第14話 夢現 →ウツツ
夢から這いずり出るように目が覚める。
もうすっかり朝になっていた。
(なんだ、あの夢………明晰夢か?)
あまりにリアルな夢に、僕の現状を説明するかのような夢に少々面食らっていた。
そして何より昨日とは違い、一から十までその内容を明確に覚えていた。
昨日の比にならないほど背中には珠のような汗をかいている。
(師匠まで出てきて………嫌な夢だった。)
そして、不意に昨日の彼女の言葉が浮かぶ。
なぜ急に師弟関係を解消されたのか。
ろくに説明もないままに彼女は修練場から消えてしまった。
なんとも味気ない別れに、その時の僕は問いただすでもなくただただその後ろ姿を眺めていた。
「とりあえず、理由だけでも聞かないとな……」
そう呟くと、いつも通りとまではいかないものの、夢のことは一度忘れようと心を切り替え、僕は登校の準備を始めた。
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朝、教室に入ると既にグレは席についていた。
うつむきがちな彼女に視線を投げかけると、一瞬目が合う。
だが思った通り、コンマ何秒かそんな世界の速度で彼女がそっぽを向く。
やはり多少の気まずさはあったので、まずはじめにたけちゃんの席に向かう。
「おはよう。」
「おう友和、今日は珍しくお前のほうが遅いな!」
「ああ、なんか嫌な夢見ちゃってね。」
「なんだその言い訳!!どうせ夜更けまでゲームでもしてたんだろう?」
「本当だって!すごい嫌な夢だったんだ!
気持ち悪くて柄にもなく噂の『朝シャン』ってやつまでやってきたんだ!!」
「ふーん、まあいいけど。
そういえばお前!昨日はなんであんな早くに帰ってんだよ!
一言ぐらいあってもいいじゃねえか!」
「ああ、ごめん!色々と………」
「……そうか。
……やっぱ新作ゲームを早く部屋に帰って夜通しやってたんだろ!
今度から俺も誘えよな!」
たけちゃんは何かに感づいたかのように、冗談でその場をごまかした。
自分では態度に出してはいなかったつもりだが、たけちゃんは僕のことを何でもお見通しといったところかもしれない。
彼の明るさには、色々と助けられていた。
母が死んで中央都市に引っ越してからずっとの付き合いだが、僕が母の死から立ち直れない時期も何度も遊びに誘ったりしてくれて僕を元気づけようとしてくれていた。
その優しい性根のまま、彼はここまで僕と付き合ってくれている。
(持つべきものは多くの友より、一人の親友だなぁ。)
そんな感慨に浸っていると、朝のベルが鳴る。
僕は半ば強制的にグレの隣に座らなくてはならなくなった。
隣に座る。
チラッとグレの方を向くと、彼女はあからさまにこちらから顔をそらしている。
ものすごい拒絶反応だと何故か感心してしまうほどに、首の角度が日常生活には見られないほど鈍角に開いている。
何かきっかけを、こちらに顔を向かせなくてはと思い、とりあえず気持ちのこもらない社交辞令的な挨拶をしてみた。
「あ、あの…おはよう。」
「···················」
「おーい、グレ。おーい、グレさーん。」
「……おはよう。」
彼女はいやいやながらも、僕のしつこさに屈したのか、挨拶を返してくれた。
それだけで今日のノルマが達成されたかのような高揚感が僕の胸のうちから湧き上がる。
調子に乗ってきた僕はそのまま会話を続ける。
「昨日のアレ、冗談だよな?
いやぁ、迫真の演技で僕もツッコミどころがわからなかったよ!」
「……いや、嘘偽りない本気なのだ。」
「またまた!今日は本気で修行するからさ。」
「………………ダメなのだ。」
「<観劇>に夢中になっちゃってさぁ、すっかり攻撃のことを忘れてたんだよ。
それもいきなり轟さんだろ?
キツイって!
