06_【騎士】デイモンド・イルグ



 帝国軍が動き出したのは夜明け前で、夜が明けた頃にはもうアルハルト平原に戦列が見えていた。占領された城塞都市を前線拠点として利用しているのだろうが、陣を敷く速度を見るに、かなり練度の高い軍隊だ。


 こちらからすれば理不尽の塊でしかない『機兵』だが、味方にがあったところで用兵には苦労しそうだ――デイモンドは彼方の敵陣を眺めながら苦笑を洩らした。


 最前線。

 真っ先に死ぬはずの場所。

 昨日だってそのはずだったのだが、『機兵』の突撃で自陣を縦断されて「最前線」の位置が内側へ移行してしまった。そして敵軍は『機兵』が暴れている間は軍勢をあまり前進させない。そのおかげでデイモンドは生き延びられたが、運が良かったのか悪かったのかは、微妙なところだ。


 無傷で生き延びてしまったから、また最前線に配置された。

 とはいえ、逆に後方へ配置されたとしてもデイモンドは不満を覚えただろう。昨日の戦場では多くの仲間が『機兵』に踏み潰された。本来なら自分もそうだった。ならばもう一度、前に出るべきだという気がする。


「イルグ様。勇者が到着しました」


 部下に声をかけられ、デイモンドは敵の戦列から苦労して視線を切って振り返り、苦虫を二十匹ほどまとめて噛みつぶしたような顔をした。


 わざわざ最前線まで馬車を使ってやって来た。そのことは、まあいい。勇者は王国軍に組み込まれているわけではないし、誰かが前線まで運んでこなければならない。戦端が開かれるまでは猶予もある。


 そうではなく、馬車から降りてきた勇者たちを見た瞬間、デイモンドの胸中にひどく厭なナニカが充満したのだ。。


「女子供ではないか……」


 ぼさぼさの黒髪に、身体をすっぽり覆うような白衣。身体の線は白衣で隠されて窺えないが、それでもひょろひょろの痩身なのが判る。その横に立つ人形めいた銀髪の少女も似たようなものだ。

 どちらも戦場に立っていいような雰囲気ではない。


 こんなものを、頼らねばならぬのか……。


 ひどい嫌悪感に襲われたのは、騎士としての矜持が傷つけられたからではない。デイモンドにとって現れた勇者二人はどちらも「守るべき対象」としか思えなかったのだ。女子供に悲惨な思いをさせないために、デイモンドは戦場に出ている。


「あー……ああ、あんたが現場指揮官だね。デイモンド・イルグ上級騎士。話は聞いているだろうが、ぼくがアユムで、こっちがレーナ」


 白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、場違いな呑気さで歩を進めてくる。デイモンドは口内を満たす苦味を飲み下し、敬礼して見せた。


「いやいや、そういうのはいいよ。どうせぼくらの扱いに困ってるんだろ? ぼくらにしても軍事行動なんてできないんだ。こっちはこっちで勝手にやるから、とりあえずは待機しててくれりゃいいよ」


「し、しかし……」


「悪いけど、そっちが手伝えることはない。それに、こっちもやることやったら、あんたらのことは手伝わない……というか、邪魔になるだろうから手伝えない」


「それは――まあ、そうだな」


 この二人を部隊に組み込んで軍事行動など、できるわけがない。


 頷かざるを得ないデイモンドに、アユムは「くひひ」と笑い、敵軍の戦列へと視線を向けた。眼差しには他人事のような無感動が佇んでおり、そのことだけでもアユムが『異なる者』なのだと理解できた。


「イルグ上級騎士。確認だけど……宣戦布告だのなんだの、戦いの前の作法なんかは無視していいんだね?」


 無味乾燥なアユムの問いに、デイモンドは首肯を返す。


「当然だ。帝国側が宣戦布告もなしに国境を破り、我が国の領土を侵して都市を武力制圧してきたのだ。それは『なにをされても構わない』という意思表示だ」


「ふぅん。そりゃあ道理だ。なら、今からレーナが前に出て、一発。そうしたら、きみらはきみらの判断で動く。簡単だろ?」


「魔法攻撃か?」


「そんなようなものだね。レーナ、行けるか?」


「はい」


 端的に頷いた銀髪の少女は、淡々とした歩みで『最前線』から抜け出してしまう。あまりにも当然のように、あまりにも静かに歩いて行くので、咄嗟に声を掛けることすらできなかった。


 ちょっと食器をひとつ取ってくる、みたいな歩き方なのだ。彼女が執事のような黒い服を着ていたのも、そう連想した原因かも知れない。


 戦列を維持している兵たちがざわめくのが判ったが、デイモンドは強いて部下たちを静めようとは思わなかった。どうせこれから起こるなにかを目にすれば、ざわめきなど掻き消える。何故かそんな確信があった。


 そのままレーナは五十歩ほど最前線から突出したところで足を止め、ちらりと王国陣営を一瞥し、そして帝国側の戦列へ視線を向けた。


 まだ敵は動いていない。

 豆粒のような人の群の中、『機兵』の影がくっきりと見えている。

 騎馬隊同士が全速力で突撃しても、ぶつかり合うまでにはちょっとした時間が必要になる……そういう間合いだ。こちらは『機兵』の動きに対応しなければならないので、自発的に動くわけにはいかない。


 ふ――と。

 レーナの周囲が発光した。


 いつの間にか出現した光の球のようなものが、彼女の周囲を高速でぐるぐると動き回り、光の帯を形成していく。


「〈砲撃モードに移行します〉」


 呟くような声音が、どういうわけか明確に聞こえた。

 それが幻聴でなかったのは兵たちの表情からも理解できる。かなり後ろの戦列にも彼女の澄んだ声が響いていたのだろう、誰もが驚いたふうに目を丸くしている。


「〈ヴァリアブル・アンカー射出〉」


 また声が響く。

 同時にレーナの周辺に漂っていた光の帯のようなナニカから四本の棒が伸び、地面に打ち込まれた。レーナはその場に身体を固定されたような格好になったが、それを見ているアユムには動揺がない。


「〈ブラスター・モジュールを展開〉」


 今度は光の帯がレーナの右腕に纏わり付き、気付いたときには巨大な……なんというべきか、槍のような、杖のような、しかしそのどちらとも違う『武器』が現れていた。明らかにレーナ自身よりも長大であり、その『武器』からも固定用の棒が伸びて地面に突き刺さっている。


「〈レイ・リアクター起動〉」


 腕から離れた光の帯が、レーナの背後へ移動し、円を描き始める。見ていくうちに回転の速度が上がり、光の帯が幾重にもぶれていく。


 光量が上がる。

 真昼だというのに、眩しくて目を細めねばならないほどに。


 まるで光の槍を構える多神教の女神のよう。

 そんな錯覚を起こしそうな、この世のものとは思えない光景。


「〈シークエンス完了〉――撃てます」


 あまりにも静かな声。

 なのに、やはり明瞭に響く。


「やれ」


 答えるアユムの声音は、あまりはっきり聞こえなかった。

 が、表情も変えずに一言を呟いたのは理解できた。


 次の瞬間、膨大な光が――

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