09_【若者】渡辺友樹



 ――いける。


 帝国軍の『機兵』を軍勢ごと抉り取った光波の発射地点へ向かってみれば、恐るべきことに、そこには可憐な少女が立っているだけだった。その背後にはもう敵軍の戦列が見えるが、少女だけが一人突出していた。


 地面の抉れ方を見れば、彼女が射手であることは明白。

 だから少女を叩き潰すつもりで『機兵』のブレードを振るったのだが、いつの間にか彼女の手元に細剣が現れており、その剣からは『機兵』のブレードとほぼ同サイズの光刃が形作られていた。


 幾合かの剣戟。

 全長四メートル半の魔甲機兵と――それもトモキの専用機と――切り結ぶことが出来るだけでも驚愕なのに、少女の顔色が一切変わらなかったのが輪をかけて異常だとトモキは感じた。


 おそらくは、かなり最近になってルクルス王国により召喚された勇者なのだろう。そうでなければもっと以前に彼女は立ち塞がっていたはずだ。


 であれば、トモキが積み重ねたような時間を、彼女は持ち合わせていない。


 この世界の全てに対して義理はないし責任もない。帝国軍を消し飛ばすような動機だって、たぶんなかったはずだ。あるいは操られているのか、とトモキは疑ったが、結局のところ彼女がなんであれ、やることは変わらない。


 自分の都合で、他人を殺す。


 振り下ろし、薙ぎ払い、突き、打ち下ろす。

 光刃とブレードが触れる度に力場同士が接触し反発する火花が散り、と音と光を撒き散らした。それから数度目の相克が訪れた後に、次で押し切れると直感した。この世界で飽きるほど戦わされたトモキの、それは戦士の勘だった。


 パワーダウンしている。

 それはそうだろう。こっちはこんな『機兵チート』を使っているのだ。兵器に乗って、少女を斬り殺そうとしているのだ。こんなものが『勇者』であるものか――そう思わないでもないが、正直に言えば、そういう思考は既に飽きていた。


 今更、躊躇などするものか。

 ブレードを振り上げ、振り下ろす。


 瞬間、が飛び込んで来た。

 同時に『機兵』の右腕が切り落とされる。肘関節。構造的に装甲の薄い箇所を的確に狙われた――その後はもう、あっという間だった。


 不吉な赤色の翼を持つ、黒髪の少女。

 それが赤い軌跡を曳きながら『機兵』の周囲を飛び回り、関節部を的確に破壊していくのだ。肘、膝、足首、そして頭部が斬り飛ばされる。


「……ははっ、……こういうことか……」


 きっとトモキに相対した者たちは、こんな気分だったのだろう。圧倒的に理不尽で、あまりにも――どうしようもない。

 手足がもがれ、頭部まで失い、地へ倒れた『機兵』の胸部装甲が、と音を立てる。金属の歪む音だ。操縦者を守るための最も厚い装甲版が、力尽くで無理矢理に引き剥がされている。


 間もなく、ばぎんっ、と装甲が引き剥がされる。

 外の明かりと共に、発光する鮮血を纏った少女が目に入った。


「やあ、初めましてだね、勇者くん」


 くひひ、と意地の悪そうな笑みを――同時に、人間味に溢れた温かな笑みを――浮かべながら、少女はトモキの腕を掴み、操縦席から引っこ抜いた。


 抵抗しようなんて気は起きない。魔獣の革で造られた革鎧を身に着けてはいるし、腰には魔剣を帯びてはいるものの、『機兵』を圧倒するような人物を相手に生身で戦えるわけがない。


 引っこ抜かれて宙を舞い、受け身も取れずに背中から地面に叩きつけられる。


 魔力的に強化された肉体はさほどのダメージを受けなかったが、精神的にはもはや戦える状態ではなかった。突撃を選択してしまったアーベント将軍に悪いなという気持ちはあったけれど、再奮起には至らない。


「あんたも……あんたらは、ルクルス王国に召喚された勇者か?」


 ふと見上げたところにちょうど立っていた赤黒い光の少女へ、トモキは投げ遣りな問いを浮かべた。


「まあそうだ。でも、ぼくとしては自分を『勇ましき者ブレイブ』だなんて定義したくないね。ぼくもレーナも、あるべきだと感じるのは『優しき者マンカインド』さ」


「こっちの陣営をまとめて消し飛ばしただろ」


「優しく在るのは難しいからね。優しく在りたいとは思うけれど」


 澄まし顔で肩をすくめ、自分を「ぼく」と称する少女は身に纏っていた赤黒い光を消した。見れば肩や肘なんかの関節がヒトのそれではない。


「ロボット……?」


「頭も心も人間だよ、ぼくは。ちょっとばかり機械の部分があるだけで」


「ロボットというなら、私の方がそうでしょう」


 と。

 いつの間にか近づいていた銀髪の方の少女が、黒髪の方へ衣服を渡しながらそんなことを言った。黒髪は渡された白衣へ袖を通し、黒縁の野暮ったい眼鏡を装着し、また「くひひ」と意地悪そうに笑って続けた。


「なにか言いたいことはあるかい?」


 冷たくも暖かくもない口調に、トモキは小さく笑ってしまう。

 ああ、これから自分は死ぬのだな、と他人事のように考え、この世界で他人に対してやり続けてきたことなのだと、後悔のような気持ちが湧く。

 この世界に来る前と、今の自分とでは、違う人間だ。


 優しい者ではいられなかった。

 そういうこと。


「……友達にさ、漫画を借りてたんだ。それ、返しておけばよかった。幼馴染からメールが来てたのに、明日でいいかって……どうでもいいようなメールだったけど、なにか、返信しておけばよかったな……」


 随分と遠い過去のことのように思う。

 この世界に召喚された当初は、元の世界のことをもっと思い出していた気がするのに、今となっては、そのくらいのことしか思いつかない。


「なるほど。ところで勇者くん、名前を聞いておこう。ぼくはアユムで、そっちはレーナだ。きみの名は?」


 着込んだ白衣のポケットに両手を突っ込み、さほどの興味もなさそうに言う。


「渡辺友樹。こんな格好して、あんなもんに乗ってたけど、ただの高校生だったんだぜ。笑えるよな、漫画とかアニメみたいな場所に来て、人殺しばっかり……」


「ぼくは笑わない」


 それだけは真顔で言って、アユムは一歩だけ後ろに退いた。

 入れ替わるように銀髪の少女、レーナが前へ出る。

 そして――。

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