異世界追放
Dimension-MONSTER。
通称――デモン(DeMON)。
それは国連が定めた人類に対する脅威の名称だった。
デモンがいつどこからどうやってこの世界に現れたのか、それを解明することはできなかった。
ただ奴らは突如として現れた。
大挙して現れたのではなく、一匹一匹、世界各地へ出没した。
だから当初、人間はそれを重大な危機だとは捉えなかった。
未知の生物が殺人事件を犯している。
それの対策に当たったのは、各国の軍隊ではなく、警察だった。
だが、警察の通常兵器ではデモンには傷一つ与えることはできなかった。
警察でも対処できない事態になってやっと各国の軍隊が動くが、そこへ至ってようやくデモンが人類の脅威であるとの認識を持つことになる。
軍隊の兵器ですら、デモンを倒すことは叶わなかったのだ。
その時にはすでに、世界の都市に十匹以上のデモンが現れていた。
そして――国連での対策会議を経てアメリカが一つの決断を下す。
それは当然のように戦術核の仕様による殲滅作戦だった。
デモンの習性を調べられたわけではなかったが、デモンはアメリカ軍の誘導によって人の住んでいない荒野にて戦術核の直撃を与えられる。
しかし――それでもデモンは生きていた。
もはや人類には打つ手はないのかと思われたとき、日本の科学者がナノマシンとそれに搭載されたAI、そして人間の肉体を融合させた非人道的な戦士を造り上げる。
ネムスギアと呼ばれる変化する鎧を身に纏い、その戦士が一匹のデモンを倒したことによって、デモンは世界各国から日本を目指すようになる。
デモンにとってこの世界における唯一の脅威を排除するためなのか。
はっきりしていることは、人類の未来はネムスギアを扱うことのできるたった一人の日本の青年に託されたと言うことだけだった。
ネムスギアの完成から一年。
遂に彼は最後のデモンを倒し、世界は平和になった――。
国連におけるデモン対策会議は役割を終え、解散されるはずだったのだが、終結宣言は採択されなかった。
常任理事国の中国が、異議を唱えたからだった。
「確かに、デモンは滅びた。だが、新たな脅威が生まれただけだとは思わないのか?」
中国の国家主席が日本の首相を睨みつける。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「決まっているだろう。君たちの国にいるデモンよりも質の悪い兵器のことだ」
「我が国にそのようなものは存在しない」
「ネムスギアとそれを使う人間――いや、もはや人間と呼べるのか、彼は?」
「あなたは世界を救ったヒーローを兵器だというおつもりか?」
「違うと言う方が無理がある。あれは人間を滅ぼす可能性のあったデモンをたった一人で倒したのだぞ。核兵器ですら一匹も倒せなかったと言うことは、事実上日本には核兵器を超える地上最強の兵器が存在することになる。しかも、それを倒す力は同盟国のアメリカですらないのでは?」
水を向けられたアメリカの大統領は難しい顔をさせて各国のトップを一人一人睨んだ。
やがてその目が会議以上を一蹴すると、ため息をついてから口を開いた。
「中国よ、何が言いたい?」
「日本があの兵器と手を組んで世界へ戦争を仕掛けたら、誰がそれを止められるのかと言うことだ」
「馬鹿な! 我が国がそのようなことを考えるとでもお思いか!?」
「むしろ、考えない方が不自然ではないか?」
「第二次大戦以降、我が国が他国への侵略戦争を仕掛けたことはただの一度もない! 人類が滅びるかも知れないという最悪の事態を回避できたというのに、君たちはいつまで過去の話を持ち出して我が国を貶めるつもりだ!」
「そこまで言うなら、きちんと管理できるんだろうな?」
「人間を、人類を救ったヒーローを管理しろ、と」
「日本以外の国はどう思う。中国としては日本の政府が責任を持って管理するべきだし、できないのならこの地球から出ていってもらうべきだと考える」
中国の提案に、明確に反対したのは日本とアメリカだけだった。
人権という観点から、EU各国の中でも意見が分かれた。
ネムスギアの使用者は厳密に言えば半分人間ではない。
