第80話 人には絶対に欲しい物がある

「悪いが断る」


「そんな! ちゃんとお礼はするわ!」


「悪いな、他をあたってくれ」


 何で俺がアイドルの役作りの手伝いなんて面倒なことをしなくてはいけないんだ。

 面倒だしそんなところをクラスメイトにでも見られたら大変だ。

 俺はきっと血祭りに上げられてしまう。

 

「お、お願いよ! 私貴方くらいしか男の子の知り合い居ないの!!」


「そんなわけねぇだろ、一人くらい居るだろ?」


 まぁ、俺はちょっと前までそんな相手居なかったけどな。

 しかし、こんなに綺麗な用紙なんだから、男友達の一人や二人居そうな感じだけどなぁ……。

 仕事が忙しくて学校の友達と遊ぶ時間が無かったとかか?


「その唯一が貴方だったのよ、お願い!」


「何度言われても無理だ」


 あわよくば事務所に入れられるらしいしな。

 そんなの絶対に嫌に決まっている。

 

「お願いよ! 貴方話してる感じ、私に一切興味なさそうだから、何かされる心配も無いし」


「あぁ、興味は無いな。だから協力する理由も無い」


「うっ……そ、それじゃぁこれでどう!!」


「んだ? そ、それは!!」


 宮河さんはそう言いながら、俺の目の前に色紙を差し出してきた。

 そこには俺の大好きな声優、結華茜(ゆうか あかね)のサインが書かれていた。


「な、何でお前がこれを……」


「以前お仕事で一緒になりまして、しかも貴方の家に行ったときに結華さんが担当したキャラクターのアクリルスタンドがあったのでもしかしてと思いまして」


 そうだ、俺はこの声優、結華茜のファンだ。

 あの声に見せられ、俺は気がつけば結華さんの担当するキャラクターばかり好きになるようになっていた。

 そんな憧れの声優のサインが今目の前にある、欲しい。

 喉から手が出るほど欲しい。


「ふっふっふ……その反応、どうしてもこれが欲しいようですね」


「くそっ ! 卑怯な手を!!」


「さぁ、どうしますか? 協力するかどうかは貴方の自由ですよ?」


 くそっ!

 一気に立場が逆転してしまった。

 しかし、どうする?

 これを逃したら、サイン色紙なんてもう手に入らないかもしれない。

 でも、だからってこのアイドルの彼氏役なんて面倒でリスクの大きいことをする必要があるか?

 いや、でもそんなリスクを犯してでもあの色紙は欲しい。

 どうする……正直宮河さんはどうでも良いけど、あのサインはすごく欲しい。


「今ならこの生写真も付けます」


「乗った!!」


 こうして俺は実に面倒な役を引き受けてしまったのだった。





「はぁ〜あ……」


「どうした? そんな大きなため息吐いて」


「いや、ちょっと面倒なことになってな」


 宮河さんから恋人役をお願いされた翌日、俺は昨日の愚かな自分を責めながら、教室の自分の机に突っ伏しながらため息を吐いていた。

 なんで俺、昨日あんなことを行ってしまったんだろう?

 サインと生写真に目がくらんで俺は宮河さんの頼みを承諾してしまった。


「はぁ……もっと慎重に考えるべきだったよなぁ……」


「なんだよ、最近お前なんか悩んでばっかりじゃないか?」


「まぁな、昨日はお前に見捨てられたしな」


「い、一体なにのことだ? 俺は用事があって先に帰っただけだぞ」


「よく言うよ……はぁ……面倒だなぁ」


 俺がそんなことをつぶやいていると、様子を見ていた高城が俺の机にやってきた。


「大丈夫? 圭司君なんだか具合悪そうだけど」


「あぁ、ちょっと面倒なことがあっただけだ、心配してくれてありがとな」


「何かあったら言ってね、私協力するから!」


 高城は良いやつだなぁ……友人を見捨てるそこのクズとは大違いだ。

 だが、協力してもらいたくてもあのことは二人だけの秘密だと、宮河さんに釘を刺されているし。

 気持ちだけ受け取っておこう。

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