暮れ方のあの子
梔子
暮れ方のあの子
涼子(17)……高校2年生。クラスでは一匹狼なタイプの女の子。ある事件をきっかけに茜と繋がりを持ち、今に至る。茜のことが好き。
茜(16)……高校1年生。大きな秘密を抱えている。自由な性格と「不思議な体質」のせいでいじめられている。
涼子「幼い頃、西陽に背を向けて歩いてみると、本当の自分より大きく長く伸びる影がぴったりくっついて付いてくるのが面白くて、帰り道のちょっとした楽しみだった。
特に秋。夏よりもっと長くなった影と一緒に歩く、金木犀の香り漂う暮れ方が好きで、ひとりぼっちの帰り道が橙色に彩られて、思い出の中で佇んでいる。これは、そんな暮れ方の影のような恋人との秘密のお話。」
(SE:下校のチャイム)
間2秒
茜「♪夕焼け小焼けで日が暮れて山のお寺の鐘が鳴る」
涼子(歌に被せるように)「茜、帰るよ。」
茜「はーい!」
涼子「結構待った?」
茜「んーん。」
涼子「ごめんね、委員会でやること多くて。」
茜「涼ちゃんと帰れるならそれでいいの。」
涼子「ふふ、ありがとう。」
涼子「学校の屋上、茜は毎日歌ったり、寝たり、雲を眺めたりしながら私を待ってくれている。栗色の柔らかな髪が西陽に照らされて淡い光を放つその姿は、夕暮れの天使のようだ。校舎を出ると必ず手を繋いで駅まで歩く。茜の手は小さくて柔らかくて温かい。」
茜「今日の帰りね、一緒にクレープ食べたかったんだけど、もうご飯の時間だからダメだよね……」
涼子「いいよ。家帰っても誰も居ないし、茜がいいなら食べちゃお。」
茜「うん!」
涼子「甘いの好きだもんね。」
茜「うん、大好き。」
涼子「私よりも好き?」
茜「涼ちゃんの方が好きです。」
涼子「本当にー?」
茜「本当の本当!」
涼子「ふふ、分かってるよ。いじめたくなっちゃった。ごめんね。」
茜「もーう、いじわるなんだからぁ。」
涼子「茜がかわいいからつい、ね。」
茜「もーう!照れるから!」
涼子「ふふふ、かわいいねぇ。」
茜「むぅ。」
涼子「ほら、着いたよ。どれにするの?」
茜「いちごちょこ。」
涼子「じゃあ私もそれ。」
(アドリブ風に、涼子「いちごチョコレート2つで。」「ありがとうございます。」)
涼子「はい、どうぞ。」
茜「ありがと。あっ、ちょっと待って、お金……」
涼子「いいよ、これくらい。」
茜「でも、」
涼子「この前アイス買ってくれたじゃん。お返しだよ。」
茜「えへへ、ありがとう。いただきます。」
涼子「零さないようにね、いただきます。」
茜「(もぐもぐしながら)零さないもん……おいしい。」
涼子「おいしいね。」
涼子「茜と付き合うまで私は、人前で何かを食べるのが苦手だった。けれど、甘いものを食べている茜の笑顔を見ていると、自然と心がほどけて同じ幸せを感じたくなるのだった。本当に、この子は私の身も心も健やかにしてくれる。」
茜「今日も空が綺麗だね。」
涼子「ね、綺麗な茜色。」
茜「っ……」
涼子「どうしたの?」
茜「……んーん、なんでもない。」
涼子「本当?」
茜「本当は、呼ばれたみたいだなって思っただけ。」
涼子「あぁ、呼んじゃったね。」
茜「涼ちゃんは夕暮れに映えるよね。」
涼子「何を急に。」
茜「んー?仕返しなの。」
涼子「かわいい仕返しだね。」
茜「でも本当のことだから。」
涼子「そっか、ありがとう。」
茜「あのね、涼ちゃん。」
涼子「何?」
茜「私たち、付き合ってから明日で1年だね。」
涼子「1年かぁ。短いとはいえ、まあまあ経ったね。」
茜「うん。だからね、涼ちゃん明日空いてるなら、記念のデートしたいなって思って。」