それの人権を認める国は人間として扱うべきだとし、人間ではないと考える国が中国に賛成した。もっとも、その内実は思想信条で決めたというより、単純に中国の影響力が及ぶ国が中国に賛成したに過ぎなかった。
無論日本の周辺国である韓国北朝鮮ロシアは中国に賛成している。
その他のアジアやアフリカ諸国は中国の影響力があるかどうかで賛否が分かれていた。
「さて、どうする? いや、問題はそれだけじゃない。我々にとって脅威であることは間違いない。だがな、日本にとっても脅威かも知れないと警告もしているんだ私は」
「どうして彼が我が国にとっても脅威だと?」
「日本を支配したりはしないんだろうね? そしてもし、彼が人類にその力を行使しようとしたら、日本の警察や自衛隊がどうやって彼のことを止めてくれるんだろう」
「彼はそのようなマネはしない。だからそもそも対策の必要すらない」
「それはただの理想論だ。我々はネムスギアの全てのデータを世界中に公表するべきだと思う。同じものが作れれば、脅威ではなくなる。もし複製できなかったとしても、弱点がわかるだけでもいい。君たち日本が彼に支配されてからでは遅すぎるんだよ」
「……それについては我がアメリカも興味がある」
アメリカと中国が同意見になった時点で、日本の政府に断ることなどできるはずはなかった。
日本としてはまず世界中の懸念を払拭させる意思があるのだと発信するためにも、ネムスギアのデータを公表するしかなかった。
東京の郊外の小さな家。
住宅街の中にあって、建売住宅の一つなので地図があっても迷いそう。
そんな何の変哲もない家の前に、黒塗りの車が何台も止まる。
近所迷惑であることは間違いないが、辺りの住民は異様な雰囲気に誰も文句をいう人は現れなかった。
黒い背広を着た、いかにも偉そうな人がインターホンを押す。
『はーい、どちら様でしょうか?』
応えたのは女の声だった。
この家に二人暮らしだと言うことは事前に内調が調べている。
だからその声が彼の妹のものであることは予測できた。
「連絡した政府のものだ」
『え? あれって、本当だったんですか? 今開けますからちょっと待ってください』
程なくして玄関の扉を開けたのは、長い黒髪が特徴的な目を奪われるほどの美少女。
「テレビのドッキリかなにかかと思っていたんですけど、本当に総理大臣がいらしたのですか?」
「こ、声が大きい」
インターホンを押した背広の男が慌てて取り繕っているが、黒塗りの車を何台も連れて物々しい雰囲気を演出している時点でそれは意味のない行動だと思うのだが、それを指摘するものはいなかった。
「えーと。さすがに皆さん全員に上がっていただくのは、ちょっと」
「大丈夫ですよ、お嬢さん。お邪魔させていただくのは、私と官房長官だけですので」
そう言って一番大きな車から出てきたのは首相と官房長官だった。
「そうですか。では、狭い家ですけど、どうぞ」
彼の妹が首相と官房長官を通したのは、一応この家で一番に広いリビングだった。
テレビとテーブルとそれを向かい合わせにするようにソファが置かれている。
すでに一人の青年が座っていて、案内された首相と官房長官を不遜な態度で一瞥した。
「日本のトップがこぞって俺に何の用だ? 日本を……いや、世界を救ったことに対する礼でも言いに来たのか?」
「き、君! それが総理大臣に話をする態度なのかね!?」
官房長官が声を荒げるが、それを首相が手で制した。
間に彼の妹が入る。
「お兄様、ケンカをするおつもりですか? 申し訳ありません。兄はその……ちょっと自己中心的で自分勝手なだけなんです。でも、私たちをデモンから守ろうとする気持ちだけは本物ですので……」
「それは存じ上げておりますよ。あなたのお陰で世界が救われたことは紛れもない事実ですから」
「わきまえているならいいさ。お前たちがここへ来た理由もわかっているしな」
「どうやら、あなたは頭も良いようですね」
彼は無言でテレビのリモコンを取って電源を押した。
どこかの局に合わせる必要もない。
ここ数日、マスコミは同じ話ばかりを繰り返していた。
どの放送局も取り扱っている内容は同じ。
世界を救った力はどうあるべきか。
それは国連で話し合われた内容とほぼ同じだった。
「世界は平和になった。人類はそれだけじゃ納得できないんだな」
