第4話 もうひとくち。
「でも、」
「動物は服を着ないけど、服を着たペットいるでしょ!」
「………………そういえば」
と言ったアネットは、何処か残念そうだ。
「本当、脱がなくていいからね! あと、着替えも用意させておくから! それともう匙つかって食べていい! 私に、その、面倒くさいことさせないでよ!」
「むー…………」
また不機嫌そうになったアネットは、くるんとその場で転がり、リエラに背を向けた。
「じゃあいいです」
「え。」
「餌、いらないです。飢えて死にます」
「死ぬって、あなた……」
「ご主人さまに、あーんしてほしかった……」
「ぐぐ…………」
(なんなのよこの子……!)
こんなわがままで聞き分けが悪い子だったろうか?
リエラは十数秒ほど苦悩して。
格子の間に手を入れて、粥の皿から匙を手に取り、乱暴にすくいあげる。
「解ったから! 食べさせてあげるから! あーんしなさい! ほら!」
言葉を聞き、すぐさま振り返ってアネットは這い寄ってくる。
「はい! ごしゅじんさま! あーん」
ペットか!
ペットだった。
「………はい」
その勢いに気圧されながらも、おずおずと匙を妹の口に差し入れた。
ぱくん。
「おいしいです。ごしゅじんさま」
「あ、そう。うん……」
(なにこれ。何かおかしくない?)
おかしい。
確かに、最終的にはこんな感じになるくらいに調教することは構想としてあった。そういう意味では手間が省けたとは言える。
しかし、リエラが求めていたのはこうなるまで調教することであって、自分から勝手に隷属してペットとして振る舞う妹に、手づから餌をやることではない。
ないのだが。
「もうひとくち」
あーん。
「うぐぐぐぐ……」
葛藤は、十秒ほど続いた。
(駄目よ。ここで甘い顔したら!)
すでに一度根負けして匙であーんしてあげておいて、そんなことを思う。
みんなに愛されていたアネット。
みんなを愛していたアネット。
彼女の妹。
みんなはアネットと彼女を比べ、貶めていた。それはもしかしたら被害妄想も入っているかもしれない、という自覚はあった。しかし止められなかった。
光の御子である妹に比べて、姉は出がらしだの凡庸だのと。
そう陰で言われてたこと自体は、事実なのだ。
ただ、すべての人間がそう言っていたわけではない、かもしれない。
けれど、すべての人間はそう言っているかもしれないと、言ってなくても、心の中ではそう思っているのだと、そんな妄想が止まらなかった。
自分でも、駄目な女だと思っていた。こんな妄想を抱いてしまうから、光の力は宿らなかったのかもしれない、とも思ったりもした。
魔王の力に目覚めた時は、喜びさえした。
自分は凡夫などではなく、妹にも比肩する、あるいは遥かに超えた力を持つという事実は、何よりも甘美なものだったのだ。
(そう……わたしは、わたしは、わたしは魔王……光の御子の敵……敵なの)
こんなことをしている場合ではない。
具体的には、皿から匙でお粥をあーんしてあげている場合ではない。
それを言い出せば、籠みたいな檻に入れてペットにしている場合でもないのだが、そのあたりはリエラは都合よく無視していた。
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