第2話 ごしじんさま。

 またもリエラの反応がないので、アネットはもう一度首をかしげ。


「あーんして」

「何度も言わなくていいわよ」

「さすが姉さま」

「馬鹿にしてるの」

「……ごめんなさい」

「あんたは……ッ」


、ですね」


「―――――――」


 自分の立場が解ってないのね――と叫ぼうとしたリエラは、その言葉に硬直する。

 本当は、最初に自分を姉と呼ぶことがあれば、私はもうあなたの姉ではないとか、立場を弁えなさい、ご主人さまと呼びなさいとか、まあだいたいそういうことを宣告し、命乞いをするアネットを切り捨てるつもりではあったが。

 いや、この誇り高き妹がここで命乞いをするなどとは、リエラは欠片も思っていなかったけれど。


 いつも人の輪の中にあり、笑顔を絶やさなかった、アネット。

 リエラにとってただ一人の妹で、この上なく劣等感を刺激する存在だった。

 

 幼くして光の御子としての資質に目覚め、頭もよく、容姿も美しいアネット。


 それに対して、リエラは、なんの力もなかった。力に目覚めることもなく、アネットほどのとびぬけた頭脳ももたず、だけど国や家族のために、必死に勉強した。

 それなり以上の成績を修めた。

 しかし、彼女の努力も、決意も、世間の誰も認めなかった。

 どれほどに学問を修めようとも、妹に比べられた。貶められさえした。落ちこぼれ呼ばわりされた。


 元々人付き合いがよい方でもなかったが、そのような日々が続いていくうちに、リエラは誰とも視線を合わさなくなった。

 部屋に閉じこもるだけのことも多くなった。

 

 そしてある日、魔王の力に目覚め――――


「あなたは、その、現実を……えーと……」


 リエラは現実を受けいけれられずにいた。


 このアネットが、自分を「ご主人さま」と強制されずに呼ぶことに、思考がついていかなかったのだ。というか、舌足らずな声だと「ごしじんさま」って感じだ。どっちでもいいのだけど。

 

(おかしい)


 魔王となる前から、妄想はしていたのだ。


 自分が何か特別な力に目覚めて王国を救う大活躍をして、アネットはみんながほめそやしていたのになんの役にもたたず、無力に打ちひしがれ、非難されるのをかばう自分は優しく手をとり肩を抱き「アネットは何も悪くはないの。無力なのは悪いことなんかじゃないの。だからあなたはあなたのやれることを精一杯いることを考えればいいのよ」と慰めるのだ。

 そして姉の強さとやさしさに感銘を受けた妹は光の御子として無意味に積み重ねた矜持をかなぐり捨てて「ごめんなさいねえさま私が悪かったわ昔みたいに仲良くしてくださいませ」と涙ながらにだきついてきて謝る――


 そんな妄想とはやや違うが、こうして妹に無力を味あわせることができたわけで。

 これからはあの屈辱の日々のお返しとばかりに、アネットを隷属させて凌辱の限りを尽くしてやると、そんなことを考えていたというのに。


 それなのに。


「ごしゅじんさま」


 アネットは、お皿の前で前かがみに両手を床につけ、顔をあげた。

 いつもと同じような、とりすませたような顔をしていた。


 そして口を開き。


「あーん」

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