でも今日は行ける気がする。
いつも通り、放課後すぐ修練場に………」
「ダメなのだ!!!」
グレの大声が朝のHRをしている教室中に響き渡る。
彼女は抑えきれなくなった感情を無意識のうちに爆発させてしまったのだろう、自身の行動に驚き、口を手で覆い目を見開いている。
ただでさえ人見知りな彼女に、初めてと言っていいほど多くの衆目が集まり、怪訝そうにクラス全員の顔がそちらへ向いている。
「………ダメなのだ、私では。バカ弟子。」
そう小声で言うと、彼女はそのまま逃げるように教室から出ていった。
またも僕は彼女の背中を追うことはできず、その理由のわからない強情に呆然とせざるを得なかった。
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結局、グレはこの一日教室に戻ることはなかった。
普通の軍学校であれば、強面の鬼教官が出てきて、引きずってでも教室に戻し授業を受けさせようとするかもしれない。しかし、アウターアカデミーの超個人主義といったところか、生徒は普通の高校生と同年齢で授業もみんな統一なのにもかかわらず、変なところで大学のような自由すぎる校風が影響し誰も彼女を気に掛ける者はいなかった。
僕も休み時間を使って校内を見て回ったりしたが彼女の姿は見つからず、おそらく寮に帰ったものだと思われる。
いくらか心配はしていたものの、僕はいつも通り修行をするために修練場に向うことにした。
僕がいつも使う第一修練場は、本校舎から出て第三訓練場を横切るように建てられている渡り廊下を抜けたところにある。
たけちゃんとも気まずい雰囲気になってしまった僕は、一人でそこに向かっていた。
昨日の今日で人数が三分の一になってしまうと何となく物悲しい。
そんな気持ちで訓練に身が入らないことは百も承知だが、夕日の見えない曇り空とともに、僕の心もどんよりした気分になっていた。
(切り替えないとな。
そもそも師匠がついてくれているということ自体が特別過ぎる待遇だったんだ。
師匠はああも頑固に口を開かないし、少し距離を詰めすぎたのかもしれない。
所詮は師匠と弟子、ただそれだけだったんだ。
破門を言い渡されたからにはいつまでも師匠に頼っていてはだめだ。)
納得のいかない結末ではあったが、僕は理由を何個も外付けすることで
昨日のように攻撃が「出来ない」では済まされない。
修練場につく。
黒い布を被ったエセ剣豪くんが目に入り、新しい師匠となったこのロボットにお願いして修行をつけてもらうことにした。
背面に取り付けられたパッチを開き、電源ボタンを押す。
昨日のように一通りの動作確認が済むと、あの陽気すぎる声が聞こえる。
「『トモカズ』かァ?!今日もぶッ叩かれに来たのかァ?!」
「おう。今日もよろしく。」
彼の突き抜けるような声は僕の脳天によく響く。
切り替えたはずの心も、彼の明るさに反比例して暗くなっていくようにずるずると引きずられていった。
だが、ロボットに人間の機微が感じられるはずもなく、かまわず訓練の説明を始めた。
「昨日は蛆虫みてェに這いずり回ッてたかんなァ!!
一発ぐらい当ててみろッつうんだァ!!」
どこにそんな悪口をインプットされているか知らないが、およそロボットのものとは思えない、いや人間の世界でも早々出会えないような罵詈雑言が僕に向けられ吐き捨てられる。
いつもならお得意の無視で難なく切り抜けているところ、なぜかまともに食らってしまう。
「いまんところォ!二人の人物が再現できんだけどよォ!!
『トドロキ』と『シグレ』、どっちにブっ叩かれたいィ!?」
昨日と同じセリフだ。
このテンションの高い選択提示は毎回やるものらしい。
僕は背面の画面に表示されていた『トドロキ』の方に一度指を向けたが、昨日『トドロキ』に手も足も出なかったから、また、つまびらかに言ってしまえば師匠の剣をもう一度受けたいという気持ち悪い思い付きも相まって、その指を止め、隣の選択肢をタップした。
「『シグレ』だなァ?!じゃあ、はじめッぞォ!!」
そういって修行が開始された。
エセ剣豪は師匠に倣い、二本の木刀を持って僕に向かってきた。
だが、師匠の小さい体を活かした素早い身のこなしには到底及ばない。
というよりも、むしろ遅く見えた。
ダンッッ!!
