変身

 どこをどう逃げたのかわからない。

 とにかく魔物から距離を取ることに集中してひたすら森の中をかき分けて走った。

 気がついたら、辺りは真っ暗になっていた。

 空には三日月が浮かんでいる。

 この世界にも月はあるらしい。

 ただ……二つ浮かんでいた。

 一つはオレンジ色でもう一つは青白い。

 そして俺は、エリーネを背負っていた。

 途中までは一緒に走っていたのだが、魔法を使うと一気に疲れるらしくて、気を失ってしまったのだ。

 だが、そこに留まるわけにも置いていくわけにもいかなかったから、おんぶすることにした。

 幸い、AIが言っていたように俺は生身でも普通の人間よりは体力も筋力もあった。

 だからエリーネを背負っていても逃げる速度はそれほど変わらなかった。

 小さな寝息を立てている。

 しかし、あれはどう考えても魔法だった。

「どう思う?」

『ですから、この世界の情報を求めないでください』

「いやあ、情報じゃなくて、ただの感想が聞きたいんだ」

『エリーネさんが使った力は、確かに彰にはないエネルギーのようなものをセンサーは感知しました。数値化はできません。未知の力です。そういう意味では、未来さんの超能力に通じるものがあるかも知れません』

「つまり、本物の魔法、だよな」

『異世界ですから、それくらいはあると考えていいのではありませんか』

「まあ、そうなんだけどさ」

 問題はそれだけじゃない。

 エリーネは魔法が使えた。

 俺に助けを求める必要なんてなかったんじゃないか。

 結局、エリーネの魔法のお陰でピンチを脱したわけだし。

 生身のまま戦って勝てる保証はなかった。

 ただ、エリーネを逃がす時間稼ぎができればいいと思っただけだ。

 このままじゃ足を引っ張るのは俺の方だ。

「……俺はもう変身できないのか?」

『起動コードは間違っていないと言ったはずです。認証コードエラーはそれが原因で起こったのではありません』

「原因の追究と解明は可能なのか?」

『言葉にして伝えることはできますが、それをあなたが知ったところで意味はありません。あなたの心が思い出さなければならないことなのです』

「何を思い出せって言うんだ?」

『その事を忘れていることが問題だと言いました』

 これ以上AIと話を続けても無駄だと悟った。

「ん……」

「あ、起こしちゃったか。うるさくして悪かったな」

「え? え!?」

 エリーネが背中で体を起こす。

「ちょっと、何をしているの!?」

 おんぶしているのに叫ばないで欲しい。

 耳が近いからキンキンする。

「何って、見ての通りだろ」

「お、降ろしなさい!」

 暴れようとしたので、腰を降ろしてすぐにエリーネを立たせてあげた。

「言っておくが、勝手におんぶしたわけじゃないぞ。気を失いそうなくらい疲れてたから、その場に留まって身を潜めるか、それとも俺がおんぶしてより遠くまで逃げるか聞いたら、逃げる方を選んだのはエリーネだからな」

