分煙シェルター

※この物語はフィクションです。実在する人物、団体などとはいっさい関係ありませんが、タバコは20歳になってから。


「すみません、当店は禁煙となっております。」


「あー・・・、まあいいや。分かりました。」


男は胸ポケットに入れていた手を離した。


「ちぇっ!喫煙者にとってますます世知辛い世の中になってやがったぜ!なあ?」


「まあまあ、落ち着いて。俺たちもタバコの煙で周りに迷惑かけているんだから、

少しは周りに気を使わないと。」


「最近喫煙スペースが確保されたって言われてもさぁ、移動が面倒なんだよなぁ。

ただ、ちょうど喫煙所が減ってきた時期だったから、どうなるかと思ったぜ。」


「本当だよな。」


近年政府から、全国で喫煙スペースを確保するという発表がされた。


政府が用意した地下シェルターに入り、そこを喫煙所とするルールにしたのだ。


そのシェルターを、分煙シェルターと呼ぶ。


分煙シェルターへ向かう経路は、駅やトイレの近くなど各地に設置され、

どこからでも入れるようになっていた。


これにより、喫煙・禁煙区域を指定する手間と、喫煙者がわざわざ喫煙可能かどうかを確認する手間を減らすことができた。


地上を全て禁煙にし、分煙シェルターを全て喫煙にすればシンプルだ。


「夕食が終わったら一服どうだ?」


同僚は、人差し指と中指を口に持っていき、タバコを吸うジェスチャーをした。


「いいね!」


男たちは会計を終え、分煙シェルターへ向かった。


シェルターには、仕事帰りに一服するサラリーマンたちが大勢いた。


「くぅ~!やっぱ、汗水垂らして働いた後のタバコはうめぇ~!」


「全くだな。僕らはオフィスワーカーだから、汗は流してないんだけどね。」


「そう言えばお前の奥さん、大丈夫か?」


「何が?」


「ほら、この間禁煙令が出たって言ってたじゃねぇか。子供もいるし、健康が心配だからって。」


「あー。大丈夫だよ。ほら、ここに来るときに完全防備されていた部屋があっただろ?

タバコを吸った後にあの部屋に入ると、服とか体についた匂いを完全に取り去ってから外に出られるようになってるんだ。」


「へぇ~!そうなのか!」


「ここから出る煙もあそこでカットしているから、煙が地上に出てくることはないんだ。」


「ま、俺は独身だから別にどうでもいいけどな。」


「君も早く嫁を貰ったらどうだ?」


「だっはっは!」


男と同僚は談笑を終え、地上に上がっていった。


空気清浄を行い、体の匂いをすべて取り去った後だった。


「ほぉ~!本当に匂いが消えやがった!」


「だろ?これなら嫁にバレずに済むよ。」


男は同僚と別れを告げると、自宅へ向かった。


「ただいま~。」


「あなた、おかえりなさい。」


「パパー!おかえりー!」


「おお、いい子にしてたか?」


「うん!」


「もう、この子ったら、明後日のピクニックが楽しみで楽しみで仕方ないのよ。」


「おお、そうか。もう明後日か。早いな~。」


明後日は休みの日。家族全員でピクニックに行く予定だった。


「安心したわ。」


「何が?」


「ほら、あなたって、私が子供を産む前はタバコを吸っていたでしょ?」


「あ、ああ。」


「子供ができてからはちゃんと禁煙できてるみたいで安心したわ。」


「・・・。」


どうやら喫煙を続けていることに気付かれていないようだ。


そもそも、喫煙の問題は副流煙だ。


そのせいでタバコを吸いたくない周りの人にまで害が及んでしまう。


自分に害があることを承知で吸うのは問題ないが、周りの人も巻き込むなんで冗談じゃない。


しかし、その問題は分煙シェルターの空気清浄部屋で解決していた。


男は、妻と子供には一つも迷惑をかけていないつもりだった。


次の日、男はいつものように出勤していた。


いつものように仕事を終えると、同僚が話しかけてきた。


「よう!どうだ、今日も一服。」


「うん、いいよ。」


「おっと、タバコが切れちまった。買いに行くから一緒に来てくれないか?」


「いいよ。」


店に入ると、同僚はいつもの番号を店員に伝え、店から出てきた。


「おまたせ!そういえば前から思ってたんだけど、これひどくないか?」


「何が?」


「この箱の注意書きだよ。

『タバコは健康に害があります。』だの『タバコは周りの人に悪影響を与えます。』だの。

こっちはわかった上で楽しんでんだよ!

自分だけに影響あるんだから、文句ないだろ?」


「・・・。」


「どうかしたか?」


「いや、もし僕が死んだら、残された妻と子供はどうなるんだろう、って・・・。」


「大丈夫だって!すぐに死ぬわけじゃないんだから。

もしも強い毒だったら、俺たちとっくに死んでるぜ?」


「・・・うん。」


男は迷っていた。


本当にこのままでいいのだろうか。


妻に嘘を吐き続ける日々。


蝕まれ続ける体。


そして、子供・・・。


男は決心した。


今日が最期の喫煙だ。


「いや〜。今日も疲れたな〜。」


「うん。」


男と同僚は、いつものように分煙シェルターで雑談を交わしていた。


「ちょっと聞いてくれよ。上司がさ・・・。」


「・・・どうした?」


「まって・・・。なんだ・・・。これ・・・。

息が・・・。」


突然の出来事だった。


同僚が急に倒れたのだ。


周囲を見渡すと、周りでタバコを吸っていた人たちも、次々と倒れていた。


「おい!しっかりしろ!」


周りの人の反応から、毒ガスの類か何かだと直感が働いた。


ハンカチを口に咥え、同僚を運んで外に出ようとする。


「・・・っ!!」


男は思うように力が入らなかったが、なんとか同僚をドアの前に運び出すことに成功した。


「・・・!!ドアが開かない!!なんだこれ!!

開けよ!!」


このドアの向こうは空気清浄部屋がある。


このドアさえ開けば、綺麗な空気が吸えるのだが、鍵がかけられていた。


「くそっ!!くそっ!!」


男は必死にドアを叩いたが、だんだん力が入らなくなり、ついに力尽きてしまった。






「遅いわねぇ。」


「ママ!ピクニックって明日?」


「うん。」


3人分の夕食がテーブルに並んだ居間では、ニュースが流れていた。


分煙シェルターの換気扇がうまく作動せず、密室に近い状態になっていたというのだ。


これが、全国各地で同時に起こっていた。


そのため、分煙シェルターで喫煙していた人の多くが犠牲となった。


「もう、子供が楽しみにしてるのに、こんな暗いニュースやめてよ。」


妻がチャンネルを変えると、別のニュースがしていた。


健康保険の見直しに関するニュースだった。


近年、生活習慣が悪い人が多く、保険料がだんだん増えていくことが問題になっていた。


特に、喫煙による健康被害への診察費、治療費の割合が一番多かった。


健康保険は国民全員が払う。


これでは健康に気を遣っている人が損をする仕組みなのでは?という議論だった。


「うちのパパは健康に気を遣ってるから大丈夫ね。」

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