僕の方へと強く踏み込み、切っ先を下に向けて刀を引きずるようにして迫る。
間合いに入ると体の前で交差させていた双刀を斜めに振り上げる。
僕もそれに呼吸を合わせるよう後ろに退き、問題なくかわす。
右の横薙ぎに対してはまっすぐに立てたアウターを使って受け止め、それに呼応した左の袈裟斬りを、アウターを軸に回転し受け止めたままの刀をそのまま飛び越えることで避ける。
まだまだ連続攻撃が続く。
彼が回避行動を終えた僕の方へ向き、スライディングを仕掛ける。
着地した瞬間の足を狙っているようだ。
しかし、あまりに始動が遅い。
さらに言えば、これは<観劇>の予測と合致している。
見慣れた師匠の動き、いや、その動きを少しスローモーションにした一連の動作。
ロボの一挙手一投足に合わせる様、その動き自体が僕の体を勝手に動かす。
スライディングが届く前に僕は着地を終え、棒高跳びの要領で彼の体を飛び越える。
ついに後ろを取った。
跳躍に使ったアウターをそのまま中段に構え、後ろから背中に切りかかろうとする。
(いける!!!!)
キュ!!!
しかし、またも踏み込む足にブレーキがかかる。
そのようなためらいが一瞬のスキを作った。
彼は後ろを振り返ると、そのままの流れで刀を頭上にあげたままの僕の右横腹に蹴りを入れる。抉るような蹴りはそのまま僕の脇腹を食い込み、押し込まれるように僕は吹き飛ばされた。
この瞬間、僕は思い出した。
師匠のあの洗練された身のこなしを、武骨なロボットに重ねて。
(初日にこんなことがあったな。なつかしい。)
そしてまた、彼女に剣術を、<刀戯>を教わりたいと心底思った。
心の中で閉じ込めていた、あの暴虐な振る舞いに不満が募っていたのだ。
これは一発殴ってでも理由を聞かなくては、そう強く決意した。
そう思ったころには、体が勝手に動いている。
起動したばかりのエセ剣豪君を有無を言わさず強制終了し、修練場を走り出る。
入れるはずのない女子寮に向かって僕は全力疾走をしていた。
なにか出来るとは思っていなかった。
ただ行ってみようと思っていただけだ。
敷地内の正反対に位置する女子寮に向かい、10分間も全力疾走していた僕はさすがに息切れをしていた。
その荒い息遣いのまま、エントランスへ何のためらいもなく突き進む。
「なんだお前!!男子禁制だ!!早く出ろ!!」
二人の警備員が僕の前に警戒棒をクロスさせて僕の行く先を阻む。
あまりの勢いにこの二人も少し恐ろしそうに、顔を引きつらせている。
関係ない、そう思った僕はクロスされた棒をこじ開けるように両手に力を入れた。
警備員と揉みあいになる。
五分後。
いつのまにか僕は口も利く暇も与えられずに玄関の外へほっぽり投げられていた。
(よくよく考えれば、こんな汗だくで荒い息のヤツが血眼で突っ込んできたらそりゃこうなるか‥‥‥)
ぼくは、ほっぽり出された体を仰向けに向けなおし、横たわりながら荒い息を整えていた。
はたから見たら不審者だということが頭の中からすっぽり抜けていたのだろう、僕は少し反省をしつつ、アスファルトの上で少しの間曇り空を眺めていた。
コツコツ。
僕の頭の方から一つの足音が近づいてくるのが聞こえる。
長い金髪が垂れてくるのが目に入る。
僕の視界で逆さまになったアリスさんの顔が映った。
「あんた、知里じゃない?
また気持ち悪いことしてんじゃないわよ。
今度は何?