「……思い出したわ」

 目を逸らして、口を尖らせた。

「どうする? もう夜になっちゃったし、このまま森の中を歩くのはさすがに危険だと思う」

「……そうね」

「向こうの木の辺りはどうだ? 月明かりが差し込んでるし、少し見通しが良いぞ」

「いいけど、ちょっとその辺りの枝を集めてくれる? 木から折らないで、すでに折れてその辺に転がっている枝が良いわ」

「枝? まあ良いけど。何に使うんだ?」

 俺に向けたように剣の代わりにでもするつもりなのか。

 そんなものであの蜘蛛女の魔物と戦えるとはとても思えないが……。

「いいから、言う通りにして」

「はいはい」

 俺の方が助けられた手前、大人しく従うことにした。

 二十本ほど枝を集めて、月明かりに照らされた木の前に置く。

「火の神の名において、我が命ずる。炎の指先よ、小さな命を表せ。ファイヤートリップ」

 エリーネが魔法を使った。

 すると、右手の人差し指の先にライターのような火が現れた。

 それを折り重ねた枝に近づけると、すぐに燃えてたき火になった。

「野生動物は火を怖がるし、多分……森の魔物も火は苦手のはずだから、これがあれば簡単には近づいてこないと思う」

「凄いな。蜘蛛女の魔物にも魔法を使ったけど、エリーネは魔法が使えるんだな」

「これくらい当たり前よ。貴族の娘としてちゃんと学校に通わせてもらってるんだから」

「でも、魔法が使えるなら一人でなんとかできたんじゃないか? 俺と一緒にいる意味あるのか?」

「……最初にあの魔物に会ったときも同じ魔法を使ったの」

「え? ってことは」

 あの魔法では、蜘蛛女の魔物は倒せない。

「それだけじゃないの。あの魔法は私が使える魔法の中で一番強い魔法なの。だから、一回使うと凄く魔法力を使っちゃって、その……」

 疲れて気絶するように眠ってしまう。

 ある意味、俺が一緒に逃げると信じてくれたから俺の前で使ってくれたということか。

「ありがとう」

「お礼を言われても、もうどうしようもないわ。結局、この森からは出られなかったし」

「この森は結構広いだろ? 別の出口を目指せば良いんじゃないか?」

「そんな簡単に言わないで。街に向かうには、あっちの方に行くしかないの。でも、あの辺りに行くとあの魔物が待ち構えてる」

「回り道じゃ抜けられないのか……」

「街道に出る道の辺りに近づくと現れるの。どこから行っても、何度も。だから森の中に逃げるしかなかったの」

 蜘蛛の姿をしていたし、縄張りのようなものがあるのだろうか。

 蜘蛛の習性を考えると、あの辺りに蜘蛛の巣を張っているのかも知れないな。

 絡み取って捕まえるタイプじゃなくて、近づいた者の気配を感知するためのような。

 それをかいくぐれれば、あるいは森から抜け出せるのでは。

「AIには蜘蛛の糸を見分けるセンサーみたいなものはないのか?」

『……仮にそれがどういった成分なのか分析できたとしても、蜘蛛の糸ですよね。見分けることができたとしてもそれにまったく触れずに脱出するのは不可能だと思います』

 つまり、分析もできていないこの状況では見分けることすら不可能だと言いたいわけだ。

「……ねぇ、さっきも思ったんだけど……お兄さんは誰とお話ししてるの?」

「え? あ、ああそうか」

 脳内でAIと、言ってもわかるわけないよな。

 何しろ魔法の世界だ。

 科学力が優れてるはずはなさそうだし。

「例えるならそうだな。妖精さんと頭の中で、かな」

「え? ……大丈夫?」

 あれ? ちょっと引いてる。

 いやいや、一応この世界っぽい表現で説明したのにな。

「この世界には妖精とかいないのか?」

「……いることはいるよ。滅多に人の前に姿を現さないけど、冒険者は仕事で関わることもあるって言ってた。でも……」

「なんだ? その妙なものを見るような目は?」

