第11話 順位表と社交的な女子

 週が明けた月曜、掲示板に二学期中間試験の順位表が貼り出された。

 四時限目の間に貼り出されたとの事で、食後にでも見に行こうと話していた響樹と海のところにも、それに先んじて「烏丸さんがまた一位だった」と話す声が聞こえてきた。


「また一位だってさ」

「知ってるよ」

「知ってる?」

「いや……まあ他にいないだろうし」


 一瞬怪訝そうな顔をした海は、響樹の返答に「そう言われればそうだな」と納得したようで、止めていた箸を動かしだした。


「他の奴らも言ってるけど、このまま一年間全部の試験で一位取るのかね?」

「その公算が高いんじゃないか?」

「すげーよな」

「ああ」

 

 今回の吉乃が何点だったかをまだ知りはしないが、今までの総合九割超えというのは伊達ではない。何せ試験が難しいのだ。

 大体の科目で基本、応用、発展と配点の割合が4対4対2程度になっており、発展問題は難関大学の二次試験を意識して作られているらしく、異常なまでの難易度を誇る。特に数学などは80点満点だと大真面目に言われるほどである。

 応用レベルでさえ苦手科目の場合は諦めると言う者までいる始末であるし、実際に響樹も不得意な科目は応用以上の点を伸ばすよりも基本問題を取りこぼさない事を重視している。


「響樹なら勝てる可能性あるんじゃね? 今回四つ順位上げてるんだし、次も四つ上げれば一位だぞ」

「その一位の壁がとんでもなく厚いんだよ」


 響樹は今回の試験で五位。九位の前回と比べて得点でも15点増やした。全体平均が前回とほぼ一緒な事を考えれば純粋な躍進と言える。まあ15点は出来過ぎではあるが。

 そしてその躍進の理由が吉乃にある事を響樹は自覚している。吉乃を褒める約束をした際に思った、一位をとるであろう彼女の前に立つ時に少しでも順位を上げておきたいと。小さな意地だ。


「だよなあ」

「遠いよ」


 肩を竦めた海に対し、響樹も同じように肩を竦めてみせた。

 響樹が吉乃に迫ろうと思えば、苦手科目でも応用どころか発展問題にまで踏み込んで行かなければならない。踏み込んだところで現状届く気がしないのだが。

 それに受験には使う使わないという事を抜きにして定期試験だけを考えるにしても、苦手分野はほどほどに勉強して基本プラスアルファを抑え、得意分野で点数を伸ばす方が効率的なのだ。


 それでも吉乃は努力を惜しまない。得点の内訳を知りはしないが総合九割である。少なくとも極端に成績の落ちる科目はないだろう。

 尊敬すべき事だと思うと同時に、何が吉乃にそこまでさせるのだろうと、そうまでして一位に固執する理由は何だろうと、そんな事を思ってから頭を振った。それはきっと響樹が踏み入るべき問題ではないのだから。



 昼食を終えた響樹は、海と連れだって貼り出された順位表の前へと来ていた。


「相変わらず人多いな」

「まあな。貼り出された時間的にもしょうがない、なんだかんだでみんな見に来るからな」


 掲示板前には既にと言うべきかいまだにと言うべきか、二十人以上が集まっていた。スマホで写真を撮る者もいて、背の低い女子などは後ろで順番待ち状態になっている。

 貼り出されるのは上位十名分であるし、各人に配られた個人票には平均得点なども記されている。本来ならば順位表を見に来る必要などあまり無いのだが、海が言うようにこうやって多くが集まる。


 単純な興味で見に来る者もいれば、これを見て次回もと気合を入れ直す上位者、次回こそはここに載ってやると奮起する者、様々であるらしい。

 海はほぼ興味のみと口にしているが、響樹としては興味と上位者の点数確認とで半々くらいだろうか。


「あれ、海だ」

「ん? なんだ優月ゆづきか」


 話しかけてきたのはショートカットの髪を明るめに染めた見覚えのない女子で、ブラウスの第二ボタンが覗くほどまで緩められたネクタイの色は臙脂。ブレザーは着用しておらず、代わりに纏うのはネイビーカラーのカーディガン。

 いくら校則が緩いとは言え大丈夫だろうかと勝手ながら心配になるが、優月と呼ばれた可愛らしい女子は装いから想像される通りに社交的な笑みを浮かべ、「なんだとはなんだー」と海の肩をグーで叩いていた。


「海載ってないのに」

「お前に言われたくねーよ」

「私は海より成績いいし」

「3点だけだろうが」


 あははと笑う優月に対し、海はめんどくさそうな顔はしつつも口調が明るい。普段女子と話す事の多い海ではあるが、こんなに気安く話しているのを入学して半年で見た事がなかった。現時点で互いの点数を知っているらしい事からも、二人の仲の良さがわかる。

 優月が同じクラスでない事は流石に響樹でもわかるが、今まで見た記憶の無い女子なのは確かだった。まあそもそも、他のクラスの女子などは響樹のクラスに度々遊びに来るような者以外では吉乃くらいしか知らないのだが。


「ああ、響樹悪い。こいつ二組の花村優月はなむらゆづき同中おなちゅう出身」

「花村優月でーす。よろしくねー。響樹って事は海がよく言ってる天羽君? よろしくねー」


 口喧嘩のようなじゃれ合いを続けていた海が途中でそれを諦めたようで、またも面倒そうに響樹に優月を紹介した。

 優月は優月で、そんな海が作った流れのままに軽い調子で響樹によろしくを二回言い、人懐っこそうな笑みを浮かべたままに響樹の言葉を待っている。


「天羽響樹です。よろしく」


 ハイテンションな優月に気圧されながらもそれだけ言って頭を下げると、「よろしくよろしくー」と計四回目となるよろしくが響樹の耳に届く。どれだけよろしくすればいいのだろうかと思いながらも、響樹も二度目の「よろしく」で応じるしかなかった。


「ほらもういいだろ優月。俺たちは順位表見に来たんだから、さっさと友達のとこ帰れ。ハウスハウス」

「載ってないくせに」

「俺は載ってなくても響樹は載ってんだよ。五位だ、五位。平伏せ」

「えー! 天羽君凄いね。海は全然凄くないけど。平伏した方がいい?」

「マジでやめてくれ」


 優月のせいかおかげか、海も普段よりテンションが高い。すなわち響樹を助けてくれる者がいない。

 そう思っていたのだが、少し離れたところから「優月、そろそろ帰ろ」という声が聞こえて助けられた。


「じゃあまたね、海。天羽君も」

「じゃあな優月」


 最後までハイテンションな優月に響樹は軽く会釈だけ、海は呆れたような様子だったがどことなく視線が優しかったように見える。


「彼女か?」


 そうだとしたら悪い事をした、していると思った。優月は海から響樹の話を聞かされていたようだが、響樹が海から優月の話を聞いた事はない。

 優月の事を話さなかったのは恋愛嫌いの響樹に気を遣っての事ではないだろうか。惚気話を聞かされるのはごめんでも、友人に恋人がいる事を祝福できないほどではないのだが――


「違う。あいつは、そういうんじゃない」

「そうか」

「ああ」


 どこか平坦な声で言った海にそれ以上の追及はせずにいると、何故かその口角がニヤリと上がる。


「にしても響樹の口から『彼女か?』なんて言葉が出るとはなあ。恋愛トーク解禁か?」

「……してもいいけど無視するからな」

「冗談だって」

「俺のは冗談じゃないからな」

「冷たいなー、響樹は」


 海はそう言いながら響樹の背中を叩き続けた。痛くはなかったが、タイミングによっては咳が出たりもした。

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