涼子「土曜はいつもデートしてるでしょ?記念じゃなくてもするよ。」
茜「でもでも、記念ってところが大事なんだもん!」
涼子「そうね。一年記念デート、しよっか。」
茜「えへへ、よろしくお願いします。」
涼子「で、したいこととか決まってるの?」
茜「明日まで秘密だよ。」
涼子「ふーん、サプライズでもあるのかな?」
茜「んー、秘密。」
涼子「分かったよ。それじゃ、また明日ね。」
茜「うん。足元だけ、履き慣れた靴にしてきてね。」
涼子「分かった。気を付けて帰るんだよ!」
茜「はーい!」
涼子「茜と私の出会いは、ちょうど秋の暮れ方、屋上へ続く階段のある廊下を通りすがった時だった。」
茜、泣いている。
涼子、泣き声に気づく。
涼子「誰か、泣いてる……?」
涼子は階段を上がり、屋上の扉の前に茜を見つける。
涼子「階段を上がり屋上の扉の前にいたのは、手首をガムテープで縛られた茜だった。私は傷にならないようにテープを剥がし、声を掛けた。」
涼子「大丈夫?」
茜「だい……じょうぶ、です……」
涼子「か細い声で答えた茜は、怯えた様子で縮こまり震えていた。震えるその身体からは光の粒がふわふわと浮き出していて、輪郭は薄く、まるで消えてしまいそうに見えた。」
茜「いや……」
涼子「え、何?」
茜「いやだ……消えたくないよ。」
涼子「その小さな声に私は、この子は消えてしまいそうなのではない、本当に消えてしまうんだと感じた。」
茜「助けて……」
涼子「どうしよう……何か私にできることある?」
茜「抱きしめてください。」
涼子「えっ……」
茜「抱きしめて……そうしないと消えちゃう……」
涼子「分かった。」
涼子「私は小さくなった茜を包み込むように抱きしめた。その身体は確かに温かく、形あるものだった。しばらくそうしていると、茜の身体から浮き出る光は止まり、震えも落ち着いていた。」
茜「ありがとう……あと、屋上に連れて行ってくれませんか。」
涼子「分かった。(茜の手を握って階段を上り屋上のドアを開ける)……これで、大丈夫なの?」
茜「うん……大丈夫。」
涼子「……良かった。」
茜「あっ、でも手は離さないでください。」
涼子「あっ、うん。」
茜「リボンの色……先輩、ですよね?お名前聞かせてもらえませんか?」
涼子「あぁ、陸奥涼子だよ。」
茜「陸奥、先輩。」
涼子「んー、涼子先輩って呼んでよ。」
茜「涼子、涼……ちゃん?」
涼子「うんうん……って涼ちゃん?」
茜「え、ダメですか?」
涼子「ダメですかって…………まぁ、いいけど、なんで急にそんな親しげなの?」
茜「助けてくれたから。」
涼子「はぁ。」
茜「私を影から守ってくれたから。」
涼子「影から守る……って?」
茜「何言ってるんだろうって思いますよね。」
涼子「うん、どういうことなの?」
茜「私ね、暗いところにいるとどんどん小さくなって消えちゃうんです。」
涼子「…………ん?」
茜「だからね、光の当たらないところにいると消えてなくなっちゃうんです。」
涼子「茜の不思議な体質について聞いた時、始めはただ理解が追いつかなかった。けれどついさっき見た光景が全てだと自分に言い聞かせ、茜の言うことを信じた。」
涼子「じゃあ、いつもどうやって過ごしているの?」
茜「陽の当たる時間はずっと日向にいるし、日の当たらない時間は明かりをつけたお部屋にいます。」
涼子「へぇ……それならもしさっきみたいになったらどうすればいいの?」
茜「誰か他の人の温もりを分けてもらえれば消えません。」
涼子「だから、手は繋いだままでいるの?」
茜「はい……もう、日が暮れてしまうので夜が怖くて。」
