3.英雄の近衛兵

 血の中で目が覚めた。大地は死で満たされていた。


 すぐに意識は戻った。まだ手足は動いたし、痛みの感覚もあった。

 戦いに戻らねば──立ち上がったが膝から崩れた。ブーツや足甲はボロボロで、誰の物かもわからぬ肉片がこびりついていた。もう一度、剣をついて体を支えようともしたがそれもできなかった。だから這った。

 地面を這った。体中、口の中まで血と泥に塗れた。這いながら、できる限り装具を整えた。兜を被り、鎧の着付けを直し、拳銃に火薬と弾丸を込め、いつでも戦えるように準備をした。

 血みどろの激戦は続いており、どこもかしこも死体だらけだった。だが、進むべき道に迷いはなかった。戦いの音、血の道標、王の意志……。その全ては途切れていない。つまり、王はまだ戦っている。英雄たる男はまだ生きている。


 王に灯された炎は燃えている。王の近衛兵とは、その剣であり盾。国家の銃砲にして旗竿。即ち、この身命は常に王と共にある。


 王のもとへ──近衛兵の誓いを胸に、死体の中を這い続ける。


「殺してくれ……」

 呻き声の中から呼ぶ声がした。すぐそばには近衛軍の同僚がいた。

 同僚は生きてはいたが、生きているのが不思議なほどの状態だった。下半身はなく、腰から下には臓物塗れの肉塊があるだけだった。自決用か、手に拳銃も持っていたが、それを動かす力も残っていないようである。

 兵士として多くの死を見てきたが、改めて、人はなかなか死なないものだなと思った。そして五体満足であるなら自分はまだ死ねぬとも思った。

「待ってろ。楽にしてやる」

「……お前は大丈夫か?」

「俺はまだ動ける。陛下のもとに行き、戦う」

「そうか……。頑張れよ……」

「じゃあな。英雄の近衛兵に栄光あれ」

 別れを告げ、短剣で首筋を斬った。濁った流血とともに瞳の光は消えた。


 また這い始めた。敵か味方か、どれだけ進んでも死体が途切れることはなかった。王の近衛兵も随分と死んでいた。

 我らの王はまさに英雄と呼ぶに相応しい男であり、それはこの戦争で証明された。国力差をひっくり返し、数百の戦に打ち勝ち、神の旗印である聖女の軍隊をも破った。故郷に吹き荒れる強き北風をまとい、常に先頭に立って戦場を駆ける王の姿は、数ある神話の一つとなり、不滅の物語として後世にまで語り継がれるだろう。

 そんな英雄と共に歩む我々は誰よりも強い……はずだった。だが、全てのものに終わりはある。栄光に満ちた物語でさえも、やがて結末は訪れる。

 それでもこの血を燃やす炎が消えることはなかった。王の声、王の言葉、王の意志……。脳裏を反芻するその全てが体を突き動かす。まだ戦えるのなら最期まで戦う。生きて、必ず王と共に戦う。


 どれほど死体の中を這ったのか、とうとう戦場に戻ることができた。

 視界が赤く滲んだ。見た瞬間、思わず涙が出た。はためく軍旗のそばに、英雄たる男の紋章のそばに、王はいた。馬上で檄を飛ばし、自ら剣を振って戦う英雄は、終わりなき激戦の中でも依然として健在だった。


 我らの王よ、今そちらに──。


 だが、一発の銃弾が王の鎧を貫いた。血霧と硝煙の中で王は倒れた。そして二度と馬上に現れることはなかった──。


 あのとき私は確かに死んだ。だが、この身に宿る王の意志は死ななかった。英雄によって灯された炎は、終わりのときを迎えてなお燃えていた。だから生きて戦い抜いた。そして英雄の唯一の遺児へ仕える道を選んだ。

 王の遺児はまだ幼い。これからどのように育つかは未知数である。しかしどんな王になろうとも、近衛兵の誓いに殉じる覚悟に変わりはない。


 かつて私は英雄と共に戦場を駆けた。王は死すとも、その遺志は死せず。この燃え盛る血は、死してなお王と共にある。

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