「一個人が世界を救う力を持つと言うことは、逆に言えば一個人が世界を滅ぼす力を持つことと同じという意味に捉える人間がいるということでしょう」
「それは日本の首相としての言葉か? それともあんた個人の考えか?」
「無論、首相としてはそう答えるしかないということです」
「だったら、わかってるんだろう。国連での話も、マスコミ連中の話も、一般論にカモフラージュさせただけで反日連中の外交工作だってことは」
「……本当に、頭が良いのですね」
「盗聴の心配をしているならそれは不要だ。博士――いや、俺の義理の父が開発したナノマシンはそれぐらいのジャミングはできる。本音で話してくれ」
「……私個人としては、世界を守るために君はかけがえのない功績を残してくれたと思う。世間や世界がどう評価しようとも、君がこの世界を救った事実は変わらない」
「買い被っているな。俺はそんなたいそうな人間じゃない。俺はただ、義理の父を殺し、妹を悲しませた奴らが許せなかっただけだ」
「そうだとしたら、ついでに私の家族も救ってくれてありがとう。君の気持ちに関係なく、救われた事実は変わらないのだから」
「ずいぶん口が上手いな。だが、最初から俺はお前たちが望むものを渡すつもりだったんだ」
そう言って彼が用意したのは一枚のSDカード。
「ここにネムスギアに関する全てのデータが入っている」
「よろしいのですか?」
「持っていかないと帰れないんだろう? ただし一つだけ約束して欲しい。それをどう扱うかは全て委ねる。その代わりに俺たちのことはもうそっとしておいて欲しいんだ。世界が平和になって、俺はもうデモンと戦う必要はなくなった。俺は人間相手にこの力を振るうつもりはない。人知れずただの一般人として妹と静かに普通の生活を送りたい。もう俺たちに関わらないでくれ」
「約束しよう」
それだけ言うと、首相と官房長官は足早に彼の家から出て行った。
カーテンの隙間から彼の妹が外を覗く。
「お兄様、これで未来は変わると思いますか?」
「さあな。未来の予知能力はネムスギアの力よりもある意味じゃ強力だからな」
首相はネムスギアの全てのデータを機密扱いにはしなかった。
内閣のホームページから誰でもダウンロードできるように完全な形で公表したのだ。
これによって国連でこのことが議題に上がることはなくなった。
結局のところ、中国もアメリカも、それ以外の懸念を示した国もネムスギアのデータが欲しかっただけ。
外交交渉でそれを使うことも政府内では検討されたが、むしろ彼らが工作した世論対策の方が重要だった。
大衆の懸念を払拭するには誰にでもそのデータが閲覧できることが重要だった。
これでマスコミも簡単には動けなくなるはずだった。
それから数週間――。
マスコミは未だにネムスギアとその使用者に対する安全性の懸念を報道し続けていた。
なぜ反日勢力の世論工作が収まらなかったのか。
それは全てのデータが公表され、ありとあらゆる政府や機関がネムスギアの作成を試みたが成功しなかったからだった。
最初こそ秘匿されたデータがあるかのような論調で日本の政府を追及する声も上がったが、全てのデータが公表されていることで即座に否定される。
もはや大衆の感情論に頼ってネムスギアを排除する以外に方法がなかったのだ。
その日、ネムスギアの使用者である大地彰とその妹、未来はいつものように夕食の買い出しにスーパー来ていた。
世間は未だにネムスギアを巡って騒がしかったが、日本の政府は彼らの情報だけは流出しないようにがんばっているのか、マスコミが彼らに直接インタビューするような事態には至っていなかった。
静かで穏やかな日常。
一年前――デモンによって突如として奪われたそれがいかに尊いものなのか、戦って得た彼らだからこそその幸せを噛み締めていた。
「お兄様。今日の夕食は何にしましょうか?」
「未来の作る料理ならなんでもいい。何にしても味は保証されてるからな」
「まあ。お兄様は私を褒めるのが上手です」
「いや、本当のことを言っただけだ。そもそも、未来を相手に嘘は意味がないからな」
「あら、私はお兄様の心だけは勝手に読み取ったりはしませんよ」
「好きにすれば良いさ」
「それでは、今日の夕食はハンバーグにしましょう」
そう言って、二人は挽肉の置かれているコーナーへ向かった。
