第10話 公爵令嬢、シルヴィア・セプテンバーの話・9



「馬鹿言うな。悪ガキ」


 仰向けになったハリーは、唇を尖らせて不機嫌そうに言う。拗ねたようなこの顔は、ものすごく照れている時の顔だ。

「馬鹿な事なんて言ってないし! ハリーはどうして私の事をそうやって子供扱いするの?」

「子供だからだろ」

「もう子供じゃない! 妊娠だって可能な身体よ?」

「可能なだけで、まだお前の体は幼いんだよ。まだ子供なんだ」

「子供じゃないったら! 私だったらハリーなんて余裕で落せるって教えてもらったもの!」

 ハリーのお腹に座り込んだまま、制服のボタンをはずす。ぷちぷちと音を立てながら露わになっていく私の上半身に、ハリーが目を見張った。

「やめろ」

「やめない」

「こ……の!」

「きゃ!」

 ふわりと身体が持ち上がり、あっという間に後ろから抱きしめられていた。ボタンをはずしていた両手が、ハリーの片手で押さえられ、抵抗して捩ろうとしている上半身は、きつく拘束されてしまった。

「余裕で落せるとか言った馬鹿はどこのどいつだ?」

「お母様とお義母様」

「ああいう悪い友達と付き合うんじゃありません!」

 産まれてからの付き合いのある実母に、ハリーと結婚したら義理の母親になる、もう十年ぐらい付き合いのある方だ。そして、友達ではなく親である。

「私の胸、まだ小さいけど、揉んでもらったら大きくなるって、他の友達も教えてくれたわ!」

「どこのどいつだあああ!! まさか、今度は、爺とか言わないよな!」

「ううん。ひとつ下のご令嬢」

「貴族の女は、みんな狂ってるのか!?」

「ねえ~、駄目?」

「おい、お前、昔の約束、忘れたのか?」

 頭の上で、怒ったようなハリーの声が響いた。昔の約束。小さい頃は色々な約束をしたので、いちいち憶えてないわ、と言えたらよかったのだけれど、多分、アレだろう。獣みたいに鼻息を荒くしてぐいぐい迫ったりしたら、即刻婚約破棄。ぶるっと身体が震える。逃げようと力んでいた身体から、力を抜き、背中のハリーに身を預けた。

「…………媚は売ってないもん。ハリーが嫌がると思って、流行の香水だってつけてないし。それに、婚約破棄するって宣言したのはハリーだけで、私は納得してなかったし」

「クソガキが…………」

 大きな溜息。ちょうど耳元にあたり、くすぐったくて身を捩る。大人のキスはよくて、どうしてその先は駄目なのか。婚約者に揉ませて、いい感じに胸を育てているご令嬢だっているというのに。

「じゃあ、胸を揉むだけ! 今からちょっとずつ育てるの、どう?」

「……そんなちっちゃい胸、揉む気にならない」

「失礼ね!!」

 こういう胸が好みな男性だって、多いというのに。実際、いやらしい目で見てくる男がいるのだ。先程の犯罪者の目を思い出し、身震いする。嫌なものを思い出してしまった。

「子爵家の奴のこと思い出して震えてんだろ? 今日は怖い思いをしたんだから、そろそろ寝ろ」

「そういう察しのよい時もあるのに、どうして私が抱いて欲しい気持ちとかはわからないフリをするのかしら」

「結婚前だからなぁ」

「結婚するのは決まってるじゃないのよ!」

「大人になってからの御楽しみだ。早く大きくなれ」

「もう子供じゃないのにいいいい!!」

「おやすみ、クソガキ」

「…………あッ」

 抱き上げられる瞬間、ハリーの手が私の胸に触れ、二、三度軽く揉まれた。ぷにぷにと揉んだ後で、ハリーが噴き出す。

「貧乳」

「なッ!」

「あと二年、せいぜい女嫌いの俺が欲情できるよう、色気を勉強しておくんだな」

「色……ッ!」

 素早く私をベッドに寝かせ、上から毛布をかけてくれたハリーは、にこりと笑ってキスをしてくれた。頬をそっと撫でて、部屋を出て行ってしまう。何か言ってやりたかったが、心臓が壊れるかと思うほどドキドキしていて、口を開く事も出来なかった。





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