「妖精は人間と同じ言葉で話すし、頭の中で話をするなんて聞いたことない」

「この世界には魔法があるだろう? 魔法で直接相手の心に話しかけたりとかはできないのか?」

「そんな魔法聞いたことない」

「じゃあ、遠くに離れた人に連絡を取るには手紙とかしかないのか?」

「それは水晶の魔法を使えば自分の姿を相手の水晶に送ることができるから、でも直接心に話しかけるなんて」

 魔法も万能ではないのか。

 でも、電話のようなものの代わりはある。

「ちょっと待て、それで森の外と連絡は取れないのか?」

「水晶なんて高価な物、家にはあるけど持ち出せるわけないでしょ」

 外部との連絡は取れない。エリーネの魔法では倒せない。そして、俺は変身できない。

 結局どう考えても、この森から抜け出す手段は思いつかない。

「なあ、エリーネは貴族の娘なんだよな? 両親は心配してないのか?」

「そんなの、心配してるに決まってるよ。きっと、家の兵隊さんたちを集めて捜してくれる、はず……だもん」

 妙に歯切れが悪い。やっぱり何か隠し事してる。

「そもそも、エリーネはどうしてこんな森に一人で来たんだよ」

「それは、その……お兄さんには関係ないじゃない。だいたい、お兄さんだってどうしてこんな森にいたの? お兄さんが話さなかったら、私も教えない」

「そりゃそうだな」

 ここは正直にここへ来た理由を明かすべきだろう。

 信じてもらえるかどうか、それはわからない。

 でも、お互いに隠し事をしたままこのピンチを切り抜けられる気はしない。

「話しても良いけど、きっと妖精さんの話より信じられないだろうし理解できない話になるぞ」

「大人ってすぐそうやって誤魔化すよね」

「いや、真面目な話なんだ。それに、一つ問題があってな。ここへ来たときのショックで記憶がなくなっているらしいんだ。だから、正確な情報ですらないかも知れない」

「記憶喪失? それじゃあ、教えてくれた名前は?」

「全部忘れたわけじゃない。というか、ほとんど覚えてるけど、一部が完全じゃないんだ」

「嘘じゃないのよね」

「ああ、だから……それでもよければ俺の事情を説明する」

 エリーネは真面目な表情をさせて小さく頷いた。


 俺は俺の義理の父となってくれた博士が開発したネムスギアというナノマシンとAIと人間の肉体を融合させた戦闘用の装備を使い世界を救ったが、その力が余りに強すぎたためにその世界での居場所を失い妹と共にこの世界へ追放されたことを話した。


「別の、世界から?」

「ああ」

「お兄さんの世界には魔法はなくて、科学が発達してる?」

 疑いの眼差し百%ってところだな。

 まあ、俺だって魔法の世界があるなんて聞いたら実際に見るまでは信じないよな。

「お兄さん、無職じゃなくて吟遊詩人だったんじゃないの? 世界を救う話なんて、吟遊詩人がよく歌ってるし」

「……そうなのか?」

「無事に家に帰れたら、お父さんとお母さんに今の話を聞かせてあげてよ。不思議な物語の話が好きだから、きっと喜んで聞いてくれると思うよ」

 あ、やっぱり信じてない。

 物語だったらどんなに良いことか。

「お兄さんの話、面白かったから。私のことも少しだけ話しても良いよ」

「え? あ、ああ」

 意を決して話したことが物語にされてしまったことに落ち込んでいたが、本来の目的は果たせたわけだ。

 エリーネの事情を知ることは、きっと意味のあることだと思いたい。

「友達とね、度胸試しをしたの」

 エリーネが森に来た理由は実に簡単だった。

 同じクラスの友達とどっちが度胸があるのかでケンカになって、友達がこの森の中にエリーネの大切なものを置いてしまったらしい。

 そして、それを取りに行くことができたらエリーネの度胸も認める。

 だから、一人でこの森に入ったのだ。

 ……それ、本当に友達のすることなのか?