ハンバーグの材料と果物、それから未来が欲しがったお菓子を買い込み、スーパーの袋を彰が持つ。
スーパーから家までは歩いて数分。
バイクの免許はあるが、車の免許はないので、食料品の買い出しはだいたい歩いて二人で行くことが多かった。
「お兄様はそろそろ仕事を探されないのですか?」
「仕事ね……」
「私としては今のままでも幸せですから構いませんけど。父の遺産も二人が生活するには十分ありますし」
「仕事をするには、まず俺の記憶を取り戻さないといけないだろうな」
「そうでしたね。デモンとの戦いのせいで忘れていました。お兄様は父が二年前にどこかで拾ってきたと聞いております」
「名前以外未だに俺が何者なのか自分でもよくわかっていないんだよな。それなのに、博士の手伝いはできた」
「学力は、普通の大学生よりもあるのではないかと思われますが、年相応と言っても良いものなのか」
「年齢も曖昧だしな。外見から博士は二十歳は超えているんじゃないかと予想していたけど」
「ええ。それは私も同意です」
「未来の超能力で俺の過去を探れたらよかったんだがな」
「申し訳ございません。私にもっと力があったら……」
「そんなに深刻に考えないでくれ。過去よりも未来の方が大事だろう」
「それは、そうですね」
「……いや、そんなに照れなくていい。未来(みく)じゃなくて未来(みらい)のことを言ってるんだから」
その時だった、彼の体の半分を形成するナノマシンが脳内で警告する。
『安全装置を外す音を感知しました。周囲に警戒してください』
とっさに、彰は未来の体を引き寄せる。
「お兄様?」
「静かに。俺の思考を読め」
未来の耳元で囁くと、迷いなく未来が返事をする。
「はい」
スーパーから家への帰り道は駅も近いので人通りが多い。
今も周囲には買い物帰りや駅に向かう人、学生や仕事帰りに人など、多くの人が歩いている。
そんな場所で拳銃を使うつもりなのか。
一体、誰がなんのために。
とにかくまずは犯人を捜すべきだ。
索敵をして拳銃を使われる前に制圧する。
思考を切り替えたとき、周囲の人間が悲鳴を上げた。
それはまるで、あのデモンが現れたときのような。
「きゃあああああああ!」
声のした方へ振り返ると、そこには一人の男が拳銃を構えて立っていた。
「なんのつもりだ?」
彰がそう言ったのは、銃口が明らかに二人に向けられていたから。
無差別に撃つつもりならすでにそうしていただろう。
安全装置を外してから数秒の間があったのは、狙いを付けるためだったのか。
彰たちの立っている位置から拳銃を構えた男まで数メートル。
この距離なら変身していなくても数秒で近づいて倒すことは可能だ。
彰には拳銃の弾は効かない。
今は特に未来が近くにいるから、そもそも弾は当たりすらしないだろう。もっとも、その力を使わせるつもりはなかった。
「知ってるんだ。お前があのデモンと同じ力を持ってるんだろう!? 人間の姿で俺たちを騙そうとしてるところがそっくりだ! 死ね!」
「お兄様」
「いや、これだけ人の見ている前で未来の力は見せない方が良い。自分にだけは当たらないようにガードしておけ」
「はい」
「何を言ってやがる!!」
焦ったように拳銃を振り回しながら、男は引き金を引いた。
二度三度、乾いた音が鳴り響く。
周囲の人間は耳を塞いで伏せるだけで、もはや声を上げられる人はいなかった。
彰は銃弾を手でつかみ取る。
――次の瞬間、男の肩が銃弾で撃ち抜かれた。
警察の登場か、と思われたがそうではないようだ。
男は血が流れ出した肩を押さえながら、涙目になって彰を怯えた目で見る。
「ば、化け物だ。こいつ銃弾を跳ね返しやがった」
銃弾は全て彰の手の中にある。
「何を言って――」
一歩、足を踏み出した瞬間。今度は男の頭が撃ち抜かれた。
何が起こったのか。
「みんな逃げろ! こいつはあのデモンと同じだ! 殺されるぞ!」
誰が言ったのか。
辺りの人間全てを問い質しても応えるものはいなかっただろう。
はっきりしているのは、何者かが彰を罠に嵌めたということ。
なぜなら、この時の様子を映していた不鮮明な監視カメラの映像はネットを通じて世界中に流れていた。
その後の警察の調べで、彰が反撃した証拠はなかったが、別の真犯人も見つからなかった。
