04_【勇者】トモキ・ワタナベ
二年前、ヴィルゴレム帝国で行われた『勇者召喚』により召喚されるまでは――と付け加えるべきだろうか。
日本で生きていた間、トモキはごく一般的な高校生でしかなかったのに、この世界に顕れたときには『勇者』として存在していたのだ。知らぬ間に強大な魔力と身体能力が備わっており、その使い方も直感的に理解できた。
最初は、否応なし。
なにしろ帝国は「必要だから」勇者を召喚したのだ。不要であると判断された場合を想像できないほど、トモキは楽天的でもなければ間抜けでもなかった。
だから努力した。
最初から、ある程度は持ち上げられていた。なにしろ、この世界の文明は地球のそれよりもずっと遅れており、現代日本人としての考え方は帝国民にとってかなり革新的だったらしい。もちろん、いつの間にか備わっていた勇者としての力もあった。
そうして帝国にとっては予定通り――戦争に駆り出されるようになった。
生まれて初めて剣を握り、人を殺した。あまりにも簡単だった。溢れんばかりの魔力と、脅威的な身体能力のおかげだ。
多くの人と出会い、別れ、仲間を得て、失った。
トモキだけは死なず、死んでいった仲間の数に比例するように地位が上がった。勇者として求められ、勇者として振る舞うことにもいつしか慣れたが、仲間が死ぬことだけは、どうしても慣れなかった。
だから『機兵』を創り出した。
仲間を失わないための鎧だ。
「――トモキ。緊急事態だ」
前触れなく入室したオライアス・アーベント将軍の言葉に、待機中だったトモキは眉を寄せて
なにしろこれまでの行軍は順調に次ぐ順調であり、このまま行けばなんの問題もなくルクルス王国を落とせるはずだったのだ。
「緊急事態だって?」
「ああ。『機兵』が討ち倒された」
「どういうことだ? ルクルス側に強力な将兵がいたのか?」
この世界における一個人の戦力は、トモキからすれば趣味の悪い冗談のようだ。剣を振って大岩を切断する戦士がいるし、魔術師の大魔術であればミサイルを撃ち込むのと同様の破壊を引き起こすことが出来る。
だからこそ、『機兵』の防御力には苦心したのだ。
装甲に
大きければ、強い。
単純な物理の問題だ。
ともあれ、尋常な手合いであれば『機兵』を破壊するなど不可能。勇者としての魔力と身体能力を持つトモキであればどうにかいけるか、というくらいに魔甲機兵は強力なのだ。この世界には過ぎた玩具だとすら思う。
「将兵……ではないな。少女だ」
気難しげに呟く将軍に、トモキは驚かないわけにはいかなかった。
「少女だって?」
「ああ、少女だ。私も目撃した。ただの少女が魔甲機兵を殴り、蹴り、装甲を掴んで引き剥がしていた。まるで――」
バケモノだ、と。
吐き出した言葉それ自体に寒気を覚えたかのように、アーベントは身を震わせた。それから小さく頭を振り、続ける。
「……魔甲機兵を除いた単純な戦力比ではこちらに分がない。残り九機を温存していたのは良かったのか悪かったのか……とにかく、ルクルス王都への一次侵攻は失敗だ。無駄に戦力を減らす前に撤退させたが、構わんだろう」
「ああ、それはもちろん。『機兵』なしで作戦遂行なんて出来るわけがない」
そもそもが撃破不可能の『機兵』を突撃させることによってルクルス王国を王都目指して
占領し前線基地として利用しているこの城塞都市も、間を置けばルクルス王国の
そしてそれ以上に、間を置けば補給の問題が出てこちらが不利になる。いくら『機兵』を有していようが、占領するためには人的資源が必要なのだ。
「しかし解せぬな、トモキ。あのようなバケモノ、ここまで侵攻される前に切っておくべき鬼札であろう。どうして瀬戸際まで使わなかった……?」
「鬼札だから――というのは、理由としては弱いか。使うなら俺たちが国境を越えたあたりで使うはずだ。『機兵』を撃破するような戦力、隠すよりも見せつけて示威に使うべきだろう。そうすれば帝国だってこの遠征を考え直したはずだ」
そのくらいのことは、トモキも考えられるようになった。
ならなければ、生き抜くことなどできなかった。
「だが、我々が腹の内まで食い込んでから札が切られた」
「となると……切りたくても、切れなかっ……あ、そうか」
すとん、と腑に落ちた。
ルクルス王国にとってトモキがもたらした『機兵』は、理不尽そのものだろう。実際、王都への侵攻まで苦戦らしい苦戦などなかった。勇者であるトモキを温存しても王都は落ちると確信していたくらいだ。
トモキ・ワタナベは、ヴィルゴレム帝国が保有する理不尽だ。
であるならば――ルクルス王国もまた、理不尽を喚んだのではないか?
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