 正直、そう思ったがそれを追究するのはやぶ蛇な気がした。

 問題は、そうなると両親にこの森に行ったことを言っていないかも知れない。

 事態は思っていたよりも深刻だ。

 八方塞がりの文字が頭の中をグルグルしている。

 ここはやはり、小細工無しの正面突破か。玉砕覚悟なら、少なくともエリーネくらいは逃げられるだろう。

 体力がなくなる前に、決断しなければならないな。

「そろそろ寝るか。少しでも体力を回復させた方が良い。何か食べ物でも見つけられればよかったんだが、明るくなったらまずそれを探すべきだろうな」

「……うん」

『警告します! この反応はあの――』

「追いついた」

 横になろうというときに脳内を警告音が駆け巡る。

 それで一気に目が覚めたが、すでに蜘蛛女の魔物が目の前に現れていた。

「どうして……」

「今度は見失わないように、あなたの足に糸を付けておいたのよ」

 エリーネのつぶやきに、蜘蛛女の魔物は手から伸ばした糸を月明かりにかざした。

 細い糸のきらめきが、エリーネの靴に続いていた。

「そこまでして子供を襲うつもりか!?」

「だから、あなたは何を言って――危ない!」

 蜘蛛女の魔物が足音を立てずに素早く俺たちに向かってきた。

 避ける間もなく、押し倒される。

 遂に実力行使に出たか。

 なんとかこいつの腕から逃れなければと拳を握ろうとしたら。

 急に体が軽くなった。

 ドスンと何かが木に叩きつけられるような音がする。

 俺たちを押し倒した蜘蛛女の魔物が目の前からいなくなっていた。

 代わりに目の前に現れたのは――イノシシの頭を持ち、巨大な体に鉄の鎧を身につけた魔物だった。

「オークデーモン!?」

 エリーネが叫ぶ。

 オークデーモンは右手に持った巨大な斧を俺たちに振り下ろそうとした。

 俺はエリーネを抱えてとっさに転がって避けた。

 すぐに立ち上がって辺りを見る。

 すると、木に寄りかかりながら蜘蛛女の魔物が立ち上がろうとしているのが目に入った。

 やっと状況が掴めてきた。

 俺たちを背後から襲おうとしたオークデーモンから蜘蛛女の魔物は守ってくれた。だが、オークデーモンの一撃で吹っ飛ばされたらしい。

「おい! 一応礼は言っておく! でも、魔物は人間を襲うんだろう。なぜ俺たちを助けた!」

「い、今はそのような話をしている状況ではありません!」

 魔物に言われたことにムッとしたが、確かにその通りだ。

「おい、この状況を打開する手段は?」

『答えられません。見てください、あのオークデーモンとやらの一撃は地面を抉っています。いくら人間より優れた体でも、生身のまま戦えば損傷は避けられません』

「逃げられると思うか?」

『先ほどの一連の動きを分析した結果では、確率30%と試算されました』

 どうするか、迷っている時間はない。

 何か、隙ができればすぐにでも背を向けるが……。

「エリーネ、蜘蛛女を撃退したときの魔法は使えるか?」

 小声で抱きしめたままのエリーネに聞く。

 だが、俺の胸の中で頭を横に振る。

 冷や汗が頬を伝う。

 こりゃ、本格的にやばいな。

「オークデーモンとか言ったか、人間の言葉がわかるか?」

 蜘蛛女の魔物に言葉が通じたんだ、オークデーモンとやらにも通じるはずだ。

「わかるが、それがどうだと言うのだ」

「なぜ俺たちを襲う?」

「ハハハッ、面白いことを言う人間だな。お前たち人間はエサを仕留めるときにいちいちその理由を言うのか?」

 あ、思っていたよりも最悪な状況だった。

 言葉は通じるが、話の通じない相手だ。

 もう逃げの一手しかなかったが、獲物を狙うような瞳のオークデーモンに隙は見当たらない。

 その時だった。

 蜘蛛女の魔物が素早くオークデーモンの背後に回り、組み付いた。

「今の内です! 逃げてください!」

「お前――」

 魔物の取った意外な行動に俺の思考は数秒、停止した。

 その数秒がいかに貴重な時間だったのか。

 次の瞬間、オークデーモンの斧が横に一閃する。

 蜘蛛女の魔物の手足が無残にも切り落とされて飛び散った。

「うあああああっ!!」

 叫び声が森の中にこだまする。

「あ――」

 エリーネがそれを見て声を上げた。

「見るな!」

 俺は慌ててエリーネの目を塞いだが、すぐに払い除けられた。

「そうじゃないの! あれは――」

 それはぬいぐるみでできた人形だった。

 散らばっている蜘蛛女の手に握られていた。

「雑魚が、お前は人間と違ってまずいから見逃してやろうと思っていたがな。俺の狩りの邪魔をするなら、まずはお前から始末してやるよ」

 手足のほとんどを失って身動きの取れない蜘蛛女の魔物に、次の一撃は避けられない。「火の神の名において、我が命ずる! 火炎の大砲よ、敵を撃ち抜け! ファイヤーボール!」

 俺の手から飛び出して、エリーネが魔法を撃った。

 構えた両手から発射された炎の塊がオークデーモンの顔に命中する。

 爆発と同時に頭を炎が包み込んだ。

 獣の焼ける匂いが漂う。

 オークデーモンは蜘蛛女からエリーネへ視線を戻した。

 効いていないのか?