そうなると未知の力を持つネムスギアの使用者と言うだけで、大衆はその存在を恐れるようになる。
デモンという未知の存在に人類の未来が脅かされたからこそ、未知のものへの恐怖は世界中の人々の心から消え去ってはいなかった。
世界中の世論を背景に、国連はネムスギアの使用者である大地彰の身柄を拘束する決議案を採択する。
テレビの中継を見る限りでは、日本の首相は彰のことを擁護してくれていた。
国内世論も世界の世論に流されるように彰を拘束するべきだという流れになる中、がんばってくれた方だと思う。
それでも、賛成派を覆すだけの影響力はなかった。
結果、国連は大地彰の出頭を要請した。
応じなければ、世界に対する反逆行為として喧伝されるだろう。
逃げてしまえば、彰を捕まえることはできないだろうが……。
彰だけでなく未来も普通の人間とは言えないのだ。
しかし、だからこそ彰には逃げるという選択肢はなかった。
未来がいわゆる超能力者であると言うことは彰と未来――それから亡くなった未来の父である博士しか知らない。
未来を守るためには、その事を知られるわけにはいかなかった。
素材としては生まれつき超能力を身につけていた未来の方が世界の研究者たちの興味を引くだろう。
彰よりもよっぽど狙われる可能性が高くなる。
それではなんのためにデモンと戦ってきたのかわからない。
彰は即日日本の政府と共に国連の本部へ出頭した。
すでに公表されているネムスギアのデータと照らし合わせて彰の調査が行われた。
国連安保理の常任理事国が中心となって彰の精密検査が行われたが、いくら調べても彰と融合したナノマシンの構造は解析できなかった。
「君が何者であるのか。我々にもその全貌は掴めなかった。ということは、だ。君はあのデモンと変わりがないと言えるのではないのかな」
国連の会議場で彰を中心に円卓が組まれている。
全ての調査を終えて始められた会議の冒頭、中国の国家主席がそう言い放った。
「そうだとしたら、何か問題でもあるのか?」
「否定する気はないんだな」
「そういう茶番には興味はない。お前らの望みはなんだ? 答えには気をつけたほうがいいぞ。俺がお前らの言うとおりの存在なら、俺を敵に回したら人類は滅びるんだろう?」
「随分と物分かりがよくて助かる。我々としてはデモンを倒してくれた君に感謝の気持ちがないわけではないのだ。ただ、君がデモンのような存在になったとき、誰が君を倒してくれるのかな? ネムスギアのデータは見させてもらったが、君への対抗手段が見つからなくて困っているんだよ」
「白々しいな。要はお前が言いたいのは自分たちの都合に従わない強い存在が、容認できないんだろう?」
「世論も君の存在を恐れている」
「それは、お前らの工作の結果だろうが」
「しかし、それが大衆というものだ。だから我が国では党が国民を管理することでくだらない争いを押さえている。民主国家は馬鹿な大衆に振り回されてばかりだろう?」
「それじゃあ、俺もあんたの党の管理下に入るとでも言えば安心するのか?」
「いや、君を管理する方法がないことが問題だと言っているんだ。言葉ではどうとでも言える。普通の人間なら暴動を起こしたら軍が鎮圧できる。だが、君だけはその限りではない」
「つまり、要約すれば死ねと言っているわけだ」
「ダイチアキラと言ったか、我々アメリカとしては映画で数々のヒーローを生みだしておきながら、実際には日本に先を越されたことに危機感しか無い。ただ、我々も手をこまねいていたわけではないのだ。君がデモンを滅ぼしてしまったから出番はなかったが、対デモン用の兵器を国連で共同開発していてな。それがつい先日完成したのだ」
「デモンがいなくなったのに、開発は続けていたと言うことか?」
「奴らのような未知の存在が二度と現れないという保証はないだろう。その時のために準備をしておくのは当然のことだと思うが」
もしそうだとしたら、またネムスギアで倒せば良い。そう口を挟む間もなく、アメリカの大統領は言葉を続けた。
「デモンの名称は国連で定めたものだが、その由来は知っているか?」
「テレビの説明くらいなら」