女子寮が男子寮と遠いから一人抗議運動でもしてるの?」
「いいや、籠城作戦をとられているから侵入して中枢を叩こうと思ってさ。」
「はは~ん‥‥‥」
アリスさんが僕に向けていた顔を上げてにやけ始める。
その様子を不審に思った僕は体を起こし、彼女の方へ向き直る。
「なんでしょうか?」
「いやいや、存外に情熱的なんだなあと思ってねっ♪」
これ以上なくバカにされていると思った僕は、語気を荒げてまた呼吸を乱すように反論した。
「ああ、そうですよ!
こんなくたびれ顔でも情熱は持ち合わせているんですよ!!
ていうかいろいろ勘違いしてるぞ!!!」
「ふーん、ちょっと見直したかも。‥‥で?どうしてほしいのよ?」
「え?なんかしてくれるんでしょうか?」
「うん。面白そうだしね。
そう、中枢を叩く、ね。
やはり在りし日のジャパニーズ忍者作戦ね!!
あら!こんなところにちょうど汗だくびしょびしょの男が入れそうなでっかいカバンがあるぞぉ~!
これってもしかして時雨さんへのお届け物かしら!」
「え!?ほんとに!?じゃあお邪魔して、と。」
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カバンの中で自分の足と手とでセルフ格闘を終えた僕は、より汗だくになって師匠の部屋の前に到着していた。チャックが開かれる。
「はい、私はここまで。あとはごゆっくり♪」
そういってアリスさんが、楽しそうにそそくさと退散した。
ぼくは今の状況を客観的に見てみる。
厳重に入ることを禁じられている輩が、なんの障害もなく一つノックをすれば女子部屋に入れる状況。
ぼくは年相応の興奮を胸に秘めていた。
(成り行きとはいえ女子の部屋まで来てしまった!!
うぉおおおお!なんだか燃えてきたぁああ!!緊張するぅうううう!!!)
こんなテンションで突入したらまた再教育を受けることに気が付いた僕は、なるべくはやる気持ちを抑え、紳士的に手首のスナップをよく効かせて柔らかなノックをする。
「…………………………‥‥………」
応答がない。というよりも、ドアが少し動いて部屋の中へと開く。
鍵もかけずドアもしっかりと閉めていない。
もう一度ノックするが、ただそのノックとともに少しずつ扉があくだけだ。
その状況を不審に思った僕は他の部屋に聞こえてしまうかもしれない声を出して、師匠の部屋に呼びかける。
「師匠!寝てるんですか!?」
「……………………‥‥……………」
「入りますよ!!後でお叱りはたんまり受けますから!!」
ドアを開ける。
目に映ったのが、散乱する家具。
開けっ放しの窓。
明らかに刀で切られた跡の残るカーテンの切れ端。
異常な状況。
いや、争ったような痕跡が惜しげもなく散らかる明確な状況が、目に入ってきた。
僕は慌てて部屋の中に入る。
そこら中を探し回り、無意識のうちに師匠の姿を探すが、そこにいるはずもない。
ベッドの上にあった掛布団を横暴にはがす。
「‥‥‥小夜?」
ベッドの中には、口に切り傷の残る小さな虎がいた。
どうやら、意識がもうろうとしているらしい。
幼獣態のままでは、
オーナーからコマンドが下れば変態もできるがそのような時間のなかったのだろう。血を少し流し、重たそうな瞼を開けようと頑張っている。
「小夜!?大丈夫か!?いま、マナを分けてやる。ほら、噛め!」
僕は腕をまくり小夜の口元に差しだす。
血を経口摂取することで、オーナーには劣るが、マナ量を回復し傷を癒すことができるのだ。
小夜が僕の腕を噛み、しばらくしたら口を利けるようになった。
そして、懸命に口を動かしこういった。
僕は事情はなんとなく察せていたが、信じられないこの状況の答え合わせをするように耳を傾ける。
「時雨様が‥‥‥連れ去られました。」
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