 やがて炎は消え去り、オークデーモンの頭は焦げて煙を上げていたが、ニタリと口を上げて笑っていた。

「ずいぶん生きの良いガキだ。そうだ。お前も丸焼きにしてやろう。きっと美味いんだろうなぁ」

 舌なめずりをしながらエリーネに近づく。

「エリーネ、逃げろ!」

 エリーネは足が震えていて、身動きが取れないようだ。

 俺の言葉も届いていない。

「くそっ!」

 大きく振り上げられたオークデーモンの右腕。

 月明かりに斧の刃が煌めく。

 俺は横からエリーネを抱きかかえて躱した。

「……またお前か。どうやら、お前も始末しないとメインデッシュにはありつけないようだな」

 俺はエリーネの耳元でつぶやく。

「エリーネ。いいか、気をしっかり保て。お前は貴族の娘なんだろ。こんなところでこんな奴に殺されちゃダメだ」

「……お兄さん……?」

「俺がなんとか時間を稼ぐ。だから、一人で逃げろ。もう森の出口を塞ぐ魔物はいない。っていうか、あいつは良い魔物だったじゃないか。ちゃんと話を聞いてやるんだった」

「お兄さん、でも……」

「いいな。死ぬんじゃないぞ」

「時間を稼ぐって、どうやって……。お兄さんは魔法も使えないのに……」

「いいから行け。ここで俺たちが言い争いをしてもあいつが喜ぶだけだ」

 俺はエリーネの背中を押して、オークデーモンの前に立ち塞がった。

「お兄さん! 死んじゃヤダよ! 私を一人にしないで!」

 エリーネの不安げな声が静かな森にこだまする。

 なんだろう。

 この胸の奥が騒つく気持ちは。

 そうだ。

 俺はもう誰かが悲しむ姿を見たくなかった。

 理不尽な暴力の前に義理の父は殺された。

 あの時の無念そうな涙。

 そして、家族を失った妹の嘆き。

 俺は、妹の幸せを守るために、ネムスギアと融合した。

 妹と同じような悲しみを一つでも減らすために――。


「死ねぇ!!」


「これが、俺の――変身だ!」


『起動コードを認証しました。ネムスギア、ソードギアフォーム、展開します』


 両手首と両足首に光の輪が現れる。

 そこから溢れ出た光が全身を包み込み、全身スーツを形成し、さらに上半身には鎧と頭部を覆う兜のようなマスクを造り上げた。


『マテリアルソードを形成します』


 変身によるナノマシンとAIとの精神的融合はすでに俺が取ろうとしている行動を予測していた。

 ガキンと鈍い音が鳴り響いた。

「な、に……」

 オークデーモンは何が起こったのかよくわかっていないようだった。

 俺のマテリアルソードが、オークデーモンの斧を斬り飛ばした残響は、オークデーモンの吐いたつぶやきと一緒に消えていく。

「……お、お兄さん……?」

「それは、魔法か? いや、違う。お前は何者だ!」

「こことは違う世界を救ったヒーロー……らしいぜ」

「ふざけるな!」

 オークデーモンは柄だけになってしまった斧を投げ捨てて、殴りかかってきた。

 俺はそれをマテリアルソードで薙ぎ払う。

 まるでナイフで豆腐を切るように腕をスパッと斬り落とす。

「ぐああああああ!」

「逃げようなんて考えるなよ。お前のデータは登録済みだ。必ずトドメを刺す。寝込みを襲われちゃ困るからな」

「人間ごときが……うおおおおおお!」

 雄叫びを上げると、斬り飛ばした腕の先から新しい腕が生えてくる。

 再生するのか。

 厄介な。

 再生させた腕で同じように殴りかかってくる。

 動きはすでに見切っている。

 あまり頭の良い魔物ではないな。

 当たるはずのない攻撃を繰り返しても意味はない。

「はっ!」

 俺は躱しながら胴を斬りつける。

 手応えはあるのに、一歩も引かない。

「無駄だ! その攻撃じゃあ俺の体の再生速度は超えられないぞ!」

 言うだけのことはある。

 斬りつけたところに傷はできる。だが、次に斬りつけたときにはすでに傷が塞がっている。

 このままじゃじり貧だ。

 体力勝負に持ち込まれたら、いずれ奴の攻撃を躱しきれなくなるか。

『スペシャルチャージアタックのロックを解除します』

 何か打つ手はないかと考えたときには、必殺技の使用が可能になった。

 変身してるときのAIの思考速度は、完全に俺と同化していた。

 オークデーモンの攻撃を飛び退って躱し、マテリアルソードを構える。

「行くぞ! はあああああ!」

 マテリアルソードの刃の部分が光り輝き、刀身が太く切っ先は長く伸びる。

『彰、エネルギーを制御してください!』

 AIが珍しく焦ったような声を上げた。

「ダメだ! できない! 全力でやるしかない!」

『スペシャルチャージアタックワン、フルパワー充填完了』

「喰らいやがれ! ファイナルスラッシュ!!」

 剣というより、巨大な光の柱がオークデーモンに叩きつけられる。

 避けられるようなスペースはなかった。

 俺の前方数十メートルにわたって森の木々が薙ぎ倒される。

 ズズンと思い重低音が足下から伝わってきた。

 放出されたエネルギーは森の一部を完全に何もない荒野へと変貌させてしまった。

 オークデーモンはもはや細胞の一欠片さえも残ってはいなかった。

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