番犬の森からの脱出
『マテリアルソード、及びネムスギアの維持が不可能になりました。解除します』
機械的なAIの声がそう告げると、俺の変身が解除された。
「何が、起こったんだ?」
『エネルギーの制御ミスです。あれだけのエネルギーを一度に使ってしまったので、ナノマシンのほとんどがスリープモードに入ってしまいました。エネルギーが回復するまで半日ほどは変身できません。そして、私も数時間ほど休息が必要です』
「え? お、おい」
呼びかけてもAIは声を返してはこなかった。
せっかく変身できたのだから、いろいろ聞きたいところだったのに。
まあ、取り敢えず今はそれよりもエリーネか。
「えーと、無事か?」
振り返るとそこにはエリーネが呆然と立ち尽くしていた。
「おーい、大丈夫か?」
駆け寄って体を確かめてみるが、これといって特に怪我はしていないようでちょっと安心した。
「……あなたは、何者ですか?」
声のした方へ向くと、そこには蜘蛛女の魔物が立っていた。
「え? あれ? 腕と足が……」
くっついてる?
いや、違う。再生させた、のか……?
「あれくらいの怪我でしたら、脱皮することで再生できます」
「え? 脱皮……?」
さっきまで蜘蛛女の魔物が倒れていた辺りを反射的に見てしまう。
――――。
後悔しかない。
胃の中から込み上げてくるものを我慢するのが大変だった。
皮だけになった抜け殻がそこには横たわっていた。
そうなるとむしろ蜘蛛の部分はまだ良いよ。
虫だからそういうものもあるんだろうくらいに思える。
でも、皮だけになった人間の抜け殻はダメだろう。
しわくちゃで、潰れている。
ああ、これ以上は考えるのも苦痛だ。
「そ、そうか。まあ無事でよかったな」
なるべく抜け殻を視界に入れないようにしてそう言った。
「そうだ。これをお返ししたいと思っていたんですよ。ちょっと土で汚れてしまいましたが」
蜘蛛女の魔物はそう言って、ぬいぐるみでできた人形をエリーネに差し出した。
「あ、ありがとう」
俺の声にも無反応だったのに、エリーネは人形を見るとハッと意識を取り戻して大切そうに抱きしめた。
「取り敢えず、これで一件落着だな」
「そうですね」
俺と蜘蛛女の魔物は笑い合って喜んだが、
「……え? そうじゃない! 聞きたいことがいっぱいある!」
そう言ってエリーネが眉根を寄せて俺たちに迫った。
「まず、あなたはどうしてマリアを持っていたの?」
「それは、昨日森に入ってきた女の子が私の姿に驚いて落として行ったんですよ。年の近そうに見えたあなたから返してもらおうと思っていたのですが、あなたのものだったんですね」
「それじゃあ、私を追いかけ回したのは、マリアを返してくれるためだったの?」
「ええ、そうですけど」
「魔物は人間に悪さするって教わったの。人間のために何かしてくれる魔物なんていないって。だから……」
「人間の中にも悪いことをする人はいるでしょう? それと同じですよ。魔物にだって悪いことをする魔物もいれば良いことをする魔物だっていると言うことです」
エリーネは瞳を伏せて表情を曇らせた。
俺も苦虫を噛みつぶしたような顔をしていただろう。
デモンに似ていたというだけで、敵だと判断した。
今の俺にとっては人類でさえ敵ではないとは言えないというのに、外見だけで決めつけていた。
それでは、物事の本質を見極めるなんてできない。
「悪かったな。あんたに助けられるまで、俺はあんたを敵だと思っていた」
「いえ、人間たちが魔物をそういう目で見てしまうことも仕方がないと思っていますよ。国と支配地域を持っている魔族は未だに人間と争いを続けていますし、私たちのような野生の魔物は戦争とは縁がない代わりに、縄張りを勝手に作って人間と衝突することもありますから。幸い、この森は人間が近づこうとしないので人間の国とは上手く棲み分けができていますが」
「そうか……」
魔物だけでなく魔族もいるのか。
それなら魔王とかもいるのかな。魔族の国があるのなら、いてもおかしくはなさそうだ。
