃい、当たるも八卦当たらぬも八卦、どうしました?」

「あれ?分からないの?私、私です」

 私と言われても、沢山の女性と話をしているので、思い出せなかった。

「すいませんね、この頃物覚えが悪くなっちゃったみたいで、どちらの方でしたでしょうか?美人の方は多いので、はい」

 ここでまた頓珍漢な事を言って、怒らせてしまっては不味いと思いながら、その美人の顔をよ~く見てみた。

「分からないみたいね。私の事」

 よ~く見てみると、何処か最初の頃に話を聞いた、暗い顔をしていた女性によく似ていた。

「あのう、サチコさんですか?」

「そうよ、サチコよ」

 薄化粧ではあったが、以前とは比べ物にならないくらい、美しくなっていた。

「これは珍しい、どうしたんですか?」

「ここに来た時、おじさんに色々アドバイスをもらったでしょう、覚えてる?」

「アドバイス?はい、はい、勿論覚えていますよ。ただ、あの時と今日とでは、随分と感じが違っていましたので、失礼をいたしました」

「いいのよそんな事。今日はおじさんに報告に来たの」

「何の報告ですか?」

「先ずは紹介するわ。私の婚約者、礼二君です」

そう言われた好青年の男性が、

「三上礼二です。サチコさんと婚約できたのは、どうやら貴方のお陰みたいですね?」


 婚約?海に浮かぶよって話じゃなくて、よかったと、ほっと胸をなでおろした。

 好きだった男に(ひどい目にあったの、どうしてくれるの)なんて事だったらと思うと、首筋に冷汗が滲んで来た。その気持ちを隠そうと愛想笑いをしていると、

「あの時おじさんは、ミツオさんが派手好きだとかって言っていたから、美容院に行ってセットしてもらい、少し派手目のお化粧をしてもらったんです。でも、これは私じゃないって思って、ほんの少しだけど、薄いお化粧をしたんです。でも、ミツオさんからは何もなかったんです。

 しばらくして、お客様にお茶をお出しして、と言われてお出ししたんです。そのお客様が礼二さんだったんです」

「僕の通っていた会社にこんな美人がいたなんて知りませんでした。一目ぼれでした。それから、猛アタックです。そして、やっとOKを貰いました。貴方が、髪形を変えて、眼鏡を外して、少しでいいからお化粧すれば良いって言ってくれたそうですね。見事に、はまっちゃいました。それで、お礼が言いたくて来ました」

「おじさんも言ってましたよね、(当たるも八卦当たらぬも八卦)だって。占いなんて当たる訳ないって思っていたけど、誰かに聞いて欲しかったんです。おじさんに話して大成功でした。今とっても幸せです、ありがとうございました」


 以前の彼女はストレートヘアに黒縁眼鏡、

化粧っけ無しだったが、今は、前下がりショートボブ、そして清楚な感じの薄化粧、凄い美人になっていた。少し化粧をすれば美人になるとは思っていたが、これ程目を見張る美人になるとは思ってもみなかった。

「いやあ、それはおめでとうございます。海に浮かぶなんて話じゃ無くて、本当に良かったです」

「えっ?海に浮かぶ?って何の事ですか?」

「いえっ、こちらの話です。でも、本当に良かったですね。私のアドバイスも偶には当たるんですね?」

「偶に、なんですか?」

「いや、まっ、そんなもんです」

「偶にでも、おじさんの言う通りにして良かった。こんなに幸せになれたんですから。これからも、私のような人を幸せにしてあげてください」

「そんな力はありませんよ。全て、貴女の努力の賜物ですよ」

「ありがとう。それじゃ、これで」

「はい、お幸せに!」


 やっぱり、人の幸せそうな顔を見るのは良いもんだ。しがない営業マンやってるより、こっちの方が正解だったかもしれない。毎日毎日、今日の売り上げは幾らって、それだけをづっと考えて生きてきた。数字が上がった時は、君は優秀だね!で、数字が上がらなければ、君は何を考えて生きているんだ、少しは頭を働かせろ!これの繰り返し。会社にも随分と貢献してきたつもりだったけど、必要が無くなれば、それでお払い箱。虚しいもんだ。只、俺もそれなりに幸せだった。それは会社のお陰でもあった。中々難しい。

 その後、大きな問題もなく日々が過ぎて行った。このまま占い師を続けていくのも悪くは無いかと考えたり、何れは営業マンに返り咲くという思いも捨てきれず、消化不良のまま時が過ぎて行った。

 また、何時ものように海の公園に見台を出し、良いお客を待っていた。すると、真面目そうな若者と清楚な感じの可愛らしい女の子が、前に立った。よっしゃ!かもが来た。そう思い、(当たるも八卦当たらぬも八卦)と声を掛けた。適当に旨い事を言っておけば、それで喜んでくれる。今日も一稼ぎ、一稼ぎと思いながら、ふと顔をよく見ると、以前派手目な感じの女性と一緒だった若者だった。今日は相手が違うなと思い、どうしたらいいものかと考えていると、


「おじさん、僕の事覚えてますか?」

「以前、一度お見えになりましたよね?」

「はい、そうです。あの時、競争相手も多く相当頑張らなくては無理って話をされて」

「いやあ、その時は失礼いたしました」

「いえっ、あの時ああ言ってもらえて良かったんです。あの後、目が覚めたんです」


 不味い、海に浮かんでしまう、そんな思いが頭に浮かんで来た。あの女の人が来ませんようにと願っていた。


「彼女には、なんとか許してもらいました。その後、仕事に精を出していましたら、彼女と知り合ったのです。」


 良かった、海に浮かばずに済んだ。


「いやあ、清楚さと可愛らしさがあって、素敵なお嬢さんですね」  

「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。今日は報告とお礼を言いに来ました」

「そんな事する必要なんて、全然ありませんよ」

「でも、気持ちですから。おじさんは、他の人にもああいった話をするんですか?」

「正直なもんですから、はい」

「正直か、それで良かったんですね。客の気分を良くしようと、適当に言われていたら、大変な事になっていました。これからも、私のような人を救ってください」

「救うなんてとんでもない。偶々うまく行っただけですよ。私にそんな力はありませんから」

「そうなんですか?それでも良いと思います。事実、僕を救ってくれた上に、素敵な女性に巡り合わしてくれたんですから」

「買い被りが過ぎるようですが、喜んでくれているなら嬉しい限りです」

「それで、また占って欲しいんですが」

 その言葉を聞いて思わず、

「貴方は、貴方自身の気持ちに自信がないのですか?また、彼女の気持ちを信じられないのですか」

「いえ、そんな事はありません」

「ならば、占う必要なんてないんじゃないですか?大切なのは、お互いの気持ちなんじゃないでしょうか?」

 彼は私が言い終わるのを待たずして、

「ははは、ははは、やっぱりそう言いましたね。占ってくれと言ったら、そう言うと思ってました。今時珍しい占い師ですね。適当に言っておけば、それで見料がもらえるんですから。大抵の占い師は喜んで、占うふりして見料を貰いますけどね」

「はは、そうしない変わった占い師がいても良いでしょう」

「そうですね。それでは、これで失礼します。ありがとうございました」

「お幸せに」


 自分のしているいい加減とも思える事で、救われたと思ってくれる人達がいるなんて思ってもみなかった。やって良かったと思っていた。あの事件が起こるまでは。

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