この戦争の総評

 44日間続いたこの戦争は、無人機が史上最も活躍した戦争でもあります。

 アゼルバイジャンの無人機による奇襲と共に始まり、無人機が勝利をもたらしました。オハニャン線という強固な防御陣地に立てこもったアルメニア軍は回り込まれ、現代のマジノ線になりました。

 奇しくも、帝政ドイツとフランスの戦闘に似ています。新兵器というほど新しくは無いものの、ある程度戦訓の溜まった兵器を主体とした新戦術。それによる勝利。80年前は戦車であり、2020年は無人機だった。


 これにより、世界中で無人機とそれに対する兵器や戦術の開発が加速するでしょう。無人機は安く、数を揃えられる、貧者に優しい兵器です。今無人機に対抗できるのは既存の防空網であり、これはお金がかかります。


 アルメニアの敗因は、昔の戦術や兵器に胡座をかいてアップデートを怠っていた事です。無人機とノイズを区別できないレーダーでは、無人機の跋扈を許すのは必然でした。

 とはいえ、中小国家が十分な防空網を築くのは容易ではありません。戦争開始直前に大量の無人機を買い込み、アルメニアに気づく暇を与えず、盾を切り捨てて矛を伸ばしたアゼルバイジャンの決断が良かったのでしょう。


 ただ、この戦術が常に通用するとは思えません。身近な例で言えば、日本と中国が例外に当たります。

 アゼルバイジャンが主に使用した無人機は、バイラクタルTB2とハーピー(ハロップ)です。このような無人機は能力が制限されるものの、安くて数を揃えやすい特徴があります。

 この二つが対日戦で使えるかと言うと、ノーです。バイラクタルTB2は交信距離が見通し線内に限られます。ハーピーは航続距離が500kmほどありますが、つまり飛ばしたほとんどが日本海に沈むことを意味します。


 別に無人機の種類はこの二つだけではありませんが、安い無人機というのは大体似たような能力に制限されます。数を揃えやすい無人機がいきなり大挙して日本に押し寄せることは、ほぼありえません。

 大型で高価な無人機は、当然数を揃えにくく、旧式の防空網にも探知されます。

 よって、自衛隊がアルメニア軍の二の轍を踏むのは、少なくとも中国軍が橋頭堡を確保してからになるでしょう。


 こういった例は他にもあります。ただ、無人機が有人機より数を揃えやすく「攻め得」である事に変わりがないのも事実です。既存の兵器と共に運用することで、その軍の戦闘力を大きく上げることができる存在です。

 人名重視の現代軍で、無人機の価値は徐々に高まっています。それが、今回の戦争で数段引き上げられた……というところでしょう。


 戦術的な影響より、戦略的な影響の方が計り知れません。未承認国家に対し、世界はほとんど何も出来なかった、という前例を作ってしまいました。

 未承認国家やそれに近い存在の地域は世界中にあります。台湾、アブハジア、南オセチア、クリミア、ドンバス、沿ドニエストル共和国、キプロス、クルディスタン……係争地であることがほとんどです。

 ここを取るには武力が効率的だと思った国が無人機を大量に購入したら?場所を変えて同じことが起きるのでしょうか。


 国際社会はあまりにも複雑になりすぎました。敵と味方、という関係では語れなくなり、誰も助けに入れない地域がいくつも存在します。泥沼の無人機戦争か大国に蹂躙されるか、という状態に陥る可能性は、今回の戦争を機に大きく高まりました。

 そういった紛争や戦争から、大戦、世界大戦に発展する可能性は十分にあります。11/10 8:30、エチオピアとエリトリアの国境付近でも戦闘が起きています。火に油がそそがれました。


 願わくば平和を。ですが、いえだからこそ、刃を研ぐことを怠ってはなりません。

 戦争はパワーバランスが崩れた(と、当事者が思った)時に起こります。アゼルバイジャンはオイルマネーでアルメニアの倍近い戦力を整え、無人機を大量に揃えました。だから侵攻という決断に至れた。


 パワーバランスを崩してはならない。さて、日本と中国のパワーバランスは。


 結論は、読者各位に任せます。

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