そいつらと戦っている人間もいるわけだ。
俺はこの異世界から妹を見つけて元の世界へ帰ろうと思っていたが、話はそう簡単じゃなさそうだ。
何をするにしても、この世界についての知識がなさ過ぎる。
「そうだ。せっかくだからあんたの名前を教えてくれないか? 俺は大地彰、21歳だ。エリーネには説明したが、こことは違う異世界からやってきた……いや、追放されてきた、かな」
「ダイチアキラ? 異世界から?」
「信じるかどうかは任せる」
「いえ、それならオークデーモンを倒した不思議な力にも納得がいきます。あれは、魔法ではなかった」
「まあな、この世界じゃ魔法の方が発達してるからよくわからないだろうが、あれはナノマシンていう……要は機械だ」
「機械? ダイチの世界では不思議な機械があるのですね。それでは改めて自己紹介させていただきますが、私はヨミ=アラクネ。人間の年齢で表現するなら、20歳ですね」
「ヨミ、ね。そうだ、俺たちの世界じゃ――いや、俺の国じゃ名前が後なんだ。だから俺のことは彰と呼んでくれ」
「アキラさんですね。わかりました」
やはり、不思議だ。
言葉は完全に日本語。
それなのに、名前のルールは外国のよう。
そして、俺はそう言う世界を知っている。
だから、違和感はあまりない。
俺には義理の父に拾われる前の記憶がない。
それはこの世界に来たときのショックで失った記憶とはまた意味合いが違う。
いつかは思い出すこともあるのかも知れないと思っていたが、ここのような異世界を俺は知っている。
それは、ここが俺の失われた記憶に関係がある世界だからなのだろうか。
……こういう時AIが答えてくれないのはもどかしいな。
「あの……ヨミ、さん。ごめんなさい。話も聞かずに魔法で攻撃したりして」
おずおずと、エリーネが謝って頭を下げた。
偉そうなことを言ったり生意気なところもあるけど、エリーネは基本的に素直で良い子だと思った。
「私のことは気にしないでください。でも、森の中で火を使うのは控えてくださいね。森が火事になったら人間の国も困ったことになりますよ」
「……はい……」
ヨミの言うことももっともだ。
エリーネの住む国がこの森とどれだけ距離的に近いのかわからないが、森が火事になったら少なからず影響があっただろう。
ただ、それを謝られると、俺の肩身も狭くなる。
「なあ、これは大丈夫じゃ、ないよな……」
俺は自分が荒野へと変えてしまった森の一部を指で差した。
「森に住む魔物の縄張りが変わるかも知れませんね……」
「やっぱり、やり過ぎたよな」
言い訳をするならば、必殺技の制御ができなかったのだ。
変身はできたものの、やはりどこかまだ本調子ではないのだろう。
人間を巻き込んでいなかったことだけが幸いだが、ヨミのような人に悪さをしない魔物や野生動物が巻き込まれていたとしたら、申し訳ないことをしたな。
元の世界で戦っているときは、人間だけが巻き込まれなければいいと思っていたけど、動物やら植物は巻き込まれていた。
そこに感傷を抱くようになったのは、守ったはずの人間に否定されたからだろうか。
それとも、何か別の……。
俺の中で正義というものが揺らいでいるのかも知れない。
それでも、多分人間が魔物に襲われていたら助けるんだろうな。
「でも、アキラさんが戦わなければオークデーモンに殺されていたことは間違いありませんし、魔物の世界は弱肉強食ですから、死んでしまった責任をアキラさんに押しつけたりはしませんよ」
「そう言ってもらえると助かる。さて、それじゃあ森を出ようぜ。いつまでもここにいてもしょうがないだろう。もう森から出るのに障害はないはずだろ」
「うん……」
なんだ。エリーネはまた妙に歯切れが悪い。
まだ何か隠し事があるのか。
「アキラお兄さん。助けてくれてありがとう」
そう言うと顔を赤くしてプイとそっぽを向いた。
照れているのがありありで見ているこっちまで恥ずかしくなってくる。
「俺のことは彰で良いよ。アキラお兄さんじゃ長すぎるだろ」
「……じゃあ、アキラ。疲れたからおんぶして」
「はいはい」