涼子「そっか……じゃあ、早く帰らなきゃね。家までついて行くから、案内して。」
茜「ありがとうございます。」
涼子「帰り道、私たちはずっと手を繋いでいた。同じ年頃の女の子と手を繋ぐなんて、いつぶりだっただろう。隣で歩く茜は、柔らかな光を放っているかのように温かく、何よりとてもかわいらしかった。知らずうちに私は、茜に心惹かれていた。」
茜「ここです。」
涼子「結構近かったね。」
茜「本当にありがとうございました。涼ちゃんも気を付けて帰ってくださいね。」
涼子「あー、なんかくすぐったいな。ちゃん付けを止めて敬語のまま話すか、敬語を止めるかどっちかにしてよね。」
茜「じゃあ、涼ちゃんのまま呼ぶ。」
涼子「はいはい、何でもいいけどね。……そういえば、君の名前聞いてなかったよね?」
茜「あっ、ごめんなさい!茜です。」
涼子「茜ちゃん、か。また会うか知らないけど覚えとくよ。」
茜「えへへ、また会いますよ、きっと。」
涼子「本当かなぁ……まあいっか。それじゃあね、おやすみなさい。」
茜「涼ちゃん、またね!」
涼子「その翌日、茜は1組から7組まである私の学年を1クラスずつ回って私のことを探しに来た。ちなみに私のクラスは7組だ。」
茜「涼ちゃんいますかー?」
涼子「えっ?」
茜「いた!涼ちゃーん!」
涼子「えっ、ちょっと。何しに来たの?」
茜「探しに来たの。」
涼子「それは分かるよ!私が聞いてるのは何をしに来たかだよ。」
茜「え……会いに来た。」
涼子「はぁ……どうして会いにきたんだか……」
茜「会いたかったからだよ?」
涼子「……っ、そんなかわいい顔してもだめ。先輩の学年にそんな堂々と遊びに来るんじゃありません。」
茜「でも、涼ちゃん一人でしょ?」
涼子「まあね。」
茜「何もしてなかったでしょ?」
涼子「まあ、ね。」
茜「じゃあ、何でだめなの?」
涼子「あーもう。分かったから、屋上、行くよ。」
茜「はーい!」
涼子「ふぅ……昼休みだっていうのに……」
茜「んー気持ちいい。」
涼子「気ままに日向ぼっこか……子犬みたいだな君は。」
茜「気ままじゃないもん。死活問題だもん。」
涼子「そうね。」
茜「でね、実は実はお話があるんだ。」
涼子「何?お話って。」
茜「あのねー……涼ちゃんと私はお付き合いすることになりました!」
涼子「……はぁ?」
茜「今日から恋人になるんだよ。」
涼子「何勝手なこと言ってるの?」
茜「え、だってカミサマとの約束だから。」
涼子「え、待って。全く話の筋が分からない……まず、カミサマって誰?」
茜「私をクレノモノにした人だよ。」
涼子「クレノ、モノ?」
茜「うん、日が暮れるの『暮れ』に、人を表す『者』って書いてクレノモノ。」
涼子「それって、光に当たってないと消えるとかいう体質のこと?」
茜「うん、私がカミサマに大切なお願いをしたらね。その代償としてそうなったんだ。」
涼子「へぇ…………それでなんで私が君の恋人になるのかな?」
茜「私のことを助けた人はね、クレノモノとその神様との契約を結んだってことになるの。だから、涼ちゃんは今日から私の恋人なの。」
涼子「あー、やっぱり意味分かんない……私帰ってもいいかな。」
茜「ダメ!」
涼子「何で!?」
茜「今日のうちに約束しないと、暮れ方には私……」
涼子「もしかして消えるの?」
茜「……うん。」
涼子「はぁぁ………………」
茜「お願い……一緒に居てくれるだけでいいの。」
涼子「んー……学校にいる間はどうすればいいの?」
茜「学校の間は自分で気を付けるから、日が昇ってから暮れるまで、私が一人、影に飲まれる時間から守ってくれたら、それで。」
