第44話 ものごとの順序
順位表が貼り出されてから2日経った水曜日になっても響樹の周りは騒がしかった。
今日に至っては遠巻きに見物されるだけでなく遂に話しかけられた。「期末試験凄かったねー」「流血して倒れたって本当?」などの世間話くらいだが、他のクラスの女子の名前を三人分ほど覚える結果となった。
「モテ期到来だな」
「どこがだよ」
昼食後、隣のクラスから遊びに来た優月を交えて行った響樹の近況について海はそう言って話をまとめ、響樹の肩を叩く。
響樹からしてみれば事前の噂もあって面白がられているだけ、今週が終わって冬休みに入り、年が明けて授業が再開される頃には忘れられる存在だと思っている。そしてそんな考えに賛同するものが一人。
「そうだよー。天羽君なら大丈夫だと思うけど調子に乗ってふらふらしちゃダメだからね」
「意外だな。優月がそんな真面目な事言うなんて」
「私はいつでも真面目ですー」
わざとらしく頬を膨らませた優月が海の肩を軽く殴るので、海は「いてーな」と言葉とは逆の顔をしていた。これでよく今までバレていないなと感心する。
「でも天羽君、ほんとに勘違いして海みたいなチャラい男になっちゃダメだよ」
「チャラくねーよ」
「大丈夫。俺はこうはならないから」
「こう、ってなんだよ。こうって」
なれと言われても無理である。そんな事を思いながら肩を竦めてみせると、優月はサムズアップを見せて笑った。
「流石。それでこそだよ、ビッキー」
「……ビッキー?」
「って何だ?」
無視されて不満げな顔をしていた海が怪訝そうな表情を見せ、響樹と同時に優月に顔を向けた。
「え? あだ名」
「いやまあ、何となくわかってたけど、ビッキーって。なあ、響樹」
「そんな恥ずかしい呼ばれ方は嫌だ」
言葉と視線で抗議を伝えると、優月は「えー」と不満を漏らす。
「花村さんだってヅッキーとか呼ばれたら嫌だろ?」
「え? 全然嫌じゃないよ。じゃあ今からビッキーとヅッキーね」
「響樹。早く訂正しとけ。マジでその恥ずかしいあだ名で呼ばされるぞ」
「すみませんでした。無しでお願いします」
「えー」
即座に謝罪と訂正をしたおかげと海のとりなしもあってか、不満そうな優月を宥める事に成功しあだ名の件も保留となった。
「でも変なあだ名で呼ぶくらいなら呼び捨ての響樹でいいだろ」
「えー」
実際響樹としてもその方がはるかにマシなのだが、海の提案に優月はやはり不満顔。
「最近せっかく仲良くなってきたのにさー、名前で呼んで嫌われたら嫌じゃん」
「別に名前で呼ばれたくらいで嫌わないけど」
「私だってそれで嫌われるとは思ってないけどさ、世の中には順番というものがあるのですよ、天羽君」
優月は人差し指を立てて僅かに胸を反らし、教師にでもなったような物言いをしたが正直意味がよくわからなかった。しかし海は理解したようで「あー」と声を上げていた。
「その辺の順番は大事だぞ、響樹」
「だからどういう事だよ」
したり顔の海に尋ねてみたが、「鈍いな」「鈍いねー」と海と優月は顔を見合わせて笑うだけだった。
◇
「天羽君は冬休みの予定は何か入っていますか?」
「何も無いな。クリスマスくらいか。あと海と遊ぶ約束もあったな。そっちは?」
学校からの帰り道、最終下校時刻よりも早く図書室を出て来たと言うのに辺りはもうだいぶ暗い。
吉乃が言う冬休みはすぐそこで、以前彼女が言っていたように冬休みやクリスマスを意識する事でようやく響樹の季節感も戻ってきた気がしている。
「私はクリスマスに天羽君と。それから花村さんからもお誘いいただいたので遊びに出かけてきます」
「花村さんと二人でか?」
「クラスの方が他に何人か、と聞いています」
「……そうか。大丈夫か?」
吉乃は人付き合いができないという訳ではないはずだ。元々卒無くこなしていた事でもあるし、彼女の能力であれば元々知り合いである同じクラスの女子と上手くやる事くらいは問題無いだろう。更に言えば優月もいる。
むしろ人付き合いで言えば響樹の方がよっぽど下手だろうに、どうしても吉乃の事は心配になってしまう。
「心配してくれているのはわかりますし、嬉しいですけど……天羽君は私を子ども扱いしていませんか?」
白いマフラーから覗く形の良い唇が少し尖り、吉乃が不満げな様子を覗かせる。
「それ、烏丸さんが言うか?」
「どういう事でしょう?」
ここ最近響樹としては子ども扱いされているような気がしているのだが、吉乃としては全く自覚が無いのか立ち止まってきょとんと首を傾げている。
「試験後から俺にした事を自慢の記憶力で思い出してみるといい」
「試験後から……」
意外と素直に記憶を反芻し始めたらしい吉乃は、「あ」と口にしてから一瞬で頬を染めた。
「違います。あれは、そういう意図ではなく……その」
もにょもにょと口元を動かす吉乃だが――
「アレ? 思い当たる事が多過ぎるな」
「……それなら、天羽君も思い出してみるべきです。私ばっかり、不公平です」
赤くなった顔を隠すようにマフラーに口元を沈めた吉乃から送られるのは、上目遣いの恨めしげな、可愛らしい視線。
「俺はそこまで記憶力が良くないからな」
吉乃にそう言われて肩を竦めてみせながら誤魔化すように口にした言葉だが、実際は彼女の言葉をトリガーにしてかあの日からの記憶がはっきりと蘇ってくる。
抱擁を交わすような行い、隣に座った吉乃に勉強を見てもらった事、そしてクッキーを食べさせてもらった事などなど。段々と自分の顔にも熱が集まってくるのを感じている。
そんな響樹を見てか、吉乃は朱に染まったままの頬を少しだけ緩めた。
「それでは、記憶力に自信のある私が天羽君の言動を逐一教えてあげましょうか? ちゃんと覚えていますから。天羽君がしてくれた事も言ってくれた事も、全部」
からかうような調子で始まった言葉なのに、結ばれる頃には懐かしむような優しい声に変わっていた。
響樹が「遠慮しとく」と更に熱くなった顔を吉乃から逸らすと、彼女は「どうしましょうか?」と言ってふふっと笑い、響樹の顔を覗き込んで「捕まえました」と口にする。
本当に楽しそうに笑う吉乃の顔には、透き通るような美しい白さの代わりに温かな可愛らしさがあり、響樹は顔を逸らす事を一瞬だけ忘れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます