魔王になった元落ちこぼれの姉に飼われています。
奇水
第1話 あーんして。
「今日からあなたのご飯は、これよ」
ぴかぴかの皿に盛られたのは、薄茶色のどろどろの粥だった。
それに純銀の匙が突き刺さるように放り込まれている。
「…………これは?」
不思議そうにそう尋ねたアネットは、床に置かれたその皿の前でちょこんと座り、格子ごしに見える姉の顔とその皿を何度か見比べた。
姉――と言っていいのだろうか。
血縁上は姉のままであるには違いないけど。
アネットがつい先日まで姉と呼び続けた娘、リエラは、妹とは全然似ていない黒髪をかきあげ、深い笑みを浮かべる。
「さっき言ったでしょ。これからは、今日からは、これが、あなたのご飯。別の言い方をすると、これは、餌よ」
「………………餌?」
「餌よ」
そう言って、アネットを指さす。
「だって、あなたは私のペットだもの」
アネットは「ペット」と呟いた。
リエラは「そうよ」と、妹ではなく、自分に言い聞かせるように口にした。
「私は、今生に目覚めた魔王は、光の御子である貴女を、ペットにしたと、そういっているの、よ」
「……………」
光の御子と言われたアネットは、無言のままに自分の姿を見てから、姉――魔王――を見て、部屋を見渡し、そして最後にもう一度、姉を見た。
自分は白いパーティードレスのままで、姉もまた黒いドレスに、ガウンのように闇の色のマントを肩にかけている。
――あの時のまま、とアネットは思う。
アネットの十六歳の誕生パーティーのあの日のあの時、突如として闇の魔王の力に目覚めたリエラは、最強にして最恐にして最古の魔王の復活を宣言し、またたく内に王国を召喚した魔性の者たちによって制圧したのだ。
王家の者たち、高位の貴族たちは、それでもとっさに魔術によって難を逃れたようであったが、ほとんどが魔性たちによって囚われた。
次代の光の御子、王国の守護者として期待されていた彼女であるが、多勢に無勢であった。
さしたる抵抗もなく、このようにして『鳥籠』に入れられてしまった。
『鳥籠』とは言っても、高さは人間の身長で三人分はある。
直径は二人分。
その中に、ふわふわの毛布と枕と共にアネットは押し込まれてしまったのだ。
まあ、それはいいのだけど。
アネットは皿を見て。
「これが、わたしの、……餌?」
「そう、言ったでしょ。ようやく飲み込めたのね。ふふ……王国きっての才媛と言われていても、この現実はそう簡単には受け入れられないのね」
「餌……」
「そう。何度でも言ってあげる。餌よ。だってあなたは私のペットだもの。ペットのご飯は餌でしょ?」
「んー………」
アネットは首をかしげて。
しばし考えてから。
「あーんして」
と言った。
「え。」
とリエラ。
「ん。」
とアネット。
彼女はもう一度、少し首をかしげてから。
「あーんして」
そう、もう一度言ったのだった。
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