涼子「……しょうがないな。」
茜「恋人になってくれるの?」
涼子「恋人じゃないけど、いいよ。」
茜「ありがとう!涼ちゃん大好き。」
涼子「熱い!抱きつかないの!」
涼子「それから一年間、私たちは形ばかりの共生をして、寄り添って日々を過ごした。暗く一人ぼっちだった私の人生に、茜は灯りを灯し、橙色に彩ってくれた。一年経った今、私たちはきっと、本当の恋人同士になったんじゃないか。そう思うまでに私は茜を愛してしまっていた。」
茜「涼ちゃん、おはよう。」
涼子「おはようって、もう4時だよ?」
茜「この時間が良かったの。」
涼子「でも、少ししか一緒に居られないじゃない。それにこんな時間に出てきて、危ないよ?」
茜「いいの。今日のデートはね、涼ちゃんと一回だけバイバイしてから、そこからだから。」
涼子「バイバイ……?どういうこと?」
茜「あのね……今日がカミサマに決められた期限なんだ。私のお話聴いてくれる?」
涼子「うん……」
茜「恋人との契約を結んで一年経ったクレノモノはね、ずっとこれからも一緒にいることを、心から願ってもらえなければその場で消えなきゃいけないんだ。」
涼子「そんなの、願うに決まってるじゃない!どうして?それだけじゃダメなの?」
茜「私たちの場合はダメなの。」
涼子「どうして?」
茜「私がクレノモノになったのはね、涼ちゃんの人生を延ばしたからなんだ。」
涼子「どういうこと……?」
茜「私と初めて会った2週間前、涼ちゃん、事故に巻き込まれそうになったでしょ?」
涼子「あぁ……夕方、歩いてたら歩道に車が突っ込んできて……」
茜「私ね、それ見てたの……それでね、誰にも当たらないでって目を閉じてお願いしたの。」
涼子「…………」
茜「その日の夜、夢の中でカミサマに言われたんだ。明日からお前はクレノモノになるって。」
涼子「そんなことって……」
茜「あるんだよ……。命に纏わる願いでクレノモノになった者は、対象の命と結ばれることはないって、そういう決まりなの。だから願ってもらっても恋人のままでは居られないし、私は消えちゃうんだ。」
涼子「ないよ……」
茜「ごめんね……涼ちゃん。」
涼子「何でよ!何で勝手に私の人生変えて、勝手に私の人生から消えるの?分からないよ……意味が分からない……」
茜「本当にごめんね……」
涼子「許さない。そんなの絶対許さない……」
茜「涼ちゃん……」
涼子「許せなかった。だから、私は西の空に向かって大きな声で願った。」
涼子「茜を消さないで!」
茜「その時から世界は真っ暗に変わった。膝から崩れ落ちた涼ちゃんの身体からは、無数の光の粒が浮かび上がってきていた。私は涼ちゃんが消えないように、そっと抱きしめた。」
涼子「これで、また私たち一緒になれるね。」
茜「……うん。こんなことなっても良かったのかな……。」
涼子「カミサマが受け入れてくれたんだから仕方ないじゃない。」
茜「そう、だね。」
涼子「ねぇ、茜。」
茜「何?」
涼子「出会った時どうして私を知らないふりをしたの?」
茜「知らなかったの、本当に。私が一瞬で恋に落ちた人があなただったなんて知らなかった。」
涼子「そう…………それなら今、カミサマに知らしめましょう。これから一年、私がこの世界から消えるまで。あなたが私を、私があなたを心から愛しているということを。」
茜「暮れ方の」
涼子「あの子」
暮れ方のあの子 梔子 @rikka_1221
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