「それで十分だ。奴らは宇宙人ではない。対組織の一部を調べてわかったことだが、この世界の物質ではなかった。だからこそ異なる次元の怪物という意味で名付けられた。ちなみに、奴らの調査が進められたのも君のお陰でもある。我々では倒すことはできなかったからデモンの体を調べるなど到底不可能だった。そして、その過程で一つの可能性を見出した」
アメリカの大統領の説明によると、異なる次元からやってきたのならその世界へ戻してしまえばいい。と言うコンセプトで設計された新兵器だった。
ブラックホールの技術を応用してこの世界と異次元を繋ぎ、敵をそこに放り込むことでこの世界から排除するための兵器――異次元砲。
「しかし、その有用性ははっきりしていないんだ。君が、デモンを全て倒してしまったからね」
「つまり――俺にその異次元砲とやらの最初の実験台になれ、と」
普段は人権派を標榜しているEUの連中も中国やアメリカの前では大きな顔ができないらしい。
あるいは、これが大衆の答えだと言うことなのか。
そうかも知れない。
平和になった世界に、ヒーローは不要だった。
あの蜘蛛のデモンの言ったとおりになったわけだ。
世界各国の政治的思惑が絡んでいたことは間違いないだろうが、それでもこの世界の人間は彰を守ろうという声を上げる人は少なかった。
彰がネムスギアを用いてデモンを倒したときから、世界各国で猛威を振るっていたデモンは彰だけを倒そうと日本に集まっていた。
だから、彰が直接デモンから救った命は、日本のごくわずかの人に過ぎない。
世界を覆う未知への恐怖という世論の大きなうねりの中で、彰を擁護する小さな声はたやすく飲み込まれていた。
それから数日も経たず、彰はアメリカにある新兵器の開発実験場へと護送された。
荒野の中に宇宙ロケット程の大きさの砲台が横たわっていた。
地球全土の電気エネルギーの半分ほどを使って放つ仕組みらしいが、どこかで聞いたような兵器だ。
ただ、それだけのエネルギーを使うのであれば、異なる次元へ物質を送ることも不可能ではないかも知れない。
まあ、あのデモンたちがこんなあからさまな兵器を正面から喰らうようなマネはしないと思うが。
あ、でも核兵器は直撃させたんだ。
ということは、人間の能力を過小評価していたあいつらなら、一匹くらいは始末できたかも知れないな。
『さあ! 事前に説明していたとおり、異次元砲の正面に立ちたまえ!』
スピーカーから中国の国家主席の声が聞こえてくる。
国連の共同開発という触れ込みは真実らしい。
そうでもなければアメリカの新兵器の開発実験場に立ち入ることなどできないはずだ。
つまり、それだけ人類はデモン対策に本気だったと言うことだろう。
平時では敵同士でも、危機には結束するだけの度量を持ちながら、たった一人の異質な力を持つ人間の存在は許さない。
彰は迷っていた。
この新兵器を破壊してしまえば、この世界で彰を倒せる物は存在しない。
元々、人類を守るためにネムスギアを使ったわけではない。
博士は自分の身を犠牲にしてでもデモンを倒せるヒーローの存在を求めたのかも知れないが、それを受け継いだ彰はただ博士の復讐と、未来を守るために使っただけだ。
未来が幸せであれば、それを見ているだけで彰も幸せになれる。
――だから、そうか。
これを破壊したらきっと人類全てを敵に回す。
それは未来の幸せを奪うことと同じだ。
彰は意を決して新兵器の的になった。
『発射のカウントダウンを始めます』
無機質な女性の声が実験場にこだました。
『テン……ナイン……エイト……セブン……シックス……』
「お兄様!」
目の前に、突然未来が現れた。
『ファ、ファイブ!?』
『なんだあの小娘は!?』
それは彰も聞きたいことだった。
いや、彰だけは未来がどうやってここへ来たのかわかっている。
「テレポートか!? すぐにここから離れろ!」
「いえ、日本からの長距離のテレポートでしたので、もうそのような力は残っておりません」
「馬鹿な……それじゃ、未来まで……」
「当たり前です。私は常にお兄様と共に。それが私の一番の――」
『ゼロ!』
未来の言葉は異次元砲から発射された漆黒のエネルギーにかき消された。
全てが闇に飲み込まれる。
痛みはなかったが、意識の全てが根こそぎ喪失した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます