禁断の協力者

私は緊迫した状況に追い込まれていた。


ビルの中には私と立てこもり犯。そして、外には警察と野次馬の群れ。


犯人は私のこめかみに拳銃を当て、二階の窓から警察に向かって、ドスの利いた声で叫んだ。


「少しでも変な動きを見せたらこの女を殺すぞ!」


空っぽのフロア中に犯人の声が響く。私以外に人質はいない。


ロープで縛られた両手両足。こめかみに冷たい銃口。


体が小刻みに震える。言葉が出ない。


何か言葉を発しようものなら撃たれるに違いない。


犯人は先ほど言っていた。


目的は金だ、金を持ってこい、と。


お金さえあれば解決するんだ。


早くお金を持ってきて私を解放してほしい。


なのに、警察はいまだやる気があるのかないのかわからない説得ばかり続けている。


犯人は集中力を切らしたのか、私を連れてフロアの中に入っていった。


「あいつらはダメだ。全く金を持ってくる素振りがない。」


これは私に聞いているのだろうか?それとも独り言だろうか?


「お前もそう思うだろう?」


私に聞いていた。私には一切の油断も許されない。ここで返答を間違えようものなら、命の保証はない。


「は………はい。」


「そうか、お前もそう思うか。」


男は先ほどの怒りに満ちた表情とは打って変わって、落ち着いた様子だった。


警察への態度は演技だったのでは、と疑うほどだった。


男はフロアの奥にコーヒーサーバーがあることに気付いた。


「コーヒー、飲むか?」


「は………はい。」


変に抵抗してしまうと、犯人が逆上するかもしれない。


私ができる返答は「はい」しかなかった。


男は私が逃げないように時々こちらを振り返りながらコーヒーを入れる。


私は縛られているのでどっちみち逃げられないのだが。


「ほらよ。」


「あ、ありがとうございます。」


男は私の両手両足を縛るロープを切った。


私たちは椅子に座り、コーヒーの入った紙コップを手に持った。


紙コップから湯気が立ち、コーヒーの香りが鼻を通り過ぎる。


私はコーヒーを一口すすると、口の中にほろ苦い味が広がった。


この緊迫した状況が嘘のように感じられた。


まるで仕事の合間の昼休憩だ。


「俺には金が必要だ。」


男もコーヒーを一口飲み、リラックスしているようだった。


今なら何でも聞ける気がした。


「ど、どうしてそんなにお金が必要なんですか?」


「ん?ああ、俺には病気の子供がいる。難病だ。」


男はポケットから携帯電話を出し、画面を見ながら答えた。


「必死に働きもしたし、周りの奴らから金も借りた。だが全然足りない。だからこうして警察に金を持ってきてもらおうってのに、なんだ、あいつらは。」


二人の会話を断ち切るように、窓の外から警察の声が拡声器越しに響いてきた。


「こんなことをして、君の母親は泣いているに違いない。」


「うるせぇ!!」


男は急に立ち上がり、空に向かって銃を一発放った。


私は驚き、男の急変に体が縮こまった。


すると、ふと男の携帯電話が視界に入った。


男が立ち上がった拍子に携帯電話を落としたようだった。


画面の中で、男の子がベッドで横たわっていた。


男はこちらに近づいてきた。


「見たのか。」男はこちらを睨んで言った。


「す、すみません。偶然。」


「ああ、そうか。」


男は携帯電話を拾い、ポケットにしまった。


「あ、あの、私、手伝います。」


「何?」


男は平常心を装っていたが、驚いているように見えた。


「私が、お金を持ってこさせるように、あの人たちを、説得します。私は、お金があれば、解放されるので、怪しまれることは、ありません。」


男は少し考えた後、私に告げた。


「………そうか、いいだろう。」


私は彼と協力することにした。


彼は私に拳銃をつきつけ、警察に向かって叫ぶ。


「説得なんて無駄だ!金と逃走用の車を用意しろ!」


「助けてください!お金を、お金を用意してください!お願いですから!」


さっきまで説得をしていた警察は少し考えた後、拡声器を再び手にした


「………いいだろう。金を持ってくる。その代わり、彼女に危害は加えるな。」


10分後、車が到着した。


トランクから1000万円相当が入っているバッグが見えた。


私と彼はビルの外に出た。


彼は私に拳銃を突きつけ、車に向かって歩いていく。


警察とは一定の距離を保っていた。


「近づくなよ!近づいたら撃つからな!」


彼が車の鍵を開けた。


次の瞬間——。


「今だ!確保だ!」


車の陰に警察がいた。


警察と彼が揉み合っている。


「放せ!」


他の警察もどんどんこちらに集まってくる。


このままだと彼が捕まってしまう。


「な、何をするんだ!」


「今よ!お願い!逃げて!」


「助かったぜ!恩に着る!」


彼は運転席に乗り込み、間もなく車は発進した。




私は今、取り調べを受けている。


「なぜ犯人に協力したんだ!グルだったのか!」


「………彼には病気の子供がいたんです。」


私はビルの中で起こったことを警察に話した。


「金が必要っていっても相手は強盗だぞ!!君が何をしたかわかってるのか!」


「………。」


私には返す言葉がなかった。


確かに強盗を逃したのは私。


しかし、彼は病気の子を助けるためにお金を必要としている。


果たして、どちらが正しいのだろうか。


しばらくして、もう一人の警察がやってきた。


「警部。犯人について調べたところ、男は結婚歴がなく、妻も子供もいないそうです。」


私は衝撃を受け、言葉を失った。


まさか。


なら私が見たあの子供は——


「聞いたね?男には子供なんていないそうだ。また、君が行った公務執行妨害については——」


もう一人の警察が口を挟んだ。


「警部。そのことについてですが、彼女は『ストックホルム症候群』の疑いがあります。」


「何?」


私は次から次へと流れてくる情報が頭に入らなかった。


彼に妻も子供がいないことでさえいっぱいだった。


まれにあるのですが、今回のような命を脅かすような状況で、犯人に協力的な行動をとる人質がいるという報告を聞いたことがあります。」


「わ、私は病気なんでしょうか!?」


「いいえ、病気ではなく、立派な生存戦略です。誰にでも起こりうることなので、心配しなくても結構ですよ。」


「よかった………。」


その後、逃走した男は逮捕されたとの報道を聞き、今私は平穏に暮らしている。

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