俺はまだちょっと震えてる小さな体を背負った。
そりゃ怖かっただろうな。
わかっているからあえてその事を言ったりしない。
「あ、私も一緒に行きます。この辺りは私の縄張りではないんです」
それから朝まで歩き続けてようやく森の出口に辿り着いた。
「それでは、私はここで」
「ああ、いろいろ助かった」
「私はだいたい森の入り口辺りを縄張りにしていますから、用事があったらいつでも来てください」
「じゃあ、またな」
「ヨミさん。またね」
俺とヨミはほとんど社交辞令のような挨拶だったが、言葉は同じでもエリーネの挨拶にはまた会いたいという意味が含まれているように感じたのは、俺の気の回しすぎだろうか。
森を抜けると、そこは整備された街道だった。
といっても、俺たちの世界のように舗装の道路があるわけじゃない。
木や草を切って、土を固めただけ。
それが森の入り口を囲むように左右に広がっている。
「――で、どっちに行けばそのアイレーリス王国とやらに着くんだ?」
「こっちだけど、アキラは歩いて城下町まで行くの?」
左側を指で差しながら訝しげな顔をさせていた。
「何か問題でもあるのか?」
「城下町って王国の中心だから結構遠いよ。歩いて行ったら数日はかかると思う」
「そうなのか?」
さすがにそれだと体力が持たない。
丸一日何も食べていない上に、さらに数日かかるというのはさすがに耐えられないだろう。
半分は人間の体なんだ。
意味もなく無茶を続けるわけにはいかない。
「取り敢えず私の家に行こうよ。ここから一番近い町だし、馬車もあるから城下町に行くとしても寄った方が良いと思う」
「そうか、じゃあそうさせてもらうか」
考えてみれば、いくら森を抜けられたとはいえ、小さな女の子をここで一人にしてしまうのもよくない。
魔物よりも厄介な人間というものは存在するものだ。
ましてや貴族の娘と言っていたし、誘拐にでもあったら大変だ。
俺はエリーネの後に続いて歩き出した。
エリーネの家がある町というのは、番犬の森から歩いて十五分ほどの場所にあった。
っていうか、結構距離的に近いな。
オークデーモンのような魔物に襲われたりしないんだろうか。
確か、兵隊がいるんだったか?
でも、エリーネの魔法が通じなかったヨミですら、オークデーモンにはあっさり手足を千切られていたぞ。
よほど強い兵士じゃないと、あのレベルの魔物には対抗できないんじゃないか?
……この世界の、しかも小さな町一つのことを気にかけているような状況ではないが、エリーネとは一晩とはいえ結構関わってしまったからな。
他人事のように考えると言うこともできなかった。
町は木で囲いがしてある。
1メートルほどだから乗り越えられない高さじゃない。
エリーネの話だと町全体を囲っているらしい。
野生動物や魔物の侵入を防ぐ壁の役割なのかな。
何だか益々心配になってくる。
こんな壁、ヨミだって一っ飛びだろう。
ちなみに、エリーネが町だと言っていたから、何百軒も家や店がある町を想像してしまっていたが、俺の常識はこの世界の常識とは違っていた。
木の囲いの長さからそれなりに広さはあるが、建物は数十軒もないだろう。
俺の感覚だとこれは村だ。
人口だって、千人はいない。
俺はエリーネに案内されるまま、町の入り口へ向かった。
すると、丁度そこから騎士が出てきた。
馬に乗って鉄の鎧を着ている。
腰には剣。右手には長い槍を持ち、左手で手綱を握っている。
中世ヨーロッパと言うより、ゲームや漫画やアニメでのほうが馴染み深い。
騎士は一人ではなかった。
後ろからぞろぞろと、全部で十人いる。
そして、それだけじゃない。
黒いローブを着た集団が一緒にいる。
あれは、魔法使いとかか。
見ていると、先頭にいた騎士がこちらに気付いた。
というか、エリーネに近づいてきた。
「エリーネお嬢様! 御無事だったのですか!?」
馬から下りて、騎士はエリーネの前で跪いた。
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