僕のエンディングストーリー

あやえる

第1話

 目が覚めた。

 いや、目を覚まさせたれた、というべきか。


 足元には真っ黒に変色した血の海。

 僕は椅子に座らせられ、両手は椅子の後ろに鎖で縛られ、足は椅子に鎖で拘束されていた。

 着ていたシャツには僕の血がこびり付き、黒く変色し化石の様に固まっているが、その上には赤い血が流れていた。


 僕の血の色は…赤いのか。

 僕は自分が「人間ではなくなってしまった」、とずっと思っていたが、自分の流れる血を見て「まだ人間だったのかもしれない」と、いう安心感を感じていた。


「目が覚めたか?まだ死ぬには早いぜ?」

 誰かが僕に話しかけた。

 恐らく、話し方や声のトーン的に男性だろう。正直、目はもうよく見えていないし、聴覚も鈍っている。

 僕は、拷問されている。

 最後の記憶では、最初に僕は喉をやられた。

 しかし、僕を拷問し続けてる男は、幾度となく僕に尋問してくる。

 豆電球一個だけの照明の薄暗い部屋。

 たしか……天井に監視カメラが、一個だけあった。

 つまり、僕を拷問し続けるこの男は、僕に尋問してくるが、はじめから僕に答えさせるつもりなどないのだ。

 でなければ、最初に喉を潰したりしない。

 恐らく誰かに僕を拘束し、何かを聞き出す様に指示をされたが、この男が変態のサイコパスなのか……最初に僕の喉を潰して「なかなか口を割らない僕」を作り出し、僕への拷問を楽しんでいるのだ。


「この……変態野郎。」


 喉を潰されて声は出ないかもしれないが、思わず僕は呟いていた。見えないが、もしかしたら男は驚いた表情をしていたのかもしれない。

「こいつは驚いた。喉を潰して声を出せなくさせて尋問して、お前を痛ぶるのを楽しんでいたのによ……やっぱりお前、人間じゃないな?化け物か?怪物か?なぁ?」

 ……やっぱり。この男は、僕の考え通り、拷問好きの変態野郎だった。

「なあ、じゃあ視力も聴覚も戻ってきてんだろ?なぁ?俺の声はもう聞こえてんだろ?俺の姿も見えてんだろ?」

「……。」

 僕は、答えなかった。答える気力もないし、答える気もない。


 この場所から抜け出すつもりも、この状況から抜け出すつもりもない。


 人はいつか死ぬんだ。


 いつ死ぬか、それがどんな方法か、なんてわからない。


 だから僕は、人間でなくなってしまったあの日から「僕がいつでもいなくなってしまっても良いよう」に、毎日自分の事を片付けて来た。


 でもなぜか、いつも「やるべき事」はなくならない。


 今この瞬間も、 明日……そのためにやらなければいけないことが増えていく。


「……いついなくなってもいいように支度しているのに、な。」


 僕は呟いた。

「あ?まあいいか。……おい、これが見えるか?」

 僕の少し離れた目の前にはテーブルがあった。そこには沢山の拷問器具の様な物がある。男は嬉しそうに話を続けた。

「この細い管を目から入れて脳に刺すと気が触れちまうらしいぜ?」

 男は僕の目の前に、その鉄のような細い器具をチラチラと見せてきた。そして僕の着ていたシャツを破いた。

「……はっ、ははは!やっぱりな!身体の傷がもう塞がってきてやがる!たまんねぇぜ!やっぱりお前は化け物だ!じゃあ、脳の神経をイカセちまっても戻るのか?!おいおい、楽しみだぜ!」

「……。」 

「じゃあ、脳をイカセちまった後は、お前の皮膚をゆっくりと剥いでいってやるよ。どうせ戻るんだろ?安心しろよ。ちゃんと皮剥用の拷問器具も準備してある。お前を痛ぶりながらケバブの様にお前の皮膚や肉も食べてやるよ。俺は人肉を食べるのも好きなんだ。」

 ……本当に単なるド変態野郎かよ。

 僕は呆れた。

 ……困ったな。いつ死んでもいいとは思っていたけれども、この変態野郎に痛ぶられて、ここで命落とすのだけは嫌だな。


 僕は微かに開いてくる様になった目をかすかに開き、監視カメラを睨んだ。 すると、監視カメラは音を立てて爆発した。

男は驚いた。

 そして「……おい。その目?!青と赤に光ってやがる!…… やっぱりお前は化け物か?!たまんねぇな! 」

「本当に……お前にだけは殺されたくないと思うよ。 あと…… ボブがまだ明日の会議の資料を完成させられてないんだ。」

「……ボブ?」

「 こっちの話だ。」

「 なるほどな。じゃあそのボブも捕まえて拷問にかけてやろう。」

「大丈夫。 それはないさ。」

「どいうことだ?」

 男が呟いた。

「お前の人生はここで終わる。そして、僕は僕のやるべき事がある以上、まだ無責任には死ねないからね。」

 僕は体に力を込めた。僕は、上半身の骨の関節を全て自分の意思で外すことができる。 

 肩と腕が、グニャっとなって腕の鎖が音を立てて床に落ちた。そして自分の後ろ首筋に手を当てる。

 そして手に力を込めての所に手を入れて脊柱を一気に取り出した。

 僕の脊柱は取り出すと、形や見た目はイビツだが、青く光って刀のようになる。

……もちろん関節を外したり、骨を出したりするのは痛い。


「おいおい……。本当に人間じゃねえな。化け物かよ。」

  男は僕につぶやいた。

 僕は男を見つめる。

「そうだね。僕は化け物なのかもしれない。人間でなくなったあの日から。コミックとかだと、“ミュータント”って言うんだっけ?」

 僕は刀となった脊柱で足の鎖を壊して外した。そして男に近付き、男の握りしめていた鉄の棒を手に取り、逆に男の目から脳に鉄の棒を刺した。

「知ってるか?脳には沢山の神経がある。気が触れるだけじゃない。動けなくさせる神経だってあるんだ。」

 男はそのまま僕の足元には崩れ落ちた。

「……どうせ生きていたって、正体がこうやってバレれば、お前達みたいな奴に狙われるんだろ?」

   

 何回も自殺しようとした。

 色々試みた。硫酸の風呂に入ってみても結局回復してしまうから死ねなかった。

 死にたくても死ねない。

 だからといって、コミックのヒーローとかみたいに人助けとかするつもりもない。

 手助けとかにする前に、どうせNASAとかFBIの実験モルモットにされるだけだろ?

 だからもう、うんざりなんだよ。


「このまま死体を置いておいてもな。掃除が大変だな。」

 男はもう死んでいるのもしれない。それでも僕は男に話しかけ続けた。

「お前の死体を片付けるよ。お前は拷問が好きなら死体の処理の仕方は知ってるよな?硫酸で人体を溶かすのをスムーズにするには、フィッシュアンドチップスくらいまで身体を小さく刻まないと溶かすのに時間がかかるんだよ。……困ったな。ボブの会議の資料作りの手伝いもあるから早く帰らなければいけなかったのに。」


ーーーーー


 僕の名前はディビス。


 僕は「僕が人間ではなくなってしまった」あの日から、「僕がいつでもいなくなってしまっても良いよう」に毎日自分の事を片付けている。


 でも、なぜかいつも「やるべき事」は、なくならない。


 今この瞬間も、 明日……そのために、やらなければいけないこと、が増えていく。


 いなくなってしまってはいけない理由が、常に生まれてきてしまう。


「いついなくなっても良いよう」に支度をしているのに。


そんな僕のエンディングストーリー。

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